「速弾きギター」と聞くとロックやメタルを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、その源流のひとりはジャズ/フュージョンの世界にいます。アル・ディ・メオラ(Al Di Meola)は、1970年代にマシンガンのような超高速ピッキングとラテン音楽の情熱で一世を風靡したアメリカのギタリストです。ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)で紹介した「歌うようなジャズギター」とは対照的な、切れ味鋭い演奏でロックギタリストにも絶大な影響を与えてきました。この記事では、その経歴と聴きどころをわかりやすく紹介します。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | アルバート・ローレンス・ディ・メオラ(Albert Laurence Di Meola) |
| 生没年 | 1954年7月22日生まれ(存命) |
| 出身 | アメリカ・ニュージャージー州ジャージーシティ(同州バーゲンフィールド育ち) |
| 楽器 | エレクトリックギター、アコースティックギター(スチール弦/ナイロン弦) |
| 主な活動期 | 1974年〜現在 |
経歴
ビートルズに夢中になった少年時代(1954年〜1970年)
1954年、ニュージャージー州ジャージーシティのイタリア系家庭に生まれ、同州バーゲンフィールドで育ちました。幼い頃にエルヴィス・プレスリーをきっかけに音楽に目覚め、ビートルズに決定的な影響を受けてギターの道を志します。地元の教師にジャズとクラシック双方の基礎を学び、10代には1日8〜10時間も練習したといいます。
19歳でリターン・トゥ・フォーエヴァーに抜擢(1971年〜1976年)
1971年にバークリー音楽大学へ入学。そして1974年、19歳のときにチック・コリア率いるフュージョンバンド「リターン・トゥ・フォーエヴァー(RTF)」に、ビル・コナーズの後任ギタリストとして抜擢されます。在籍中はグラミー賞(最優秀ジャズ・グループ演奏賞)を受賞した『No Mystery』(1975年)、のちにゴールドディスクに輝いた『Romantic Warrior』(1976年)などに参加し、バンドは全米Top40に入る商業的成功を収めました。
ソロデビューと『Elegant Gypsy』の成功(1976年〜1983年)
1976年にソロデビュー作『Land of the Midnight Sun』を発表。翌1977年の『Elegant Gypsy』はRIAAゴールド認定を受ける大ヒットとなり、Guitar Player誌の読者投票では1977年から1980年まで4年連続でBest Jazz Guitaristに選ばれました。1980年12月にはジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアとのアコースティック・ギター・トリオでライブ録音を行い、これが1981年発売の『Friday Night in San Francisco』として世界的なヒットになります。
アコースティック転回から近年まで(1984年〜現在)
10年におよぶツアー生活で行き詰まりを感じ、1980年代半ばに一時ペースを落とし、1985年にはアコースティック中心の『Cielo e Terra』を発表します。1990年代は「World Sinfonia」プロジェクト(1991年〜)やピアソラ作品集『Di Meola Plays Piazzolla』(1996年)などワールドミュージック路線を深めました。2008年にはRTF再結成ツアーに参加し、2018年にはバークリー音楽大学から名誉博士号を授与されています。2011年には『Pursuit of Radical Rhapsody』でラテン・グラミー賞(最優秀インストゥルメンタル・アルバム)を受賞。2023年9月にルーマニア・ブカレストでの公演中に心筋梗塞で倒れましたが、2024年1月にステージへ復帰し、同年『Twentyfour』を発表しました。
音楽的特徴
超高速ピッキングとパームミュート
最大の特徴は、超高速のオルタネイト・ピッキング(ダウンとアップを交互に繰り返す弾き方)です。スウィープなどの「近道」を嫌ってすべての音符を弾き切る流儀で、本人も若い頃は世界最速のギタリストを目指していたと語っています。もうひとつの武器が、右手の手のひらで弦に軽く触れて音を短く切るパームミュート。歯切れのよい独特の粒立ちを生む技術で、ロック界のトニー・マカパインが「右手のミュート技術は彼から学んだ」と公言するほどの名手です。
ラテン・地中海音楽との融合
もうひとつの柱が、フラメンコやタンゴなどラテン/地中海音楽との融合です。エキゾチックなスケール(音階)とラテンのリズムをジャズロックの文脈に持ち込み、エレクトリックの攻撃性とアコースティックの叙情を曲ごとに使い分けるスタイルを確立しました。
おすすめアルバム
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『Elegant Gypsy』(1977年)
1977年4月発売(録音は1976年12月〜1977年1月、Columbia)。当時22歳のディ・メオラが自らプロデュースした代表作で、ヤン・ハマー、バリー・マイルズ(key)、アンソニー・ジャクソン(b)、スティーヴ・ガッド、レニー・ホワイト(ds)ら豪華メンバーが曲ごとに参加しています。聴きどころはまず、フラメンコの巨匠パコ・デ・ルシアとのアコースティック・デュオ「Mediterranean Sundance」。後の『Friday Night in San Francisco』へつながる歴史的共演です。そして高速ミュート・ピッキングの教科書とも呼べる「Race with Devil on Spanish Highway」。この2曲で、エレクトリックとアコースティックを行き来する彼の二面性が一度に味わえます。Billboard 200で58位、AllMusicでは5つ星満点評価という、フュージョン史に残る1枚です。
このほかでは、まずソロデビュー作『Land of the Midnight Sun』(1976年)。RTF人脈が参加した、初期の勢いが詰まった1枚です。『Casino』(1978年)は『Elegant Gypsy』路線を深化させたエレクトリック期の傑作。そしてジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアとの『Friday Night in San Francisco』(1980年12月録音・1981年発売)は、アコースティックギター史に残る「スーパーギタートリオ」のライブ盤としてあわせて聴いてほしい大ヒット作です。
使用機材
RTF期から初期ソロ時代の代名詞は、1971年製の黒いGibson Les Paul Customです。ピックアップは早くからDiMarzio製を使っていたとされます。1980年代以降のアコースティックではOvationのエレアコが主力となり、ナイロン弦ではConde Hermanos(現Felipe Conde)の工房と共同開発したシグネチャーモデルを使用しています。
近年のエレクトリックはPRSが中心で、2008年にはシグネチャーモデル「Prism」が発表されました。アンプはMesa/Boogieを使用していると伝えられています。ただし機材は時期によって大きく変遷しているため、上記は各時期の代表例と考えてください。
影響・評価
ディ・メオラは、1970年代のフュージョン黄金期に「速弾き」という語彙をジャズギターに定着させた立役者であり、ジョン・マクラフリンと並ぶテクニカル系フュージョンギターの頂点と評されます。特筆すべきはロック/メタル界への影響の大きさで、ランディ・ローズは彼を「一番好きなギタリスト」と公言し、イングヴェイ・マルムスティーンやポール・ギルバートら後続のテクニカル系ギタリストからも称賛されています。ネオクラシカルやシュレッド系ギターの源流のひとりといってよいでしょう。一方で「技巧的だが冷たい」という批評も当時から根強くありましたが、本人は技巧の中にある感情やメロディをこそ聴いてほしいと反論しています。グラミー賞(RTF『No Mystery』)、ラテン・グラミー賞(2011年)、Guitar Player誌の殿堂「ギャラリー・オブ・グレイツ」入りなど、受賞歴も豊富です。
まとめ
アル・ディ・メオラは、超高速ピッキングとラテンの情熱でジャズ/フュージョンの可能性を広げ、ロック界にまで影響を及ぼしたギタリストです。エレクトリックの鋭さとアコースティックの叙情、両面を知ることで魅力は倍増します。入門にはやはり代表作『Elegant Gypsy』(1977年)が最適です。「Race with Devil on Spanish Highway」の疾走感と「Mediterranean Sundance」の美しさを、ぜひ聴き比べてみてください。



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