ギター1本だけで、メロディも、コードも、ベースラインも。まるでバンドがまるごと鳴っているかのような演奏を、たった一人で成立させてしまった男——それがジョー・パス(Joe Pass)です。ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)で紹介したウェスと並び、ジャズギターの歴史で必ず名前が挙がる巨匠。薬物依存と服役でキャリアを失いかけたどん底から、40代半ばで名盤『Virtuoso』を放ち頂点へ駆け上がった、その劇的な人生と音楽を解説します。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | ジョセフ・アンソニー・ジャコビ・パッサラクア(Joseph Anthony Jacobi Passalacqua/※ラテン文字表記には諸説あり) |
| 生没年 | 1929年1月13日〜1994年5月23日(享年65) |
| 出身 | アメリカ・ニュージャージー州ニューブランズウィック(幼少期にペンシルベニア州ジョンズタウンへ移住) |
| 楽器 | ギター(ギブソン ES-175D、イバニーズ JP20 など) |
| 主な活動期 | 1940年代〜1994年(ブレイクは1970年代のパブロ・レコード時代) |
経歴
ギター少年から、どん底の1950年代へ
シチリア移民の製鉄所労働者の家庭に育ったパスは、9歳のとき西部劇映画をきっかけにギターを手にしたとされ、1日6時間も練習したという逸話が残っています。上達は早く、14歳ごろにはダンスパーティーや結婚式で演奏し、トニー・パスターやチャーリー・バーネットのバンドと共演するほどの腕前に。1947年には軍隊に入り、音楽活動をいったん中断します。
しかし兵役後、パスはヘロイン依存に陥ってしまいます。ニューオーリンズなどのストリップ劇場でバップ(1940年代に生まれた高速で複雑なモダンジャズ)を弾いて食いつなぐ日々。1950年代の大半は薬物関連の服役に費やされ、キャリアはほぼ止まってしまいました。
シナノンでの再起(1962年〜)
転機はリハビリ施設「シナノン」でした。約2年半の滞在で依存を克服し、その過程で録音されたスタジオ・デビュー作『Sounds of Synanon』(1962年)が事実上の再出発点となります。以後、パシフィック・ジャズから『Catch Me』『For Django』(1964年)などを発表し、1963年にはダウンビート誌の新人賞(New Star Award)を受賞。同年に贈られたギブソン ES-175D は生涯の相棒となりました。1965〜67年はジョージ・シアリング・クインテットに在籍し、並行してロサンゼルスでテレビやスタジオの仕事も数多くこなしています。
ノーマン・グランツとの出会い、そして大ブレイク(1970年代)
1973年12月、ヴァーヴ創設者としても知られる大物プロデューサー、ノーマン・グランツが新レーベル「パブロ・レコード」にパスと契約します。この時期に録音された初のソロ作が、あの『Virtuoso』(録音1973年/発売は諸資料で1973年末〜1974年)。同作はパブロのカタログでほぼ全作を上回る売上を記録し、40代半ばのパスを一躍メインストリーム・ジャズ随一のギタリストへ押し上げました。
パブロ期には大物との共演も次々に実現します。歌姫エラ・フィッツジェラルドとは『Take Love Easy』(1973年)を皮切りに、パブロで生涯6枚の共演作を制作。オスカー・ピーターソン、ニールス-ヘニング・オルステッド・ペデルセンとの『The Trio』(1974年)は、1975年のグラミー賞(Best Jazz Performance by a Group)に輝きました。ほかにもデューク・エリントン、ディジー・ガレスピー、カウント・ベイシーら錚々たる顔ぶれと共演しています。
晩年(1990年代)
1992年に肝臓がんと診断されてからも活動を続け、亡くなる前にはカントリー・ギタリストのロイ・クラークとハンク・ウィリアムズ作品を録音。1994年5月7日、ロサンゼルスのクラブでギタリストのジョン・ピサノと共演したのが最後のステージとなり、同年5月23日、65歳でこの世を去りました。
音楽的特徴
ギター1本の「完全独奏」
パスの代名詞は、伴奏なしのギター1本でメロディ・和音・ウォーキングベース(歩くように4分音符で進むベースライン)を同時に鳴らしてしまう”完全独奏”。テンポに乗せても、ルバート(拍子を自由に揺らす奏法)でも、音楽として完璧に成立させます。
コード・メロディ奏法の教科書
メロディをコードで和声づけしながら歌わせる「コード・メロディ奏法」の達人でもあり、代理コード(本来のコードの代わりに響きの近い別のコードを使う手法)などの引き出しの豊富さは、日本の教則本でも定番の題材になっています。
ホーンのように歌う超絶シングルノート
単音のアドリブも超一級。ジャズ教育者のウルフ・マーシャルは、パスの単音ラインを「ホーンのよう」「サックス奏者の意識の流れのように流れる」と評しました。基本はピック弾きですが、指弾きやハイブリッド・ピッキングも使い分け、後年は指弾き主体の場面が増えていきます。影響源には、チャーリー・パーカーらのホーン奏者、ピアノのアート・テイタム、ギターのチャーリー・クリスチャン、ジャンゴ・ラインハルト、ウェス・モンゴメリーの名が挙がります。
おすすめアルバム
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『Virtuoso』(1973年)
無伴奏ソロギターの金字塔にして、ジャズギター史上屈指の名盤。スタンダード11曲と自作「Blues for Alican」を、ギター1本だけで弾き切ります。メロディ、ハーモニー、ベースが同時に押し寄せる音世界はまさに「ギター1本でオーケストラ」。ジャズギター好きなら一度は通るべき1枚です。
このほか、ジャンゴ・ラインハルトに捧げた『For Django』(1964年)、グラミー賞に輝いた『The Trio』(1974年)、エラとのデュオ第1作『Take Love Easy』(1973年)へ聴き進めるのがおすすめです。
使用機材
- ギブソン ES-175D:1963年に贈られたツイン・ハムバッカー搭載モデル。以後、パスの代名詞的なアーチトップ(箱型のフルアコースティック・ギター)として長年活躍しました。
- イバニーズ JP20:1982年に登場したジョー・パス・シグネチャー。彼が所有していたダキスト(D’Aquisto)製16インチ・アーチトップを土台に、指弾きへの対応を意識して設計され(スプルース単板トップ、Super 58ハムバッカー1基など)、1990年まで製造されました。
- Polytone(ポリトーン)アンプ:ソリッドステートながら温かく粒立ちのよい音で、ジャズ・ギター定番のアンプとして知られます。Mini-Brute が代表格ですが、使用した型番や年代は時期により異なるようです。
なお初期の録音では、フェンダーのジャガーやジャズマスターを使ったという意外な一面もあります。
影響・評価
ジャズ評論家のスコット・ヤノウはパスを「究極のバップ・ギタリスト」「ヴィルトゥオーゾ・ギタリストの典型」と評し、『New York』誌は「どこかの叔父さんみたいな見た目で、とんでもないギターを弾く男」と表現しました。ギター1本でフル・アレンジを成立させる表現を芸術として確立した功績は別格で、近年も音楽解説者のリック・ビアトが『Virtuoso』を高く評価するなど、世代を超えて参照され続けています。
日本との縁も深く、複数回来日してブルーノート東京などで演奏。『ジョー・パス ジャズ・ギター教本 ブルースと代理コード』や『Virtuoso』の完全コピー・スコアなど教材も多数出版されており、「教則本でジョー・パスを知った」という日本のギタリストは少なくありません。
まとめ
薬物依存と服役でキャリアを失いかけた男が、リハビリ施設から再起し、40代半ばでソロギターの頂点に立つ——ジョー・パスの物語は、それ自体が一篇のドラマです。しかし何より雄弁なのは音そのもの。まずは『Virtuoso』の1曲目から、ギター1本で鳴り響くオーケストラに身を委ねてみてください。
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