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	<title>Jazz Guitar &#039;Round Midnight</title>
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	<description>Jazz In Tokyo</description>
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		<title>ジョニー・スミスとは？ベンチャーズ「急がば回れ」の作者にしてコードメロディの名手</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/johnny-smith/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/johnny-smith/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 11:54:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[クールジャズ]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ジョニー・スミス]]></category>
		<category><![CDATA[スタン・ゲッツ]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[ベンチャーズ「急がば回れ」の原作者にしてコードメロディの名手、ジョニー・スミスを徹底解説。生涯や名盤『Moonlight in Vermont』、使用機材まで、ジャズギター初心者にもわかりやすく紹介します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ジョニー・スミス（Johnny Smith、1922〜2013）は、1950年代のニューヨークで活躍したアメリカのジャズギタリストです。ベンチャーズ版で日本でもおなじみの「Walk, Don&#8217;t Run（急がば回れ）」の作曲者であり、澄んだクリーントーンと緻密なコードワークで「クールジャズ」期を代表した名手でもあります。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスが「熱」なら、スミスは「静」を極めたタイプです。1958年に第一線を退いたため一般的な知名度は高くありませんが、その演奏は今も世界中で研究され続けています。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>John Henry Smith Jr.（「2世（II）」と表記する資料もあります）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1922年6月25日〜2013年6月11日（90歳没）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・アラバマ州バーミングハム（育ちはメイン州ポートランド）</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>フルアコースティック（アーチトップ）のエレクトリックギター</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1930年代半ば〜1990年代</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>独学でギターを覚えた少年時代（1922年〜1945年）</h3>
<p>1922年、アラバマ州バーミングハムに生まれ、大恐慌期の移住を経てメイン州ポートランドで育ちました。1930年代前半、質屋で楽器の手入れを手伝う代わりにギターを弾かせてもらう形で独学し、13歳の頃には人に教えるほどの腕前になっていたといいます。カントリーバンドを経て1940年頃（18歳）にジャズへ転向。第二次大戦中は陸軍航空軍の軍楽隊でコルネットを習得し、ここで得た読譜力と編曲能力が後のスタジオワークの土台になりました。</p>
<h3>NBC時代と「Moonlight in Vermont」のヒット（1946年〜1953年）</h3>
<p>1946年からNBCの専属スタジオギタリスト兼アレンジャーとなり（専属としては1951年まで。その後も1958年頃までフリーで放送・スタジオの仕事を続けました）、あらゆるジャンルの現場をこなします。1952年3月、スタン・ゲッツ（テナーサックス）らと初のリーダー録音「Moonlight in Vermont」をRoostに吹き込むと、シングルは大ヒットし、DownBeat誌の読者投票で1952年の年間ジャズレコード第2位に。バードランドなど一流クラブにも出演するようになります。</p>
<h3>「Walk, Don&#8217;t Run」の作曲（1954年）</h3>
<p>1954年、「Walk, Don&#8217;t Run」を作曲します。「Softly, as in a Morning Sunrise」のコード進行に新しいメロディを乗せたコントラファクト（既存曲の進行を借りた新曲）です。後にチェット・アトキンスがカバーし、それを聴いたザ・ベンチャーズの1960年版がBillboard Hot 100で全米2位（1位はエルヴィス・プレスリー「It&#8217;s Now or Never」）を記録。日本のエレキブームでも定番となった「急がば回れ」の原曲で、この印税は生涯の経済的な支えになったといわれます。</p>
<h3>コロラド移住とその後（1957年〜2013年）</h3>
<p>1957年、妻が第2子の出産時に子どもとともに亡くなります。1958年、残された娘を育てるためコロラドスプリングスへ移住し、第一線から退いて楽器店の経営と後進の指導が中心の生活に入りました。1970年代の弟子の一人が若き日の<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/bill-frisell/">ビル・フリゼール</a>です。1984年にアラバマ・ジャズの殿堂入り、1998年にはスミソニアン協会からジェームズ・スミッソン記念メダルを授与され、2013年6月11日に90歳で亡くなりました。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>ワイドストレッチによるクローズドヴォイシング</h3>
<p>代名詞は、クローズドヴォイシング（和音の構成音を狭い音域に詰めた密集配置）を、指を大きく開くワイドストレッチで押さえる「ピアニスティック」なコードワークです。「Moonlight in Vermont」冒頭、わずか数個の和音でメロディと伴奏を同時に描き出すイントロは特に有名で、Guitar Player誌は「軽々と聞こえるが、実際はアスレチックな“指のクランチャー（握りつぶし）”だ」と評しました。メロディと和音を同時に弾くコードメロディ奏法の到達点の一つです。</p>
<h3>超高速かつ正確なシングルライン</h3>
<p>単音弾きでは、上昇フレーズの速さと粒立ちの良さから<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/django-reinhardt/">ジャンゴ・ラインハルト</a>を想起させると評されましたが、アプローチはよりダイアトニック（調の音階に沿った音使い）です。スタン・ゲッツと目にも留まらぬ速さでユニゾンする自作曲「Jaguar」は、当時のジャズギターの技術水準を塗り替えた演奏といわれます。</p>
<h3>「音の純度」を追求したクリーントーン</h3>
<p>元NBCスタジオマンらしく、タッチ・音程・音色の美しさを徹底して追求し、アンプにもフラットな周波数特性を求めました。甘く澄んだクリーントーンは、クールジャズ期のギターサウンドを象徴する音色です。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『Moonlight in Vermont』（1956年発売／録音1952年3月〜1953年8月、Roost）</h3>
<p>まず聴くべき代表作です。10インチLP2枚『Jazz at NBC』を12インチLPにまとめたもので、録音は1952年3月〜1953年8月、発売は1956年9月。表題曲のシングルは1952年に大ヒットしています。セッションごとにテナーサックスが交代し、スタン・ゲッツ、ズート・シムズ、ポール・クイニシェットが参加。サンフォード・ゴールド（ピアノ）らが脇を固めます。聴きどころは、ワイドストレッチの和音が霧のように連なる表題曲冒頭のコードメロディと、ゲッツとの超高速ユニゾンが痛快な「Jaguar」。静謐で室内楽的なサウンドは、クールジャズ期のギター録音の金字塔と評価されています。</p>
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</div>
<p>このほかでは、円熟期の代表作『The Sound of the Johnny Smith Guitar』（1961年、Roost）がおすすめです。Gibsonのシグネチャーモデル誕生と同時期で、クリーントーンとコードワークの完成形が聴けます。Verve移籍後の『Johnny Smith&#8217;s Kaleidoscope』（1967年）は多彩なアレンジが光る再評価の高い1枚。Roost期の集大成としては8枚組CDボックス『The Complete Roost Johnny Smith Small Group Sessions』（2002年、Mosaic）もあります。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>ギターはキャリア初期にEpiphone、Gibson、Gretschなどを経て、特にD&#8217;Angelicoのアーチトップを愛用しました。シグネチャーモデルは1955年のGuild「Johnny Smith Award」が最初ですが、設計変更に本人は不満だったとされます。1961年にはGibsonから「Johnny Smith」モデルが登場。愛用のD&#8217;Angelicoを基に、Xブレイシングの単板スプルーストップ、25インチスケール、そして表板の振動を妨げないフローティング・ミニハムバッカー（コントロール類はピックガード側に集約）を備えた、アーチトップ設計の新基準とされる名機です。1989年以降はHeritageで同名モデルが製作されました。</p>
<p>アンプは、1950年代にAmpegと組み、フラットな周波数特性を目指したシグネチャー機を開発。代表作のJS-35「Fountain of Sound」は、高効率の15インチスピーカーを上向きに搭載した35W RMSという異色の設計で、同社のプロ向け「Guitaramp」シリーズの一つとして作られました。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>ジョニー・スミスは、タル・ファーロウや<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/barney-kessel/">バーニー・ケッセル</a>らと並ぶ1950年代ニューヨークシーンの頂点の一人で、コードメロディ奏法では現在も教則的な研究対象です。チェット・アトキンスがバードランドの楽屋を訪ね、本人の了解を得たうえで「Walk, Don&#8217;t Run」を自らのスタイルで録音したという逸話が残るなど、カントリー系のギタリストにも影響が及びました。「Walk, Don&#8217;t Run」の原作者としてロックインスト史にも名を残し、1998年のスミッソン記念メダルはこうした幅広い功績に対するものです。ビル・フリゼールの師でもあり、2018年のトリビュート盤『The Maid With The Flaxen Hair』（メアリー・ハルヴォーソン&#038;ビル・フリゼール、Tzadik）以降、再評価も進んでいます。一方で1958年に第一線を退いたため、実力に比して知名度が低い「知る人ぞ知る」存在とも評されます。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ジョニー・スミスは、「Walk, Don&#8217;t Run」の作曲者と、クールジャズ期のコードメロディの名手という2つの顔を持つギタリストです。ワイドストレッチの和音と澄んだクリーントーンは、今なおジャズギターを学ぶ人の大きなヒントになります。まずは代表作『Moonlight in Vermont』（1956年発売、Roost）の冒頭1曲から、その静かで美しい世界に触れてみてください。</p>
<h2>関連記事</h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/tal-farlow/">タル・ファーロウとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/jim-hall/">ジム・ホールとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
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			</item>
		<item>
		<title>ラッセル・マローンとは？歌心と超絶技巧を兼ね備えた現代ジャズギターの名手</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/russell-malone/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 11:53:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ダイアナ・クラール]]></category>
		<category><![CDATA[ハードバップ]]></category>
		<category><![CDATA[ラッセル・マローン]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[ダイアナ・クラールやロン・カーターを支えた名手ラッセル・マローン。生涯と代表作『Sweet Georgia Peach』、ジョージ・ベンソン直系のジャズギターの魅力、使用機材までを徹底解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ラッセル・マローン（Russell Malone）は、1990年代以降のメインストリーム・ジャズギターを代表するアメリカのギタリストです。ダイアナ・クラールやロン・カーターを支えた「伴奏の名手」として知られる一方、リーダー作では流麗な単音ソロと豊かなコードワークを聴かせました。その音楽は、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスからジョージ・ベンソンへと続く系譜を受け継ぐ、正統派のジャズギターです。2024年8月にブルーノート東京での公演後に急逝したことで、日本のファンにとっても特別な記憶を残すギタリストとなりました。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ラッセル・ラマー・マローン（Russell Lamar Malone）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1963年11月8日〜2024年8月23日（享年60）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・ジョージア州オールバニ</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（フルアコ＝空洞ボディのエレキギターが中心）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1980年代後半〜2024年</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>教会とレコードで育った独学時代（1963年〜1980年代前半）</h3>
<p>1963年、ジョージア州オールバニに生まれたマローンは、ゴスペル（教会音楽）が身近な環境で育ちました。4歳で母親に買ってもらったおもちゃのギターを弾き始め、6歳のころには教会で演奏していたといいます。ほぼ独学で、B.B.キングやウェス・モンゴメリー、チェット・アトキンスらのレコードを教材に腕を磨きました。12歳のころ、テレビでベニー・グッドマンと共演するジョージ・ベンソンを見たことがきっかけで、ジャズギターを志すようになります。</p>
<h3>ジミー・スミスとハリー・コニックJr.のバンドへ（1985年〜1990年代前半）</h3>
<p>1983年に高校を卒業するとヒューストンを経て、1985年にアトランタへ移り、地元のシーンで経験を積みます。1988年からの約2年間はオルガン奏者の巨人ジミー・スミスのバンドに在籍し、実戦の場で鍛えられました。続いて1990年ごろからは、ハリー・コニックJr.のビッグバンドに数年間参加します。1992年にはColumbiaからリーダーデビュー作『Russell Malone』を発表。ベースの重鎮ミルト・ヒントンが参加した同作に続き、1993年には『Black Butterfly』を発表しました。</p>
<h3>ダイアナ・クラール・トリオと出世作『Sweet Georgia Peach』（1990年代半ば〜末）</h3>
<p>1995年、マローンはダイアナ・クラール・トリオのギタリストとなり、世界的に知られるようになります。『All For You』（1996年）、『Love Scenes』（1997年）、グラミー賞を受賞した『When I Look in Your Eyes』（1999年）といった彼女の代表作に参加しました。そして1998年、自身の代表作となる『Sweet Georgia Peach』（Impulse!）を発表します。</p>
<h3>ロン・カーターとの活動、そして2024年の急逝</h3>
<p>2000年代に入ると、Verveから『Look Who&#8217;s Here』（2000年）と『Heartstrings』（2001年）を発表。ピアニストのベニー・グリーンとのデュオ作『Jazz at The Bistro』（2003年、Telarc）でも高い評価を得ました。またベースの巨匠ロン・カーター率いるゴールデン・ストライカー・トリオの中核メンバーとして長く活動し、2015〜2017年にはHighNoteレーベルから3枚のアルバムを発表。2021年からはウィリアム・パターソン大学で後進の指導にもあたりました。2024年8月23日、同トリオの日本公演中に東京で急逝。ブルーノート東京での公演を終えた後に心臓発作を起こしたと伝えられ、晩年は腎不全を患いながらツアーを続けていたことも報じられています。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>ゴスペルとブルースに根ざした歌心</h3>
<p>教会で育ち、B.B.キングを出発点とするマローンの演奏には、高度なテクニックの中にも常にブルージーで温かいフレージングがあります。批評家からは「ブルージーなベンド（弦を押し上げて音程を変える奏法）から軽やかに波打つアルペジオまで、きわめて精確で表現力豊か」と評されました。</p>
<h3>流麗なシングルラインと豊かなコードメロディ</h3>
<p>ジョージ・ベンソン直系の滑らかなシングルライン（単音のフレーズ）と、無伴奏のソロギターで聴かせる重厚なコードメロディ（メロディと和音を同時に弾く奏法）の両立が最大の武器です。とくにバラードでの美しい音色と、ダイナミクス（音量の強弱）の細やかなコントロールに定評がありました。</p>
<h3>歌手たちに信頼された伴奏の名手</h3>
<p>ダイアナ・クラールやダイアン・リーヴスといった歌手から絶大な信頼を得た名サイドマン（共演者として支える演奏家）でもありました。リーヴスは「ラッセルには置き間違えた音がひとつもなかった」と証言しています。ジャズにとどまらずカントリー、ゴスペル、R&#038;Bまで含むアメリカ音楽全般への百科事典的な知識に裏打ちされた、選曲と引用のセンスも大きな特徴です。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『Sweet Georgia Peach』（1998年・Impulse!）</h3>
<p>1998年2月にニューヨークのアヴァター・スタジオで録音され、同年に発売されたマローンの代表作です。プロデュースは名匠トミー・リピューマ。ケニー・バロン（ピアノ）、ロン・カーター（ベース）、ルイス・ナッシュ（ドラム）という超一流リズムセクションを迎え、一部の曲ではスティーヴ・クルーン（パーカッション）も加わります。クラール・トリオで注目された直後の本人名義の勝負作で、マローンの実力を世に知らしめました。ハイライトはケニー・バロンとのデュオで演奏されるセロニアス・モンクの「Bright Mississippi」。「Sweet Georgia Brown」のコード進行に基づく曲で、アルバムタイトルと洒落た呼応を見せる選曲です。タイトルは桃の名産地である故郷ジョージア州にちなんでおり、全編を通じてメロディックで温かみのある演奏が楽しめます。</p>
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</div>
<p>ほかでは、伝統に根ざした出発点を示すリーダーデビュー作『Russell Malone』（1992年、Columbia）、ストリングスとの共演でバラードの美学が際立つ『Heartstrings』（2001年、Verve）、そして晩年の円熟したカルテット演奏が味わえる『Time for the Dancers』（2017年、HighNote）もおすすめです。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>マローンはキャリアを通じて、ギブソンのSuper 400やL-5といった大型のフルアコを愛用してきました。ダンジェリコの公式アーティストにも名を連ねており、同社のEXL-1も長く使用しています。晩年はサドウスキーが彼のために製作したカスタムのセミホロー（半空洞ボディのギター）を弾いていたと伝えられています。</p>
<p>アンプはステージでAER Compact 60を使用していたといわれます。弦はダダリオのXL EJ22（ジャズミディアム、ゲージ13〜56）を愛用しており、こちらはメーカーの公式アーティストページでも紹介されています。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>マローンは、ウェス・モンゴメリーやケニー・バレルからジョージ・ベンソンへと続くメインストリーム・ジャズギターの正統な後継者として、1990年代以降の世代では第一人者格と評価されています。ハリー・コニックJr.は追悼の言葉で「音楽的な輝きと、深くソウルフルで巧みな芸術的個性」を称え、ダイアン・リーヴスは「置き間違えた音がひとつもない」ギタリストと評しました。リーダー名義の名盤に加え、ジミー・スミス、ロン・カーター、ソニー・ロリンズら巨匠を支えた屈指のサイドマンとして、ジャズギター史に名を残す存在です。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ラッセル・マローンは、教会とブルースで培った歌心と確かな技巧を兼ね備え、リーダーとしてもサイドマンとしても一流だった稀有なジャズギタリストです。2024年にブルーノート東京での公演後に急逝したことは、日本のジャズファンにとっても忘れられない出来事となりました。その魅力を知る入り口としては、やはり代表作『Sweet Georgia Peach』（1998年、Impulse!）が最適です。この一枚から、温かく流麗なマローンの世界に触れてみてください。</p>
<h2>関連記事</h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/george-benson/">ジョージ・ベンソンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/kenny-burrell/">ケニー・バレルとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://jazzguitarroundmidnight.com/russell-malone/feed/</wfw:commentRss>
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			</item>
		<item>
		<title>ジョン・アバークロンビーとは？伝統と次世代をつないだECMの静かな革新者</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-abercrombie/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-abercrombie/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 11:51:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ECM]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ジョン・アバークロンビー]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
		<category><![CDATA[現代ジャズ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://jazzguitarroundmidnight.com/john-abercrombie/</guid>

					<description><![CDATA[ECMを拠点に40年以上活動したジャズギターの静かな革新者ジョン・アバークロンビー。経歴と音楽的特徴、代表作『Timeless』、使用機材、後進への影響までを分かりやすく解説する人物紹介記事です。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ジョン・アバークロンビー（John Abercrombie, 1944–2017）は、ドイツのレーベルECMを拠点に40年以上活動したアメリカのジャズギタリストです。派手な速弾きではなく、レガート（音を滑らかにつなぐ奏法）を軸にした「歌う」ラインと浮遊感のある音色で、小編成ジャズにおけるギターの役割を静かに塗り替えました。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したような伝統派の語彙を受け継ぎながら、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-metheny/">パット・メセニー</a>やビル・フリゼール、ジョン・スコフィールドといった次世代へ橋を架けた点が最大の功績といえます。この記事では、その経歴と音楽的特徴、代表作『Timeless』を中心に解説します。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ジョン・レアード・アバークロンビー（John Laird Abercrombie）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1944年12月16日〜2017年8月22日（享年72）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・ニューヨーク州ポートチェスター（コネチカット州グリニッジ育ち）</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（アーチトップ、セミホロウ、ギターシンセサイザーなど）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1960年代後半〜2017年（ECM Recordsを拠点に40年以上）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>ロックからジャズへ、そしてバークリーへ（1944〜1967年）</h3>
<p>1944年、ニューヨーク州ポートチェスターに生まれ、1950年代にコネチカット州グリニッジで育ちました。最初に夢中になったのはチャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーでしたが、友人を通じてデイヴ・ブルーベックやマイルス・デイヴィスを知り、初めて聴いたジャズギターのレコード——<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/barney-kessel/">バーニー・ケッセル</a>の1枚——をきっかけにジャズへ傾倒していきます。1960年代前半にボストンのバークリー音楽大学へ進学し（1967年卒業）、ジム・ホールやウェス・モンゴメリーといった名手を研究。在学中に出会ったオルガン奏者ジョニー・ハモンド・スミスのツアーに同行したことが、プロとしての最初の足がかりになりました。</p>
<h3>ニューヨークでのフュージョン期（1969〜1974年）</h3>
<p>1969年にニューヨークへ移り、ブレッカー兄弟のジャズロックバンド「Dreams」に参加。1970年代前半にはビリー・コブハムのフュージョンバンドや、ギル・エヴァンス、ガトー・バルビエリらとの共演で経験を積みます。ただし本人は、コブハム時代にフィラデルフィアの大会場スペクトラムで演奏した夜のことを「俺はここで何をしているんだ？と思った」と後年振り返っており、ロック寄りの大舞台には違和感を抱いていました。</p>
<h3>ECMとの契約とリーダーデビュー（1974〜1978年）</h3>
<p>転機は1970年代前半、ECM総帥マンフレート・アイヒャーから録音の誘いを受けたことでした。1974年6月に録音したリーダーデビュー作『Timeless』を1975年に発表します。以後、デイヴ・ホランドとジャック・ディジョネットとの協働トリオ「Gateway」で『Gateway』（1976年）『Gateway 2』（1978年）を、ラルフ・タウナーとのギターデュオで『Sargasso Sea』（1976年）を発表しました。</p>
<h3>リーダーとしての確立から晩年まで（1979〜2017年）</h3>
<p>1979〜1981年にはリッチー・バイラークらとのカルテットで『Arcade』（1979年）など3作を発表し、バンドリーダーとしての基盤を固めます。1984〜1990年頃はギターシンセサイザーを導入した実験期、1990年代はオルガントリオでの原点回帰、2000年代はヴァイオリンのマーク・フェルドマンを含むカルテットと、編成を変えながら探求を続けました。晩年はマーク・コープランドらと遺作『Up and Coming』（2017年）を録音し、2017年8月22日に心不全のため72歳で亡くなるまで、ECMでの録音を続けました。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>レガートとベンドで「歌う」ライン</h3>
<p>ハンマリングやプリングを多用した滑らかなレガートと、ベンド（弦を押し上げて音程を変える奏法）で目的の音に「ずり上がる」表現がトレードマークです。ジャズ系ギタリストとしては早くからベンドを本格的に取り入れた一人とされます。弦高を1.5〜2/64インチ（約0.6〜0.8mm）という極端な低さに設定し、細めのゲージの弦を張った軽いタッチが、この独特のアーティキュレーションを支えていました。</p>
<h3>コードよりラインを優先する発想</h3>
<p>高度なハーモニーの知識を持ちながら、伴奏時でさえブロックコードを弾き固めるより、対位法的なライン（旋律同士の絡み合い）を好みました。小編成での「余白」を大切にし、技巧の誇示を避けたリリカルで内省的なスタイルは、共演者との対話（インタープレイ）を何より重視するものです。</p>
<h3>音色への飽くなき探求</h3>
<p>ボリュームペダルで音の立ち上がりを消すスウェル奏法、コーラスやディレイ、1980年代にはギターシンセサイザーと、ECM的な浮遊感のあるサウンドを開拓し続けました。晩年はピックを手放してウェス・モンゴメリーを思わせる親指弾きに移行し、さらに柔らかい音色へ深化しています。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『Timeless』（1974年録音・1975年発表、ECM 1047）</h3>
<p>リーダーデビュー作にして最良の入門盤です。1974年6月21〜22日にニューヨークのGeneration Sound Studiosで録音され、マンフレート・アイヒャーのプロデュースにより1975年に発表されました。メンバーはヤン・ハマー（オルガン、ピアノ、シンセサイザー。ボストン時代のルームメイトでもありました）とジャック・ディジョネット（ドラム）。1曲目「Lungs」で灼熱のオルガンと渡り合う高速インタープレイと、12分近い表題曲「Timeless」の静謐な浮遊感——この「動と静」の対比が最大の聴きどころで、フュージョンの熱量とECM的叙情の分岐点に立つ1枚です。盟友ラルフ・タウナーの名を冠した「Ralph&#8217;s Piano Waltz」は、その後もたびたび再演される人気曲になりました。</p>
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</div>
<p>このほかでは、ホランド、ディジョネットとの対等トリオによる『Gateway』（1976年）、ラルフ・タウナーとのデュオでアコースティックとエレクトリックが溶け合う『Sargasso Sea』（1976年）、そして結成7年目のカルテットの結束が頂点に達したと批評家から高く評価された、ヴァイオリン入りの円熟作『The Third Quartet』（2007年）がおすすめです。時期ごとに作風の違いを聴き比べると、探求の軌跡がよく分かります。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>ギターは時期によって大きく変遷しています。初期はGibson L-5を使用し、1950年代後半製のGibson ES-175は「絶対に手放さない1本」として生涯手元に置いていました。1970年代のフュージョン期にはゴールドトップのGibson Les Paulなどを弾き、のちにIbanez Artist（2619）へ移行。「レスポールよりピックアップの音が太い」と本人が語るほど気に入り、長く愛用しました。2003年以降のメインは、セミホロウボディにハムバッカー2基とピエゾピックアップを備えたBrian Moore DC-1のシグネチャーモデルです。</p>
<p>アンプは初期のFenderやMesa/Boogieから、後年はRoland JC-120やPolytone Mini-Bruteなどへ移行し、ライブではRolandとMesa/Boogieの2台を同時に鳴らすセッティングを好んだとされます。エフェクトはボリュームペダルとBoss SE-50（ディレイ/リバーブ/コーラス）が中心でした。なお、機材の使用時期や個体には諸説あるため、あくまで代表例として捉えてください。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>40年を超えるキャリアで、リーダー作・共演作あわせて50を超えるECM録音に参加したアバークロンビーは、ウェス・モンゴメリーやバーニー・ケッセル、ジム・ホールといった伝統派と、メセニー、フリゼール、スコフィールドら次世代とを橋渡しする存在と広く評価されています。本人も「ジャズギターの歴史に直結していながら、音楽的な境界をいくらか押し広げている——そう受け取ってほしい」と語っていました。派手さを排した「アンダーステイテッド（控えめ）」な美学で小編成ジャズにおけるギターの役割を再定義し、ECMサウンドの中核ギタリストとしてレーベルの美学形成にも貢献。ジム・ホール直系のレガートとインタープレイ重視の系譜を、次の世代へ確かに受け渡した人物です。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ジョン・アバークロンビーは、技巧を誇示せず、歌うようなラインと音色の探求でジャズギターの表現を広げた「静かな革新者」でした。伝統を踏まえながら境界を押し広げるその姿勢は、世代の異なるギタリストたちをつなぐ架け橋にもなりました。入門には、熱狂と静謐が1枚に同居するリーダーデビュー作『Timeless』（1974年録音・1975年発表）が最適です。まずは冒頭の「Lungs」と表題曲の対比から、その世界に触れてみてください。</p>
<h2>関連記事</h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/bill-frisell/">ビル・フリゼールとは？（人物紹介記事）</a></li>
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<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/jim-hall/">ジム・ホールとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>アル・ディ・メオラとは？速弾きの元祖と呼ばれるフュージョン・ギターの巨匠</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/al-di-meola/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/al-di-meola/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 11:49:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[アル・ディ・メオラ]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[リターン・トゥ・フォーエヴァー]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://jazzguitarroundmidnight.com/al-di-meola/</guid>

					<description><![CDATA[超高速ピッキングとラテンの情熱で1970年代フュージョン界を席巻したアル・ディ・メオラ。リターン・トゥ・フォーエヴァー時代から代表作『Elegant Gypsy』、使用機材、ロックへの影響までジャズギターの巨匠を徹底解説。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「速弾きギター」と聞くとロックやメタルを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、その源流のひとりはジャズ／フュージョンの世界にいます。アル・ディ・メオラ（Al Di Meola）は、1970年代にマシンガンのような超高速ピッキングとラテン音楽の情熱で一世を風靡したアメリカのギタリストです。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介した「歌うようなジャズギター」とは対照的な、切れ味鋭い演奏でロックギタリストにも絶大な影響を与えてきました。この記事では、その経歴と聴きどころをわかりやすく紹介します。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>アルバート・ローレンス・ディ・メオラ（Albert Laurence Di Meola）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1954年7月22日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・ニュージャージー州ジャージーシティ（同州バーゲンフィールド育ち）</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリックギター、アコースティックギター（スチール弦／ナイロン弦）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1974年〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>ビートルズに夢中になった少年時代（1954年〜1970年）</h3>
<p>1954年、ニュージャージー州ジャージーシティのイタリア系家庭に生まれ、同州バーゲンフィールドで育ちました。幼い頃にエルヴィス・プレスリーをきっかけに音楽に目覚め、ビートルズに決定的な影響を受けてギターの道を志します。地元の教師にジャズとクラシック双方の基礎を学び、10代には1日8〜10時間も練習したといいます。</p>
<h3>19歳でリターン・トゥ・フォーエヴァーに抜擢（1971年〜1976年）</h3>
<p>1971年にバークリー音楽大学へ入学。そして1974年、19歳のときにチック・コリア率いるフュージョンバンド「リターン・トゥ・フォーエヴァー（RTF）」に、ビル・コナーズの後任ギタリストとして抜擢されます。在籍中はグラミー賞（最優秀ジャズ・グループ演奏賞）を受賞した『No Mystery』（1975年）、のちにゴールドディスクに輝いた『Romantic Warrior』（1976年）などに参加し、バンドは全米Top40に入る商業的成功を収めました。</p>
<h3>ソロデビューと『Elegant Gypsy』の成功（1976年〜1983年）</h3>
<p>1976年にソロデビュー作『Land of the Midnight Sun』を発表。翌1977年の『Elegant Gypsy』はRIAAゴールド認定を受ける大ヒットとなり、Guitar Player誌の読者投票では1977年から1980年まで4年連続でBest Jazz Guitaristに選ばれました。1980年12月にはジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアとのアコースティック・ギター・トリオでライブ録音を行い、これが1981年発売の『Friday Night in San Francisco』として世界的なヒットになります。</p>
<h3>アコースティック転回から近年まで（1984年〜現在）</h3>
<p>10年におよぶツアー生活で行き詰まりを感じ、1980年代半ばに一時ペースを落とし、1985年にはアコースティック中心の『Cielo e Terra』を発表します。1990年代は「World Sinfonia」プロジェクト（1991年〜）やピアソラ作品集『Di Meola Plays Piazzolla』（1996年）などワールドミュージック路線を深めました。2008年にはRTF再結成ツアーに参加し、2018年にはバークリー音楽大学から名誉博士号を授与されています。2011年には『Pursuit of Radical Rhapsody』でラテン・グラミー賞（最優秀インストゥルメンタル・アルバム）を受賞。2023年9月にルーマニア・ブカレストでの公演中に心筋梗塞で倒れましたが、2024年1月にステージへ復帰し、同年『Twentyfour』を発表しました。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>超高速ピッキングとパームミュート</h3>
<p>最大の特徴は、超高速のオルタネイト・ピッキング（ダウンとアップを交互に繰り返す弾き方）です。スウィープなどの「近道」を嫌ってすべての音符を弾き切る流儀で、本人も若い頃は世界最速のギタリストを目指していたと語っています。もうひとつの武器が、右手の手のひらで弦に軽く触れて音を短く切るパームミュート。歯切れのよい独特の粒立ちを生む技術で、ロック界のトニー・マカパインが「右手のミュート技術は彼から学んだ」と公言するほどの名手です。</p>
<h3>ラテン・地中海音楽との融合</h3>
<p>もうひとつの柱が、フラメンコやタンゴなどラテン／地中海音楽との融合です。エキゾチックなスケール（音階）とラテンのリズムをジャズロックの文脈に持ち込み、エレクトリックの攻撃性とアコースティックの叙情を曲ごとに使い分けるスタイルを確立しました。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『Elegant Gypsy』（1977年）</h3>
<p>1977年4月発売（録音は1976年12月〜1977年1月、Columbia）。当時22歳のディ・メオラが自らプロデュースした代表作で、ヤン・ハマー、バリー・マイルズ（key）、アンソニー・ジャクソン（b）、スティーヴ・ガッド、レニー・ホワイト（ds）ら豪華メンバーが曲ごとに参加しています。聴きどころはまず、フラメンコの巨匠パコ・デ・ルシアとのアコースティック・デュオ「Mediterranean Sundance」。後の『Friday Night in San Francisco』へつながる歴史的共演です。そして高速ミュート・ピッキングの教科書とも呼べる「Race with Devil on Spanish Highway」。この2曲で、エレクトリックとアコースティックを行き来する彼の二面性が一度に味わえます。Billboard 200で58位、AllMusicでは5つ星満点評価という、フュージョン史に残る1枚です。</p>
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</div>
<p>このほかでは、まずソロデビュー作『Land of the Midnight Sun』（1976年）。RTF人脈が参加した、初期の勢いが詰まった1枚です。『Casino』（1978年）は『Elegant Gypsy』路線を深化させたエレクトリック期の傑作。そしてジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアとの『Friday Night in San Francisco』（1980年12月録音・1981年発売）は、アコースティックギター史に残る「スーパーギタートリオ」のライブ盤としてあわせて聴いてほしい大ヒット作です。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>RTF期から初期ソロ時代の代名詞は、1971年製の黒いGibson Les Paul Customです。ピックアップは早くからDiMarzio製を使っていたとされます。1980年代以降のアコースティックではOvationのエレアコが主力となり、ナイロン弦ではConde Hermanos（現Felipe Conde）の工房と共同開発したシグネチャーモデルを使用しています。</p>
<p>近年のエレクトリックはPRSが中心で、2008年にはシグネチャーモデル「Prism」が発表されました。アンプはMesa/Boogieを使用していると伝えられています。ただし機材は時期によって大きく変遷しているため、上記は各時期の代表例と考えてください。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>ディ・メオラは、1970年代のフュージョン黄金期に「速弾き」という語彙をジャズギターに定着させた立役者であり、ジョン・マクラフリンと並ぶテクニカル系フュージョンギターの頂点と評されます。特筆すべきはロック／メタル界への影響の大きさで、ランディ・ローズは彼を「一番好きなギタリスト」と公言し、イングヴェイ・マルムスティーンやポール・ギルバートら後続のテクニカル系ギタリストからも称賛されています。ネオクラシカルやシュレッド系ギターの源流のひとりといってよいでしょう。一方で「技巧的だが冷たい」という批評も当時から根強くありましたが、本人は技巧の中にある感情やメロディをこそ聴いてほしいと反論しています。グラミー賞（RTF『No Mystery』）、ラテン・グラミー賞（2011年）、Guitar Player誌の殿堂「ギャラリー・オブ・グレイツ」入りなど、受賞歴も豊富です。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>アル・ディ・メオラは、超高速ピッキングとラテンの情熱でジャズ／フュージョンの可能性を広げ、ロック界にまで影響を及ぼしたギタリストです。エレクトリックの鋭さとアコースティックの叙情、両面を知ることで魅力は倍増します。入門にはやはり代表作『Elegant Gypsy』（1977年）が最適です。「Race with Devil on Spanish Highway」の疾走感と「Mediterranean Sundance」の美しさを、ぜひ聴き比べてみてください。</p>
<h2>関連記事</h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-mclaughlin/">ジョン・マクラフリンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/">マイク・スターンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/django-reinhardt/">ジャンゴ・ラインハルトとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>ピーター・バーンスタインとは？歌心と王道の音色で現代ジャズを支える名手</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/peter-bernstein/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 11:49:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ハードバップ]]></category>
		<category><![CDATA[ピーター・バーンスタイン]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
		<category><![CDATA[現代ジャズ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://jazzguitarroundmidnight.com/peter-bernstein/</guid>

					<description><![CDATA[ジム・ホールに絶賛されたジャズギターの名手ピーター・バーンスタインを紹介。経歴や代表作『Signs of Life』、オルガントリオ、使用機材まで、歌心あふれる王道ギタリストの魅力を徹底解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ピーター・バーンスタイン（Peter Bernstein）は、1967年生まれ、ニューヨークを拠点に活躍するジャズギタリストです。速弾きに頼らず、一音一音を丁寧に歌わせるフレージングと、太く温かい音色を持ち味とし、これまでに参加した録音は300枚以上にのぼります。巨匠ジム・ホールが「私がこれまでに聴いた中で最も印象的な若手ギタリスト」と絶賛したことでも知られる存在です。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスらの伝統を受け継ぐ、王道ジャズギターの現在形を知るうえで欠かせない一人です。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>Peter Andrew Bernstein（ピーター・アンドリュー・バーンスタイン）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1967年9月3日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・ニューヨーク市</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（フルアコースティック／アーチトップ）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1980年代後半〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>※映画音楽の作曲家ピーター・バーンスタイン（エルマー・バーンスタインの息子）とは同姓同名の別人です。</p>
<h2>経歴</h2>
<h3>ピアノからギターへ（1967年〜1980年代後半）</h3>
<p>1967年、ニューヨーク市に生まれます。8歳でピアノを始め、13歳でギターへ転向しました。主に耳で聴いて学ぶ独学スタイルで腕を磨いたのち、1980年代後半にはラトガース大学でテッド・ダンバー（ギター）やケニー・バロン（ピアノ）に学び、その後ニューヨークのニュースクール（The New School）に移っています。</p>
<h3>ジム・ホールとの出会いとプロ活動の本格化（1989年〜1990年代前半）</h3>
<p>1989年頃からニューヨークのジャズシーンで本格的に活動を始めます。転機となったのは1990年。ニュースクールで出会った巨匠ジム・ホールに評価され、JVCジャズ・フェスティバルのホール主催「インヴィテーショナル・コンサート」に、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-metheny/">パット・メセニー</a>や<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/">ジョン・スコフィールド</a>ら名手が顔をそろえる中で抜擢されました。ホールは「彼は過去にも未来にも目を向けている」と、その資質を高く評価しています。同じ1990年からは、アルトサックスの大御所ルー・ドナルドソンのバンドに約10年間在籍。並行して、ウェス・モンゴメリー・トリオの元メンバーであるオルガン奏者メルヴィン・ラインの録音にも参加し（共演盤は5枚にのぼります）、オルガンジャズの語法を吸収しました。さらに1989年頃には、ラリー・ゴールディングス（オルガン）、ビル・スチュワート（ドラム）とのオルガントリオを結成。このトリオは30年以上続く長寿ユニットとなっています。</p>
<h3>リーダー作の発表と一流グループへの参加（1992年〜2000年代）</h3>
<p>1992年12月には初リーダー作『Somethin&#8217;s Burnin&#8217;』（Criss Cross）を録音。ブラッド・メルドー（ピアノ）、ジョン・ウェバー（ベース）、ジミー・コブ（ドラム）が参加しています。1994年12月に録音され翌1995年に発売された『Signs of Life』は、現在も代表作として挙げられる一枚です。その後は1995〜97年にジョシュア・レッドマンのグループ、1999〜2001年にはダイアナ・クラールのカルテットに参加。ソニー・ロリンズ、リー・コニッツ、ニコラス・ペイトンらのグループでも活躍しました。2008年にはBlue Noteレーベル70周年を記念して結成されたセプテット「Blue Note 7」に参加し、『Mosaic』（2009年発売）を録音。同じ2008年にはトリオ作『Monk』でセロニアス・モンクの曲集にも取り組んでいます。</p>
<h3>20年越しのカルテット共演と現在（2015年〜）</h3>
<p>2015年1月、『Signs of Life』のカルテット（メルドー、クリスチャン・マクブライド、グレゴリー・ハッチンソン）が、ジャズ・アット・リンカーンセンターで初めての共演ライブを3夜にわたって行いました。録音から約20年を経ての初ライブで、その模様は『Signs LIVE!』（2017年、Smoke Sessions）として発売されています。2016年には『Let Loose』を発表し、2024年9月には最新リーダー作『Better Angels』をリリース。現在はNYU（ニューヨーク大学スタインハート校）で後進の指導にもあたっています。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>メロディーを最優先した「歌う」シングルライン</h3>
<p>バーンスタインの魅力は、まずそのシングルライン（単音で奏でるメロディーライン）にあります。ビバップの語彙を土台にしながら、音数を欲張らない経済的な音選びで、フレーズの起承転結とニュアンスを大切にするスタイルです。速さで圧倒するのではなく「間」で聴かせる美学は、師でもあるジム・ホール直系といえます。</p>
<h3>エフェクトを使わない太く温かいトーン</h3>
<p>エフェクターを一切使わず、アーチトップギター（箱型のフルアコースティックギター）をアンプに直結するだけのシンプルなセッティングも特徴です。ウェス・モンゴメリーやグラント・グリーンを思わせる、丸く芯のある温かい音色は、彼の最大の個性といってよいでしょう。</p>
<h3>オルガンジャズ仕込みのグルーヴと伴奏力</h3>
<p>ルー・ドナルドソンやメルヴィン・ライン、そしてゴールディングス＝スチュワートとの長年のオルガントリオ経験に裏打ちされた、ソウルフルなタイム感と的確なコンピング（伴奏）も見逃せません。300枚を超える録音に呼ばれ続ける理由は、この確かな伴奏能力にあります。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『Signs of Life』（1994年録音・1995年発売、Criss Cross Jazz）</h3>
<p>1994年12月17日にニューヨークのRPMスタジオで録音され、翌1995年に発売されたリーダー作です（資料によっては「1994年作」と表記されることもあります）。メンバーはブラッド・メルドー（ピアノ）、クリスチャン・マクブライド（ベース）、グレゴリー・ハッチンソン（ドラム）という、後にそれぞれ大スターとなる顔ぶれ。オリジナル曲「Blues for Bulgaria」「Jet Stream」などとスタンダード「The Things We Did Last Summer」などをバランスよく収めた全9曲・約72分で、当時27歳のバーンスタインの完成された歌心を堪能できます。AllMusicでは4.5／5の高評価。実はこのカルテットは録音当時ライブを一度も行っておらず、初の共演ライブは約20年後の2015年に実現しました（その記録が『Signs LIVE!』（2017年）です）。</p>
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</div>
<p>このほかでは、メルドー、ラリー・グレナディア（ベース）、ビル・スチュワート（ドラム）と録音した円熟期の人気作『Heart&#8217;s Content』（2003年、Criss Cross）がおすすめです。『Monk』（2008年、Xanadu）は、ダグ・ワイス（ベース）、ビル・スチュワートとのトリオでセロニアス・モンクの曲12曲に取り組んだ意欲作。そして最新作『Better Angels』（2024年、Smoke Sessions）は、メルドー、ヴィセンテ・アーチャー（ベース）、アル・フォスター（ドラム）という、この4人としては初共演となるカルテットによる録音で、晩年のアル・フォスターの演奏の記録としても貴重な一枚です。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>ギターは、フィラデルフィアの製作家ジョン・ザイドラー（John Zeidler）による1981年製とされるアーチトップを、1990年代後半以降ほぼ一貫してメインギターとして使用しています。フローティング・ハムバッカー（ボディに直接取り付けないタイプのピックアップ）を搭載したモデルです。</p>
<p>アンプはFender系の真空管アンプ（Deluxe Reverbやヴィンテージ・Vibroluxなど）を愛用しているとされ、Polytoneとの2台併用で鳴らすこともあると言われます。Twin ReverbやRoland Jazz Chorusの使用例も報告されていますが、アンプ周りはファン発の情報が多く断定はできません。確かなのは、エフェクターを基本的に使わない「ギターとアンプだけ」の潔いセッティングだということです。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>バーンスタインは、ウェス・モンゴメリー、グラント・グリーン、ジム・ホールらの伝統を現代に継承する「ポスト・バップ王道派」の最高峰として広く認知されています。ゴールディングス＝バーンスタイン＝スチュワートのオルガントリオは、1990年代半ばにニューヨーク・タイムズ紙から「過去10年で最高のオルガントリオ」と評され、現代オルガンジャズの基準点として評価が定着しました。派手な革新者ではなく「本流の深化」で評価されるタイプであり、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/kurt-rosenwinkel/">カート・ローゼンウィンケル</a>やジェシー・ヴァン・ルーラーといった同世代以降の「モダン派」との対比で語られることも多いギタリストです。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ピーター・バーンスタインは、歌心あふれるシングルラインと温かい音色で、ジャズギターの王道を現代に受け継ぐ名手です。ルー・ドナルドソンからダイアナ・クラールまで、世代を超えた信頼を集めてきたキャリアがその実力を物語っています。まずは代表作『Signs of Life』（1994年録音・1995年発売）で、若き日のメルドーやマクブライドとの共演と、27歳にしてすでに完成されていた歌心をぜひ味わってみてください。そこから長寿オルガントリオや最新作『Better Angels』へと聴き進めれば、この人の魅力がさらに深く見えてくるはずです。</p>
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</ul>
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			</item>
		<item>
		<title>ジョン・マクラフリンとは？速弾きと変拍子でジャズを変えたフュージョンの先駆者</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-mclaughlin/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-mclaughlin/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:20:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ジョン・マクラフリン]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[マイルス・デイヴィス]]></category>
		<category><![CDATA[マハヴィシュヌ・オーケストラ]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[ジョン・マクラフリンは超高速ピッキングと変拍子でフュージョンの土台を築いたジャズギターの革新者。マイルス・デイヴィスとの共演からマハヴィシュヌ・オーケストラ、シャクティまで、経歴・名盤・使用機材を解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ジョン・マクラフリンは、1942年イングランド生まれのジャズギタリストです。マイルス・デイヴィスの名盤『Bitches Brew』（1970年）に、その名もずばり「John McLaughlin」という曲が収録されているほど、帝王から信頼されたギタリストです。ロック並みの大音量と超高速ピッキング、そして変拍子（拍の数が通常と異なる複雑なリズム）をジャズに持ち込み、フュージョンというジャンルの土台を築きました。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスが「歌うようなフレーズ」の名手だとすれば、マクラフリンは「速さとリズム」の面からジャズギターの可能性を押し広げた存在です。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ジョン・マクラフリン（John McLaughlin）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1942年1月4日生まれ（存命・2026年時点で84歳）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>イングランド、ヨークシャー州ドンカスター</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリック／アコースティックギター、ギターシンセサイザー</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1960年代〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>ヨークシャーからロンドンへ（1942〜1968年）</h3>
<p>1942年、ドンカスターに生まれます。母はヴァイオリニストで、11歳のときに兄から譲り受けたギターにのめり込み、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/tal-farlow/">タル・ファーロウ</a>や<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/django-reinhardt/">ジャンゴ・ラインハルト</a>のジャズを独学で吸収しました。1960年代初頭にロンドンへ出ると、グラハム・ボンド・カルテット（1963年）に参加するなど、英国のR&#038;B・ジャズシーンで腕を磨きます。若き日のジミー・ペイジにギターを教えたという逸話も残っています。</p>
<h3>渡米、マイルス・デイヴィスとの共演（1969〜1972年）</h3>
<p>1969年1月に初リーダー作『Extrapolation』を録音し、同年渡米してトニー・ウィリアムス率いるライフタイムに参加します。さらに1969年から1972年にかけてはマイルス・デイヴィスの「電化」路線を支え、『In a Silent Way』（1969年）、『Bitches Brew』（1970年）、『A Tribute to Jack Johnson』（1971年）などの重要作に名を連ねました。</p>
<h3>マハヴィシュヌ・オーケストラとシャクティ（1971〜1977年）</h3>
<p>1971年、自身のバンド「マハヴィシュヌ・オーケストラ」を結成します。バンド名は導師シュリ・チンモイから授かった霊名にちなみます。『The Inner Mounting Flame』（1971年）と『Birds of Fire』（1973年、米Billboard 200で15位）は、ジャズロック／フュージョンの頂点とされる2枚です。第1期は1973年末に解散し、1974〜76年には第2期マハヴィシュヌとして『Apocalypse』（1974年、ロンドン交響楽団と共演）などを発表しました。並行して、タブラ奏者ザキール・フセインらと組んだアコースティック・バンド「シャクティ」では、1975年7月のライヴを収めたデビュー作『Shakti with John McLaughlin』（発売は1976年）を残しています。</p>
<h3>ギタートリオから80代の現役へ（1980年代〜現在）</h3>
<p>1981年、パコ・デ・ルシア、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/al-di-meola/">アル・ディ・メオラ</a>とのギタートリオによるライヴ盤『Friday Night in San Francisco』が世界的ヒットとなります。1984〜87年にはマハヴィシュヌ名義を再始動。1990年代後半に「リメンバー・シャクティ」を結成し、2007年からは自身のバンド「4th Dimension」で活動しています。グラミー賞は2010年、2018年など複数回受賞。2020年代にはシャクティを再結成し、46年ぶりのスタジオ作『This Moment』（2023年）が2024年のグラミー賞（ベスト・グローバル・ミュージック・アルバム）に輝きました。同年にDownBeat誌の殿堂入りも果たし、2026年にも新作が発表されるなど、80代の現在も第一線に立ち続けています。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>超高速・高精度のオルタネイト・ピッキング</h3>
<p>オルタネイト・ピッキング（ピックの上下動を交互に繰り返す奏法）を極限まで高速化・精密化し、歪んだ大音量サウンドで、ジョン・コルトレーン譲りの音数の多いフレーズを正確に弾き切ります。後の「速弾き」系ギタリストの原型となったスタイルです。</p>
<h3>変拍子とインド音楽の導入</h3>
<p>インド古典音楽のリズム周期「ターラ」や旋法を採り入れ、5拍子や7拍子、「Birds of Fire」の18/8拍子といった複雑な拍子を常用します。バンド全体でユニゾンする鋭いリフも特徴です。</p>
<h3>ジャンル横断のハイブリッド</h3>
<p>フラメンコ、インド古典、ブルース、西洋クラシックまでを一つのギター語法に統合。エレクトリックとアコースティックを自在に行き来したキャリアも、ジャズギター史では稀有です。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『The Inner Mounting Flame』（1971年）</h3>
<p>マハヴィシュヌ・オーケストラのデビュー作で、1971年8月14日にニューヨークで録音され、同年11月3日にColumbiaから発売されました。メンバーはマクラフリン（g）、ジェリー・グッドマン（vln）、ヤン・ハマー（key）、リック・レアード（b）、ビリー・コブハム（ds）。冒頭「Meeting of the Spirits」の不穏なリフ、「The Noonward Race」でのコブハムとの高速の応酬、一転して静謐なアコースティック曲「A Lotus on Irish Streams」まで、動と静の落差がこのバンドの本質です。ロックの音量とジャズの即興、インド由来のリズムを一体化し、「フュージョンというジャンルの型を定義した1枚」と評されています。</p>
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</div>
<p>このほかでは、変拍子リフの完成形が聴ける『Birds of Fire』（1973年）、インド古典音楽との融合をアコースティックで実現した歴史的ライヴ盤『Shakti with John McLaughlin』（1976年発売・1975年ライヴ録音）、そしてパコ・デ・ルシア、アル・ディ・メオラとのギタートリオで、入門にも最適な『Friday Night in San Francisco』（1981年）がおすすめです。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>第1期マハヴィシュヌ期（1971〜73年頃）の代名詞は、6弦+12弦のGibson EDS-1275ダブルネックです。100WのMarshallアンプをほぼフルアップで鳴らしたサウンドは、Guitar Player誌「史上最高のトーン50」に挙げられたとされます。第2期ではRex Bogue製のカスタムダブルネック「Double Rainbow」を使用したほか、GibsonのByrdlandやES-345をスキャロップド指板（指板を削って弦を押さえやすくする加工）に改造して使っていたともいわれます。</p>
<p>シャクティ期には、製作家アブラハム・ウェクターがGibson J-200を基に改造した特注アコースティック、通称「シャクティ・ギター」を使用しました。サウンドホールの上に斜めに張られた共鳴弦を持つ独特の楽器です。後年はGodinのシンセアクセス・モデルやPRSを使い、アンプ類はMesa/Boogieを愛用してきたとされますが、機材は時期による変遷が激しく、細部は資料によって差があります。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>ジャズフュージョンの創始者の一人であり、マハヴィシュヌ・オーケストラで「ロックの音圧×ジャズの即興×インドのリズム」という様式を確立しました。ジェフ・ベックは「現存する最高のギタリスト」、パット・メセニーは「世界最高のギタリスト」と公言し、Rolling Stone誌「歴代最高のギタリスト100」でも49位（2003年）に選ばれています。アル・ディ・メオラやマイク・スターンなど影響を受けたギタリストは多数で、速弾き・変拍子・ワールドミュージック融合という現代テクニカルギターの三要素すべての源流とされます。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ジョン・マクラフリンは、超高速ピッキングと変拍子をジャズに定着させ、フュージョンというジャンルの骨格をつくったギタリストです。マイルスの電化からインド音楽やフラメンコとの融合、そして2024年のグラミー受賞まで、その歩みはジャズギターの拡張の歴史そのものといえます。まず聴くべきは、やはりマハヴィシュヌ・オーケストラの『The Inner Mounting Flame』（1971年）です。半世紀以上前の録音とは思えない熱量と精度に、きっと驚かされるはずです。</p>
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<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/">ジョン・スコフィールドとは？（人物紹介記事）</a></li>
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</ul>
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		<item>
		<title>リー・リトナーとは？3000セッションを支えた“キャプテン・フィンガーズ”</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:19:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[スムーズジャズ]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[リー・リトナー]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[3,000超のセッションを支えた“キャプテン・フィンガーズ”ことリー・リトナー。ウェス・モンゴメリー直系のジャズギターをフュージョンへ広げた名手の経歴と代表作『Captain Fingers』、使用機材まで紹介します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>リー・リトナー（Lee Ritenour）は、アメリカ・ロサンゼルス出身のジャズ／フュージョン・ギタリストです。3,000を超えるスタジオセッションに参加してきた名手で、卓越した指さばきから「キャプテン・フィンガーズ（Captain Fingers）」の異名で呼ばれてきました。少年時代に影響を受けたウェス・モンゴメリー（<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>）の語彙を、フュージョンやスムーズジャズへとつないだ存在でもあります。この記事では、その経歴と魅力を紹介します。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>リー・マック・リトナー（Lee Mack Ritenour）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1952年1月11日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリックギター（Gibson ES-335、L-5ほか）、クラシックギター、ギターシンセサイザー</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1968年頃〜現在（ソロデビューは1976年）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>ロサンゼルスの少年がファーストコールになるまで（1952〜1975年）</h3>
<p>1952年にロサンゼルスで生まれたリトナーは、8歳でギターを始め、12歳で音楽の道を志します。1960年代後半にはウェス・モンゴメリーに傾倒し、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/joe-pass/">ジョー・パス</a>やハワード・ロバーツに個人的に師事したとされます。16歳でママス&#038;パパスのレコーディングに参加して初セッションを経験。その後、南カリフォルニア大学（USC）でクリストファー・パーケニングにクラシックギターを学び、21歳で同校のギター講師に抜擢されました。1970年代前半からはLAスタジオシーンで真っ先に声のかかる「ファーストコール」ギタリストとなり、これまでに3,000を超えるセッションに参加しています。</p>
<h3>ソロデビューと『Captain Fingers』（1976〜1979年）</h3>
<p>1976年、Epicから『First Course』でソロデビュー。翌1977年には、異名をそのままタイトルに掲げた代表作『Captain Fingers』を発表します。同じ頃、日本のJVC（日本ビクター）が企画したダイレクトカッティング録音（テープを介さず原盤に直接刻む高音質録音）にも参加し、日本での人気を高めるきっかけになったといわれます。1979年にはピンク・フロイド『The Wall』のセッションに参加したことでも知られています（「Run Like Hell」などでの、クレジットなしの参加です）。</p>
<h3>ヒット曲「Is It You」とグラミー受賞（1980年代）</h3>
<p>1981年の『Rit』では、エリック・タッグのボーカルをフィーチャーした「Is It You」がBillboard Hot 100で15位に入るヒットとなりました。1985年にはキーボード奏者デイヴ・グルーシンとの双頭名義作『Harlequin』を発表し、収録曲「Early A.M. Attitude」のアレンジで1986年の第28回グラミー賞（ベスト・インストゥルメンタル・アレンジメント）を受賞します。ノミネート歴は通算16回を数えますが、受賞は現在までこの1回のみです。</p>
<h3>フォープレイ結成、そして現在まで（1990年代〜）</h3>
<p>1990年の『Stolen Moments』でストレートアヘッドなジャズ（正統派の4ビートジャズ）に接近すると、1991年にはボブ・ジェームス、ネイザン・イースト、ハーヴィー・メイソンとフォープレイ（Fourplay）を結成。デビュー作はコンテンポラリー・ジャズ・チャート1位、ゴールドディスク認定という成功を収めました。1993年にはウェス・モンゴメリーへのトリビュート作『Wes Bound』を発表。1997年にフォープレイを脱退（後任は<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/">ラリー・カールトン</a>）した後も、『6 String Theory』（2010年）などを発表し、2018年の山火事（ウールジー火災）で自宅兼スタジオを失った後も現役で活動を続けています。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>ウェス・モンゴメリー直系のフレージング</h3>
<p>リトナーの土台にあるのは、オクターブ奏法（1オクターブ違いの同じ音を2本の弦で同時に弾く奏法）に代表されるウェス・モンゴメリーの語彙です。歌うようなラインをフュージョンやポップスの文脈に翻訳して聴かせるところに個性があり、トリビュート作『Wes Bound』はその集大成といえます。</p>
<h3>セッションで鍛えられた正確さと多様性</h3>
<p>3,000を超えるセッション経験に裏打ちされたタイム感と、カッティング（リズムギターの細かい刻み）の精度は大きな武器です。ジャズ、ロック、R&#038;B、ブラジル音楽までを行き来する順応力も持ち味で、異名の由来となった高速かつクリーンなピッキングも聴きどころです。</p>
<h3>クラシックの素養とテクノロジーへの好奇心</h3>
<p>パーケニング仕込みのクラシックギターの素養は、ナイロン弦を用いたブラジル音楽路線の作品で美しく発揮されています。一方で、1970年代からギターシンセサイザー（ギターの演奏でシンセ音源を鳴らせる電子楽器）をいち早く導入するなど新技術への好奇心も旺盛で、伝統と先進性の同居がリトナーの音楽を特徴づけています。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
<p>※以下に楽天市場のアフィリエイトリンク（PR）を含みます。</p>
<h3>『Captain Fingers』（1977年）</h3>
<p>自身の異名をそのままタイトルにした、Epicからの代表作です。録音はバーバンクのKendun Recordersなどで行われ、デイヴ・グルーシン（キーボード／アレンジ）、ハーヴィー・メイソンとジェフ・ポーカロ（ドラム）、アンソニー・ジャクソンとアルフォンソ・ジョンソン（ベース）、レイ・パーカーJr.（リズムギター）ら総勢20名超のLAトップセッションマンが参加しました。聴きどころは、タイトル曲の超高速ユニゾンと切れ味鋭いカッティング、先駆的なギターシンセの使用、そしてスティーヴィー・ワンダー「Isn&#8217;t She Lovely」のカバーです。Billboard 200で178位、Jazz Albumsチャートで31位を記録した、LAフュージョン黄金期を伝える「名刺代わり」の1枚です。</p>
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</div>
<p>『Rit』（1981年）はAOR／ポップ路線の頂点で、ヒット曲「Is It You」を収録しています。『Wes Bound』（1993年）はウェス・モンゴメリーへのトリビュートで、コンテンポラリー・ジャズ・チャート1位を記録した「ジャズギタリストとしてのリトナー」を最もよく示す作品です。『6 String Theory』（2010年）はギター人生50年を記念した企画盤で、B.B.キング、ジョージ・ベンソン、スラッシュら約20人のギタリストが参加しています。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>メインギターとして知られるのは、1961年製チェリーレッドのGibson ES-335で、2008年にはGibson Custom Shopからこのギターを再現したシグネチャーモデルが限定発売されました。同じくCustom Shop製の「Lee Ritenour L-5」シグネチャーもあり、L-5はウェス・モンゴメリーの愛器として知られるモデルだけに、敬愛を感じさせる選択です。1982年にはIbanezから本人シグネチャーのセミホロウ「LR10」も発売されました。このほか、フロイドローズやEMGピックアップを載せる改造を施した1958年製Fender Stratocasterの使用でも知られます。</p>
<p>アンプについては、ファンクや歪んだサウンドにはFender Vibrolux、クリーントーンにはMusic Manを使い分けていたと語られていますが、時期によって機材は移り変わっており、あくまで一例です。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>ジャズギター史におけるリトナーは、ウェス・モンゴメリー以降の「歌えるジャズギター」を、1970〜80年代のクロスオーバー／フュージョン、さらに90年代のスムーズジャズへと橋渡しした中心人物の一人です。ラリー・カールトンと並ぶ「LAスタジオ系ギタリスト」の代名詞であり、フォープレイの結成でコンテンポラリー・ジャズの商業的確立にも貢献しました。2011年にはドイツのECHOジャズ賞を受賞するなど評価は国際的で、度重なる来日公演もあり、日本で特に愛されてきたフュージョンギタリストの一人でもあります。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>リー・リトナーは、3,000を超えるセッションで鍛えた技術を土台に、ウェス・モンゴメリー直系のジャズギターをフュージョンやスムーズジャズへと広げてきたギタリストです。スタジオの職人としての正確さと、ソロアーティストとしての創造性を両立させた点で、ジャズギター史でも重要な存在といえます。入門にはやはり代表作『Captain Fingers』（1977年）がおすすめです。「キャプテン・フィンガーズ」の指さばきを、ぜひ体感してみてください。</p>
<h2>関連記事</h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
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<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/">ラリー・カールトンとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>エミリー・レムラーとは？ウェス直系のオクターブ奏法を受け継いだ早逝の名手</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/emily-remler/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/emily-remler/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:18:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[エミリー・レムラー]]></category>
		<category><![CDATA[コンコード]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ハードバップ]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[エミリー・レムラーは、ウェス・モンゴメリー直系のオクターブ奏法で1980年代に活躍したジャズギターの名手。経歴や奏法の特徴、代表作『East to Wes』などおすすめアルバム、使用機材までわかりやすく紹介します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>エミリー・レムラー（Emily Remler、1957〜1990）は、1980年代のジャズシーンで活躍したアメリカのジャズギタリストです。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスのオクターブ奏法を正統に受け継ぎ、温かいトーンと骨太なスウィング感で、巨匠<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/herb-ellis/">ハーブ・エリス</a>から「ギターの新しいスーパースター」と絶賛されました。32歳の若さで急逝しましたが、2024年に未発表ライヴ音源『Cookin&#8217; at the Queens』が発掘リリースされ、いま再評価が進んでいます。この記事では、経歴・奏法の特徴・おすすめアルバムを紹介します。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>Emily Remler（エミリー・レムラー）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1957年9月18日〜1990年5月4日（享年32）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・ニュージャージー州イングルウッド・クリフス</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（エレクトリック・アーチトップ主体、ナイロン弦も使用）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1970年代後半〜1990年</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>ロック好きの少女からジャズへ（1957年〜1970年代半ば）</h3>
<p>1957年9月18日生まれ。ニュージャージー州イングルウッド・クリフスで育ちました。1967年頃、10歳で兄のGibson ES-330を手にギターを始め、当初はジミ・ヘンドリックスやジョニー・ウィンターらロックに夢中だったといいます。1970年代半ばにバークリー音楽大学へ進学すると、ウェス・モンゴメリーやパット・マルティーノらを研究してジャズに転向。特にウェスのオクターブ奏法から強い影響を受けました。</p>
<h3>ニューオーリンズでの下積みとハーブ・エリスとの出会い（1976年頃〜1978年）</h3>
<p>1976年頃にニューオーリンズへ移り、ブルースやジャズのクラブで下積みを重ねます。転機となったのは、地元クラブに出演していた巨匠ハーブ・エリスとの出会いでした。ホテルで数時間ジャムセッションをした末、エリスは彼女を1978年のコンコード・ジャズ・フェスティバルへ招きます。冒頭の「ギターの新しいスーパースター」は、このステージで彼女を聴衆に紹介したエリスの言葉です。</p>
<h3>コンコードからデビューし第一線へ（1981〜1985年）</h3>
<p>1981年、Concord Jazzからデビュー作『Firefly』を発表。ピアノに名手ハンク・ジョーンズを迎えた同作は好評を博し、リーダー活動が本格化します。同年にはピアニストのモンティ・アレキサンダーと結婚しました（1984年に離婚）。1982年に『Take Two』、1984年に『Transitions』を発表し、この時期にはアストラッド・ジルベルトのツアー・ギタリストも務めています。1985年にはダウンビート誌の人気投票で「Guitarist of the Year」に選ばれ、同年『Catwalk』とラリー・コリエルとの双頭作『Together』を発表しました。</p>
<h3>代表作『East to Wes』と急逝（1988〜1990年）</h3>
<p>1988年にはデュケイン大学のアーティスト・イン・レジデンスを務め、代表作『East to Wes』を発表。翌1989年、バークリー音楽大学からDistinguished Alumni（傑出した卒業生）賞を受けました。しかし1990年5月4日、オーストラリア・ツアー中のシドニーで心不全のため急逝します。まだ32歳でした。遺作『This Is Me』は同年、死後リリースされています。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>ウェス直系のオクターブ奏法と温かいトーン</h3>
<p>最大の特徴は、オクターブ奏法（1オクターブ離れた2つの音で同じメロディを弾く手法）やブロックコード的な展開を、ソロの流れに自然に織り込むスタイルです。エフェクトに頼らない、丸く温かいアーチトップ・サウンドを追求しました。「見た目はニュージャージー出身の上品なユダヤ人の女の子だけど、中身はウェス・モンゴメリーみたいな大きな親指を持つ50歳の恰幅のいい黒人男性なの」という1982年の本人の言葉が、その傾倒ぶりを象徴しています。</p>
<h3>流麗なシングルノート・ラインと歌心</h3>
<p>パット・マルティーノ譲りの、正確なピッキングによる淀みない8分音符のロングラインも持ち味です。ビバップ〜ハードバップの語彙を骨太にスウィングさせながら、技巧をひけらかすことなく、歌心とタイム感を何より重視しました。</p>
<h3>ラテン/ボサノヴァへの深い適性</h3>
<p>アストラッド・ジルベルトとのツアーで培われたラテン/ボサノヴァの語法も重要な要素で、ナイロン弦ギターも使いこなしました。教則ビデオ『Advanced Jazz and Latin Improvisation』を残すほど、この分野に精通していました。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『East to Wes』（1988年）</h3>
<p>1988年5月にニューヨークのPenny Lane Studiosで録音され、同年Concord Jazz（CCD-4356）から発売された、ウェス・モンゴメリーへのトリビュート作です。メンバーはハンク・ジョーンズ（ピアノ）、バスター・ウィリアムス（ベース）、マーヴィン・&#8221;スミッティ&#8221;・スミス（ドラム）という超一流のリズム隊。スタンダード5曲と自作3曲の全8曲で、「Daahoud」「Hot House」でのビバップ・ラインとオクターブ奏法の使い分けが白眉です。恩人ハーブ・エリスに感謝を込めた「Blues for Herb」、ウェス初期のボサノヴァ路線を思わせる表題曲も聴きどころ。AllMusicが「彼女の最高傑作」と評し、ペンギン・ガイドで最高ランクの4つ星を得た、最初の1枚に最適な作品です。</p>
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</div>
<p>そのほかのおすすめは、まずデビュー作『Firefly』（1981年）。ハンク・ジョーンズが参加し、24歳とは思えない完成度で批評家の支持を集めた出発点です。『Together』（1985年）はラリー・コリエルとのギター・デュオ作で、彼女の即興力を濃密に味わえます。『Cookin&#8217; at the Queens』（2024年）は、1984年と1988年のラスベガス公演のラジオ放送用音源をResonance Recordsが発掘したライヴ盤で、全盛期の熱気を伝える再評価のきっかけとなった話題作です。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>メインギターは、兄から譲り受けたチェリーレッドのGibson ES-330です。キャリアの大半をこの1本で通したとされ、機内に持ち込めるサイズも愛用の理由だったといわれます。1980年代後半にはBorys B120というホロウボディも使用したとされます。アコースティックではOvationを用いたとされ、『East to Wes』の「Snowfall」ではアコースティック・ギターに持ち替えた演奏が聴けます。</p>
<p>アンプは、Polytone Mini-Bruteのような小型コンボを好んだとされます。「運んでくれる人がいるならFender Twinが好き」と語ったという話も伝わっています。ピックはFender 351のエクストラ・ヘビーを使っていたとされます。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>男性中心だった1980年代のジャズギター界で、実力によって第一線に立った草分け的な存在です。ウェス・モンゴメリーからパット・マルティーノへと続く系譜を正統に受け継ぎつつ、自作曲とラテンの語法で独自性を確立しました。本人は「音楽がすべてであって、政治や女性解放運動とは何の関係もない」と語り、「女性ジャズギタリスト」という枠だけで語られることを望みませんでした。死後もトリビュート盤『Just Friends』2作（1990/91年）やシェリル・ベイリー『A New Promise』（2010年）などの捧げ盤が制作され、近年はミミ・フォックスやジョセリン・グールドら後進が「道を開いた存在」として名を挙げています。2024年の発掘盤リリースで、再評価はさらに加速しています。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>エミリー・レムラーは、ウェス・モンゴメリー直系のオクターブ奏法と歌心あふれるラインで、1980年代のジャズシーンを駆け抜けたギタリストです。32歳での急逝は惜しまれますが、残された録音は今も色あせず、2024年の発掘盤によって新しいリスナーとの出会いも生まれています。まず聴くなら、ハンク・ジョーンズら名手と組んだ代表作『East to Wes』（1988年）からがおすすめです。ウェスへの敬愛と彼女自身の個性が、最良のかたちで詰まった1枚です。</p>
<h2>関連記事</h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-martino/">パット・マルティーノとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/herb-ellis/">ハーブ・エリスとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>ラリー・カールトンとは？「Room 335」で知られるフュージョンギターの巨匠</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:16:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[クルセイダーズ]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[ラリー・カールトン]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/</guid>

					<description><![CDATA[フュージョンの巨匠ラリー・カールトンの経歴・名盤・使用機材を解説。「Room 335」で知られるジャズギターの甘い音色の秘密、スティーリー・ダンでの名演からグラミー4回受賞まで、初心者にもわかりやすく紹介します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ラリー・カールトン（Larry Carlton）は、アメリカ・ロサンゼルスのスタジオシーンで頭角を現し、フュージョン（ジャズとロックなどを融合したジャンル）を代表する存在となったギタリストです。愛器ギブソンES-335にちなんだ「Mr. 335」の愛称で親しまれ、代表曲「Room 335」は発表から半世紀近くたった今もギター愛好家に弾き継がれています。若き日には<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェス・モンゴメリーらから影響を受け、ジャズの語彙とブルースの表現力を融合した「歌うトーン」を確立しました。グラミー賞4回受賞、100枚を超えるゴールドディスクへの参加と、ソロとセッションの両面で成功を収めた稀有なギタリストです。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ラリー・ユージン・カールトン（Larry Eugene Carlton）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1948年3月2日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・カリフォルニア州トーランス</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（ギブソンES-335ほか）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1960年代後半〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>ジャズとの出会い（1948年〜1960年代）</h3>
<p>1948年、カリフォルニア州トーランスに生まれたカールトンは、6歳でギターのレッスンを始め、1962年、14歳のときに初めてプロとして演奏しています。高校時代はサーフロックバンドで活動していましたが、ラジオで聴いた<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/joe-pass/">ジョー・パス</a>をきっかけにジャズへ傾倒。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/barney-kessel/">バーニー・ケッセル</a>、ウェス・モンゴメリー、B.B.キング、さらにジョン・コルトレーンの『Ballads』（1963年）から強い影響を受けました。1968年には初リーダー作『With a Little Help from My Friends』を録音しています。</p>
<h3>クルセイダーズ加入とセッションの黄金期（1970年代）</h3>
<p>1971年、ジャズファンクの人気グループ、ザ・クルセイダーズに加入。1976年までの在籍中に13枚のアルバムに参加し、トレードマークとなるボリュームペダル奏法を確立しました。並行してロサンゼルスで最も多忙なセッションギタリストの一人となり、スティーリー・ダン『The Royal Scam』（1976年）や『Aja』（1977年）、ジョニ・ミッチェル『Court and Spark』（1974年）など数多くの名盤に参加。『The Royal Scam』収録の「Kid Charlemagne」でのソロは、ローリング・ストーン誌の「100 Greatest Guitar Songs」で80位に選ばれています。</p>
<h3>ソロデビューとグラミー受賞（1978年〜1987年）</h3>
<p>クルセイダーズを離れたカールトンは、ワーナー・ブラザースとソロ契約を結び、1978年に代表作『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』を発表しました。愛器にちなんで名付けた自宅スタジオ「Room 335」で録音され、同名の冒頭曲はフュージョンギターの代名詞的な曲になります。マイク・ポストと共演した「Theme from Hill Street Blues」で1981年度のグラミー賞を初受賞。1986年にMCAへ移籍し、『Alone / But Never Alone』（1986年）などを発表したのち、「Minute by Minute」で2度目のグラミー賞（1987年度）を獲得しました。</p>
<h3>銃撃事件からの復帰と日本との縁（1988年〜現在）</h3>
<p>1988年4月、自宅スタジオ前で何者かに首を撃たれ、左腕が一時麻痺する重傷を負いました。約7〜8か月でギターを再び弾けるまでに回復し、翌1989年にはグラミーノミネート作『On Solid Ground』を発表（本格的なステージ復帰には約2年を要しています）。この事件を機に、銃犯罪の被害者を支援する非営利団体「Helping Innocent People（HIP）」も設立しました。1990年代後半には<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/">リー・リトナー</a>の後任として人気ユニット、フォープレイに加入。2001年発表のスティーヴ・ルカサーとの『No Substitutions: Live in Osaka』で2002年に、B&#8217;zの松本孝弘との共作『Take Your Pick』（2010年）で2011年に、それぞれグラミー賞を受賞するなど、日本との縁の深さでも知られています。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>「泣き」の甘いトーンと歌うフレージング</h3>
<p>カールトンのサウンドの核は、セミアコースティックギター（中空構造を持つエレキギター）のES-335から生まれる甘くウォームなトーンです。ブルース由来のベンド（弦を押し上げて音程を変える奏法）の表現力と、コードトーンを的確に捉えるジャズの語彙を融合したスタイルは「ジャズとロック/ブルースの中間」と評され、後のフュージョンギターの雛形となりました。</p>
<h3>ボリュームペダル奏法</h3>
<p>クルセイダーズ在籍期に確立したのが、ボリュームペダルで音量の立ち上がりを操る奏法です。ピッキングのアタック（弾き始めの音）を消すことで、バイオリンやペダルスチールのように滑らかに音が立ち上がります。ジョニ・ミッチェルはカールトンのプレイを「フライフィッシング（毛針釣り）のよう」と評しました。</p>
<h3>セッションで磨かれた伴奏力と構成力</h3>
<p>多忙なスタジオワークで培われた、曲を壊さずに一発で決める即興アレンジ力も大きな特徴です。コードワークやオブリガート（歌の合間を埋める短いフレーズ）の引き出しが豊富で、「Kid Charlemagne」のソロに代表される、起承転結の明確なソロ作りにも定評があります。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
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<h3>『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』（1978年）</h3>
<p>1978年発表のソロ名義の代表作で、レーベルはWarner Bros.です。自宅スタジオ「Room 335」とハリウッドのWestern Recordersで録音され、プロデュースはカールトン本人。エイブラハム・ラボリエル（ベース）、ジェフ・ポーカロ（ドラム）、グレッグ・マティソン（キーボード）、ポーリニョ・ダ・コスタ（パーカッション）らが参加しています。冒頭の「Room 335」はフュージョンギター史に残る名曲で、明るいコード進行の上を歌い切るソロは教則の定番。レイドバックした「Nite Crawler」のグルーヴや、TOTOのドラマーとしても知られるポーカロと名手ラボリエルによる鉄壁のリズム隊も聴きどころで、70年代後半の日本のフュージョンブームを象徴する一枚です。</p>
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</div>
<p>このほかでは、アコースティックギター中心の異色作『Alone / But Never Alone』（1986年）が、メロディメーカーとしての実力を伝える一枚としておすすめです。同年のライブ盤『Last Nite』（1986年）はエレクトリックの「泣き」を全開で堪能できるグラミーノミネート作。スティーヴ・ルカサーと共演した『No Substitutions: Live in Osaka』（2001年）は大阪でのライブを収めたグラミー受賞作で、ロック寄りの熱いカールトンが聴けます。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>メインギターは、長年愛用するギブソンES-335です。1969年製とされますが、資料によっては1968年製との記述もあります。この愛器から「Mr. 335」の愛称が生まれ、ギブソンからはシグネチャーモデルも発売されました。2020年からはSire Guitarsの「Larry Carlton」シグネチャーラインを監修・使用していることでも知られ、ほかに1951年製テレキャスターや1964年製ストラトキャスターなども所有しています。</p>
<p>アンプは、スティーリー・ダンをはじめとするスタジオワーク期には1950年代のツイード期フェンダー・デラックス（1958年製とされます）を愛用し、「Kid Charlemagne」のソロもES-335とこの小型アンプの組み合わせで録音したと本人が語っています。その後は手工アンプの名機ダンブル（Dumble Overdrive Special）を長年メインに使用し、後年はBludotoneを使用。いずれも甘く伸びやかなトーンを支える機材です。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>カールトンは、ウェス・モンゴメリー以降のジャズギターをロックやブルース、R&#038;Bと接続した「フュージョンギターの完成者の一人」と位置づけられています。同時代のリー・リトナーと並び、1970年代のLAスタジオシーンの頂点とされる存在です。ES-335とチューブアンプによる甘く歌うトーンは後続のジャズ/ブルース系ギタリストの一つの理想形となり、松原正樹・今剛といった日本のフュージョン勢から、共演をグラミー受賞に結実させた松本孝弘まで、その影響は広範囲に及びます。「Room 335」がギター教育の定番曲として今も弾き継がれている点も、その評価を裏付けています。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ラリー・カールトンは、甘く歌うトーンと確かなジャズの語彙で、フュージョンギターの型を作ったギタリストです。セッションマンとしても「Kid Charlemagne」をはじめ数々の名演を残し、グラミー賞4回受賞・19ノミネートという実績がその実力を物語ります。松本孝弘との共演グラミー受賞など、日本のギターファンにとって身近な存在でもあります。まずは代表作『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』（1978年）を手に取り、「Room 335」の歌うようなソロから体験してみてください。</p>
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		<title>ハーブ・エリスとは？オスカー・ピーターソン・トリオを支えた名伴奏ギタリスト</title>
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		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:15:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[オスカー・ピーターソン]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ハーブ・エリス]]></category>
		<category><![CDATA[ビバップ]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[ハーブ・エリスはオスカー・ピーターソン・トリオを支えたテキサス出身の名手。ブルースが香る演奏スタイルや使用機材、名盤『Nothing But the Blues』まで、ジャズギター屈指の伴奏名人の魅力を解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ハーブ・エリス（Herb Ellis）は、1921年生まれ、米テキサス州出身のジャズギタリストです。1950年代にオスカー・ピーターソン・トリオの一員として活躍し、超高速テンポでも揺るがないコンピング（コード伴奏）と、テキサス育ちならではの濃厚なブルース・フィーリングで「最高のサイドマン」と評されてきました。華やかなソロで一時代を築いた<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリー（人物紹介記事）</a>のようなスター型とはひと味違う、バンド全体をスウィングさせる職人肌の名手です。この記事では、経歴・演奏スタイル・機材・おすすめアルバムを整理して紹介します。</p>
<h2>基本プロフィール</h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ミッチェル・ハーバート・エリス（Mitchell Herbert Ellis）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1921年8月4日〜2010年3月28日（享年88）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>米テキサス州ファーマーズヴィル（ダラス近郊）</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（アーチトップのエレクトリックギター）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1940年代前半〜2000年代</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>経歴</h2>
<h3>テキサスの農場からビッグバンドへ（1921〜1952年）</h3>
<p>1921年、テキサス州ファーマーズヴィルの農場に生まれました。3歳でハーモニカ、6歳頃にはバンジョーを覚え、兄のギターを独学で習得。ラジオで聴いたギタリスト、ジョージ・バーンズの演奏に衝撃を受けてジャズギターを志し、同じテキサス生まれのチャーリー・クリスチャンからも生涯にわたる影響を受けます。1941年頃にノーステキサス州立大学（現ノーステキサス大学）へ進学しますが、当時はギター専攻がなくベースを学びました。その後、1943〜45年にカサ・ロマ・オーケストラでプロとしての本格的なキャリアを開始し、1945〜47年頃はジミー・ドーシー楽団に在籍。1947年頃には楽団の同僚だったジョン・フリーゴ、ルー・カーターとトリオ「ソフト・ウインズ」を結成し（1952年まで活動）、のちにスタンダードとなる「Detour Ahead」を共作しています。</p>
<h3>オスカー・ピーターソン・トリオの黄金期（1953〜1958年）</h3>
<p>1953年、バーニー・ケッセルの後任として、オスカー・ピーターソン（ピアノ）、レイ・ブラウン（ベース）のトリオに加入します。これがキャリア最大の転機でした。ドラムのいないピアノ＋ギター＋ベースという編成は「ジャズ史上屈指の名トリオ」と評される黄金期を築き、エリスは超高速テンポでのソロと強靭な伴奏で名を上げます。同時期には、ノーマン・グランツ率いるVerveレーベルとJATP（ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック）のハウス・リズムセクションも務め、ベン・ウェブスター、スタン・ゲッツ、ビリー・ホリデイ、ルイ・アームストロングら巨人たちの録音を支えました。リーダー作も『Ellis in Wonderland』（1956年）から始まっています。</p>
<h3>エラの伴奏とスタジオワークの時代（1958年〜1960年代）</h3>
<p>1958年にピーターソン・トリオを脱退します。後任はドラマーのエド・シグペンで、トリオからギターの椅子自体がなくなりました。その後はエラ・フィッツジェラルドの伴奏ギタリストとして約2年間ツアーを行います（在籍期間は資料により1957〜60年など幅があります）。1960年代はロサンゼルスに拠点を移し、テレビ番組のバンドなどで演奏する売れっ子スタジオ・ミュージシャンとして過ごしました。</p>
<h3>コンコードでの復活と晩年（1970年代〜2010年）</h3>
<p>1970年代にジャズの現場へ本格復帰します。Concord Jazzレーベルの看板ギタリストの一人となり、ジョー・パスとの双頭作『Seven, Come Eleven』（1974年）などを発表。さらにバーニー・ケッセル、チャーリー・バードとギター・トリオ「グレート・ギターズ」を結成し、長く活動しました。1994年にアーカンソー・ジャズ殿堂入り、1997年には母校ノーステキサス大学から名誉博士号を授与され、2010年3月28日、アルツハイマー病のためロサンゼルスの自宅で亡くなりました。</p>
<h2>音楽的特徴</h2>
<h3>ブルース・フィーリングとバップ語法の融合</h3>
<p>エリスの土台にあるのは、テキサス出身らしい濃厚なブルース感覚です。その上で、チャーリー・クリスチャン直系の、管楽器のように歌う単音ラインでビバップを弾き、ベンド（チョーキング）やスライドを交えたブルージーなフレージングを聴かせます。JazzTimes誌はそのスタイルを「スマートでブルージー」と評しました。</p>
<h3>「教科書」と呼ばれるリズムギター</h3>
<p>最大の代名詞が、ピーターソン・トリオで磨かれたパーカッシブで推進力のあるコンピングです。超高速テンポでもビートを失わない鉄壁の伴奏力は「ピアノトリオにギターが入る編成」の完成形を示したとされ、彼のリズムギターは今もお手本として参照され続けています。</p>
<h3>カントリー由来のトワング</h3>
<p>ビバップにカントリー・ミュージック由来の「訛り（トワング）」を混ぜた、独特のトーンとアーティキュレーション（音の発音のニュアンス）も魅力です。後年はジョー・パス、バーニー・ケッセル、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/tal-farlow/">タル・ファーロウ</a>らとのギター・デュオやトリオ編成を好み、掛け合いの妙で聴かせました。</p>
<h2>おすすめアルバム</h2>
<p>※以下に楽天市場のアフィリエイトリンク（PR）を含みます。</p>
<h3>『Nothing But the Blues』（1957年録音／1958年発売）</h3>
<p>1957年10月11日、ハリウッドのRadio Recordersで、ノーマン・グランツのプロデュースにより録音されたVerveでの代表作です。メンバーはロイ・エルドリッジ（トランペット）、スタン・ゲッツ（テナーサックス）、レイ・ブラウン（ベース）、スタン・リーヴィー（ドラム）。最大の特徴はオリジナル8曲にピアノがいない「ピアノレス編成」で、コード楽器がギター1本しかないため、エリスのコンピングとソロの両輪を丸ごと味わえます。スウィング世代のエルドリッジとクール派のゲッツという異世代のホーンを、タイトル通り全編ブルース基調のセッションの中でひとつにまとめる手腕は、まさに「伴奏力が主役」。AllMusicとDownBeat双方が5つ星を付け、DownBeat誌のジョン・タイナンが「今年最高のジャズ・アルバムの一枚」と絶賛した、まず最初に聴きたい1枚です。</p>
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<p>このほかでは、初期エリスのバップ度の高さがわかる『Ellis in Wonderland』（1956年）がおすすめです。オスカー・ピーターソンやレイ・ブラウンに加え、ハリー・エディソン（トランペット）、チャーリー・マリアーノ（アルトサックス）、ジミー・ジュフリーらが参加しています。最大の影響源に捧げた『Thank You, Charlie Christian』（1960年）は、彼のルーツを知るうえで外せないトリビュート作。そして1973年のコンコード・サマー・フェスティバルでのライブを収めた『Seven, Come Eleven』（1974年）は、ジョー・パスとの双頭ギターによる掛け合いが痛快で、70年代のエリス復活を告げた名演です。タイトル曲がチャーリー・クリスチャン（ベニー・グッドマンとの共作）のナンバーという点も見逃せません。</p>
<h2>使用機材</h2>
<p>メインギターは、長年愛用したギブソンES-175です。本人の個体は1953年製とされ（1949年製とする資料もあります）、元はP-90ピックアップ1基のモデルで、のちにハウリング対策としてハムバッカーに換装されたと伝えられています。1991年には、このES-175をベースにしたシグネチャー・モデル「ギブソンES-165ハーブ・エリス」が発売されました。ヘッドに本人のサインが入った1ピックアップ仕様で、2013年頃まで生産されています。</p>
<p>アンプは、後年はポリトーン（Polytone）のソリッドステート・アンプ（Mini-Bruteなど）を愛用したとされます。ポリトーンはジョー・パスや<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/jim-hall/">ジム・ホール</a>ら多くのジャズギタリストに支持されたブランドでした。一方、初期〜中期に使用したアンプについては確かな資料が乏しく、はっきりしたことはわかっていません。</p>
<h2>影響・評価</h2>
<p>エリスは、チャーリー・クリスチャンの系譜を継ぐ「ブルースをくぐったバップ・ギター」の最重要人物の一人に数えられます。同系のバーニー・ケッセルと並び、1950年代の「ピアノトリオ内ギター」という難しい役割の完成形を示し、そのコンピングはリズムギターの教科書として現在も参照されています。また、Verve／JATPのハウス・ギタリストとして膨大な伴奏録音を残したことから、「ソリストである以前に最高のサイドマン」という評価も確立しました。ギブソンからシグネチャー・モデルES-165が発売されたこと、半世紀以上にわたり第一線で活動し続けた息の長さも、ジャズギター界における彼のアイコン的な地位を物語っています。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ハーブ・エリスは、派手なソロ以上に「バンドをスウィングさせる力」で歴史に名を残したギタリストです。オスカー・ピーターソン・トリオでの鉄壁のコンピングと、テキサス育ちのブルース・フィーリングは、伴奏の大切さを教えてくれる生きた教材といえます。その魅力を一度に味わうなら、ピアノレス編成でコンピングとソロの両方が凝縮された『Nothing But the Blues』がぴったりです。ジャズギターの「支える側」の凄みを、ぜひ体感してみてください。</p>
<h2>関連記事</h2>
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