音数を競うように弾きまくるのではなく、一音一音を選び抜き、フレーズの合間の「間(ま)」まで音楽にしてしまう——それがジム・ホール(Jim Hall)です。ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)で紹介したウェスがオクターブ奏法で豊かに歌い上げる巨匠なら、ホールは「弾きすぎない美学」で聴かせるギタリスト。共演者の音に耳を澄まし、会話するように音を交わすインタープレイ(対話的演奏)の名手として、パット・メセニーに「現代ジャズギターの父」とまで言わしめました。その生涯と魅力を、名盤・機材とあわせてじっくり解説します。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | ジェームズ・スタンリー・ホール(James Stanley Hall) |
| 生没年 | 1930年12月4日〜2013年12月10日(享年83) |
| 出身 | アメリカ・ニューヨーク州バッファロー(幼少期にオハイオ州クリーヴランドへ移住) |
| 楽器 | ギター(アーチトップ=箱型のフルアコースティック・ギター)。作曲・編曲も |
| 主な活動期 | 1955年頃〜2013年(亡くなる直前まで現役) |
経歴
ギターとの出会いと、理論を学んだ修業時代
音楽一家に育ったホールは、10歳のクリスマスに母からギターを贈られます。13歳のとき、ベニー・グッドマン楽団のレコードで聴いたチャーリー・クリスチャンに衝撃を受け、後年この体験を「精神的な目覚め」と呼びました。クリーヴランド音楽院(Cleveland Institute of Music)では作曲を専攻。この学びが、後の洗練された和声感覚と編曲力の土台になります。
西海岸で磨かれた「対話」のセンス(1950年代後半)
ロサンゼルスへ移ると、クラシックギターの名手ビセンテ・ゴメスに師事しつつ、チェロ入りの室内楽的なグループ、チコ・ハミルトン・クインテットにオリジナル・メンバーとして参加(1955〜1956年頃)。続くジミー・ジュフリー・スリー(1957〜1960年頃)はピアノレスやドラムレスといった実験的編成で、相手を聴いて反応する感覚が徹底的に鍛えられました。1957年には初リーダー作『Jazz Guitar』(パシフィック・ジャズ)を録音しますが商業的には振るわず、以後10年以上はサイドマン中心の活動が続きます。
1962年、二つの金字塔——『The Bridge』と『Undercurrent』
ニューヨークへ拠点を移したホールは、1961〜1962年にソニー・ロリンズのカルテットへ参加。約3年間の「自主的引退」から復帰したロリンズの名盤『The Bridge』(1962年)で、その奔放なプレイに真っ向から応えました。ホール自身、この経験が演奏アプローチの大きな転機になったと後年語っています。同じ1962年には、ピアニストのビル・エヴァンスとデュオ作『Undercurrent』を録音。ピアノとギターだけで織りなす繊細な対話は、今なおデュオ演奏の金字塔と讃えられています。
『Concierto』での飛躍、そして攻め続けた晩年
1969年、ベルリン録音の『It’s Nice to Be With You』(MPS)で、久々のリーダー作を発表。ロン・カーター(ベース)とのデュオ『Alone Together』(1972年録音/1973年発売)を経て、1975年にCTIレーベルから発表した『Concierto』が批評・セールスの両面で大成功を収めます。同年には『Jim Hall Live!』というライブ名盤も残しました。
驚くべきは、円熟期以降も守りに入らなかったこと。『Jim Hall & Pat Metheny』(1999年)、弟子筋のビル・フリゼールとの2枚組『Hemispheres』(2008年)、ドラマーのジョーイ・バロンと差し向かいの『Conversations』(2010年)など、世代も編成も超えた「対話」を追求し続け、2013年12月、マンハッタンの自宅で眠るように83年の生涯を閉じました。
音楽的特徴
「間」を音楽にする、抑制の美学
ホールの演奏は驚くほど音数が少ない。でもそれは「弾けない」からではなく「選び抜いている」から。「指の赴くままに弾くのではなく、まず頭の中で聴いてから弾くべきだ」という趣旨の言葉どおり、沈黙や余韻までが演奏の一部です。トーンも「まろやかで温かく、軽く増幅された」と形容される、大音量で押さない上品なものです。
洗練された和声感覚
音楽院仕込みの理論に裏打ちされたハーモニーも大きな魅力。単なるコード伴奏を超えた、含蓄のあるヴォイシング(和音の積み方)やリハーモナイズ(コードの置き換え)が、シンプルなフレーズに深い奥行きを与えます。
インタープレイ(対話)の名手
エヴァンス、ロン・カーター、メセニー、フリゼール……ホールのディスコグラフィにデュオ作が多いのは偶然ではありません。相手の音を聴き、反応し、時には譲る。「音楽はあらゆる壁を壊す手段」と捉えていたとされる彼にとって、演奏とはいつも会話だったのです。
ミュージシャンズ・ミュージシャン
派手なヒットで大衆を沸かせるタイプではないぶん、表現力と音楽性の深さで同業者から深く敬愛される——いわゆる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」の代表格です。
おすすめアルバム
※以下に楽天市場のアフィリエイトリンク(PR)を含みます。
『Concierto』(1975年)
最初の1枚はこれ。ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」をジャズ化した長尺の演奏を看板に、ポール・デスモンド(アルトサックス)、チェット・ベイカー(トランペット)、ロン・カーター(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラム)、ローランド・ハナ(ピアノ)という豪華メンバーが集結。クラシックの名旋律が名アレンジで極上のジャズへ生まれ変わっていくさまは、何度聴いても鳥肌もの。日本のジャズファンにも長く愛されてきた、ジム・ホールの名盤中の名盤です。
次に聴くなら、ビル・エヴァンスとの『Undercurrent』(1962年)を。水中を漂う女性のジャケット写真でも有名な、静謐(せいひつ)な対話の傑作です。さらにロン・カーターとの『Alone Together』(1972年録音/1973年発売)や、参加作のソニー・ロリンズ『The Bridge』(1962年)もぜひ。
使用機材
- ギブソン ES-175:長年のメイン機。1956年にギタリストのハワード・ロバーツから譲り受けたという逸話があります。16インチのラミネート(合板)ボディにP-90(シングルコイル)ピックアップという組み合わせが、あの温かいトーンの源でした(後年ピックアップはハムバッカーに換装したとされます)。
- ダキスト(D’Aquisto):1970年代以降は、名匠ジミー・ダキスト製作のアーチトップをメインに使用しました。
- サドウスキー(Sadowsky)Jim Hallモデル:晩年の相棒。「学生にも手が届く価格の良質なアーチトップを」という思いも込められたモデルとされ、2003年8月にシリアル#001を受け取って以降メインとなりました。
- 弦:フラットワウンド弦(表面が平らでまろやかな音色の弦)を愛用していました。
影響・評価
パット・メセニーは「僕にとってジム・ホールは現代ジャズギターの父だ」と公言し、実際にデュオ作まで残しました。直接教えを受けたビル・フリゼール、影響を公言するジョン・スコフィールドをはじめ、ミック・グッドリックやジョン・アバークロンビーへの影響も指摘されており、「知的で音数を抑えた」現代ジャズギターの語法はホールを源流とすると言っても過言ではありません。
栄誉の面でも、デンマークのジャズパー賞(1998年)、アメリカのジャズ界最高の栄誉とされるNEAジャズ・マスターズ(2004年)、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ(2006年)、没後のダウンビート誌殿堂入り(2014年)と、その功績はしっかり歴史に刻まれています。
まとめ
速く、多く、大きく——になりがちなギターの世界で、ジム・ホールは「弾かない勇気」と「聴く耳」で頂点に立った人です。まずは『Concierto』のアランフェスで“間”の魔法を、次に『Undercurrent』で究極の対話を体験してみてください。きっと、1音の重みが変わって聴こえてくるはずです。



コメント