タル・ファーロウとは?「オクトパス」と呼ばれたジャズギターの寡欲な巨匠

タル・ファーロウ|ジャズギター ミュージシャン紹介

指板の上を、大きな手がタコの足のようにするすると這い回る――その様子から「オクトパス」の異名を取ったジャズギタリスト、タル・ファーロウ。1950年代に「世界最速級」と評された滑らかな高速フレーズでシーンの頂点に立ちながら、名声の絶頂であっさり故郷の仕事である看板描きに戻ってしまった「寡欲な伝説」でもあります。ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)で紹介したウェスと並び、ジャズギターを聴き進めるうえで外せない巨匠。その人物像と名盤・おすすめアルバムを紹介します。

基本プロフィール

項目 内容
本名 タルマージ・ホルト・ファーロウ(Talmage Holt Farlow)
生没年 1921年6月7日~1998年7月25日(享年77)
出身 アメリカ・ノースカロライナ州グリーンズボロ
楽器 ギター(アーチトップのエレクトリックギター)
主な活動期 1940年代後半~1998年(間に長い半引退期あり)

経歴

看板描きの見習いから、22歳でギターへ

1921年、ノースカロライナ州グリーンズボロ生まれ。青年期は看板描き(サインペインター)の見習いとして働いていました。夜勤を希望し、作業場のラジオでビッグバンドのスタンダードを聴いていたと伝えられます。ギターを本格的に始めたのは22歳頃(1943年前後)と、かなりの遅咲き。しかも独学です。きっかけは、ベニー・グッドマン楽団で弾くチャーリー・クリスチャンのエレクトリックギターを耳にしたことでした。

レッド・ノーヴォ・トリオで一躍スターに

転機は1949年。ヴィブラフォン+ギター+ベースという当時珍しい編成の「レッド・ノーヴォ・トリオ」に参加します。ベースは、のちに巨匠となる若き日のチャールズ・ミンガス。当初はノーヴォの猛烈に速いテンポについていくのに苦労したそうですが、ここで一気に腕を磨き、「世界最速級」と評されるギタリストへと変貌します。なお、ミンガスは1951年に脱退し、後任はレッド・ミッチェルでした。ファーロウ自身は1953年にトリオを離れ、後任ギターはジミー・レイニーが務めています。

1953年にはアーティ・ショウの「グラマシー・ファイヴ」に約半年間参加。1955年頃からはヴィニー・バーク(ベース)、エディ・コスタ(ピアノ)と自己のトリオを率い、キャリアの頂点を迎えます。

絶頂での引退、そして復帰

ところが1958年、結婚を機に第一線から半ば引退。ニュージャージー州シーブライトに移り住み、なんと看板描きの仕事に戻ってしまいます。地元でときおり演奏やレッスンをする程度の静かな暮らし。人気絶頂のジャズスターとしては異例の選択でした。

その後、1962年にはギブソン社がシグネチャーモデル「Gibson Tal Farlow」を発売。1976年に録音活動を再開し、1981年にドキュメンタリー映画『Talmage Farlow』(ロレンツォ・デステファノ監督)が公開されると再び注目が集まり、国際ツアーや北米各地での公演に出るようになります。後年はギタリスト集団「Great Guitars」などでも活動し、1998年7月、食道がんのため77歳で世を去りました。

音楽的特徴

大きな手が生む「オクトパス」フレーズ

タルの代名詞は、なんといっても大きな手。指板の上を広く覆いながら素早く動く様子から「The Octopus(タコ)」と呼ばれました。この物理的なリーチの広さが、ポジション移動を感じさせない滑らかな高速シングルノート(単音フレーズ)を支えていたのです。

最速級のラインと豊かなハーモニー

単に速いだけでなく、音を「クラスター(かたまり)」で繰り出しながら豊かなハーモニーを織り込むアプローチが持ち味。チャーリー・クリスチャンが築いたリズム・メロディ・ハーモニーのボキャブラリーを踏まえつつ、それを乗り越えた独自の展開力を持っていたと評されます。

奏法上の先駆者

人工ハーモニクス(通常より高い倍音を出すテクニック)や、ギターのボディを叩いて打楽器のような効果を出すパーカッシブな奏法を早くから取り入れていたとされ、テクニックの面でも先駆的な存在でした。

おすすめアルバム

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『The Swinging Guitar of Tal Farlow』(1957年発売)

ジャズギターの名盤として、まず1枚選ぶならこれ。1956年5月録音、1957年にVerveから発売されたトリオ作で、プロデュースはノーマン・グランツ。エディ・コスタ(ピアノ)、ヴィニー・バーク(ベース)との鉄壁のトリオで、チャーリー・パーカー作の「Yardbird Suite」や自作曲「Meteor」などを収録しています。高速フレーズの爽快感と歌心が同居し、AllMusicで4.5/5と評価も折り紙付き。コスタのピアノとの相性の良さは特筆ものです。

このほか、ミンガス在籍時の歴史的記録である『The Red Norvo Trio with Tal Farlow and Charles Mingus』(1950~51年頃録音のSavoyセッション群)、Verve期の『Autumn in New York』(1954年)、復帰後の充実ぶりを伝える『Chromatic Palette』(1981年)もおすすめ。Verve期の音源は『The Complete Verve Tal Farlow Sessions』としてまとめられています。

使用機材

メインギターは、1950年代半ばの主力機とされるギブソンES-350。ノーヴォ/ミンガスとの最後の録音の少し後、ギブソンから新品のES-350を直接受け取り、そこから生涯にわたるギブソンとの関係が始まったと伝えられます。

そして1962年、ES-350をベースに設計されたシグネチャーモデル「Gibson Tal Farlow」が発売されます。バインディング付きのシングルカッタウェイ・ホロウボディに、フィギュアドメイプルのアーチトップ、スクロール状のインレイ、カバード・ハムバッカー2基という仕様。生産は1967年頃までと短命で、総生産数は約215本とされる希少モデルです(後年に復刻版あり)。

アンプについては、ギブソンGAやフェンダーのDeluxeもしくはTwinといったチューブアンプを使い、リバーブはかけなかったとする資料もありますが、確証の強い情報ではないため参考程度にとどめておきましょう。

影響・評価

タル・ファーロウは、チャーリー・クリスチャン以降のモダン・ジャズギターにおいて、ビバップ的な高速ラインをギターで完成させた先駆者の一人と位置づけられています。レッド・ノーヴォ・トリオでの演奏は、ジャズギター史の重要な達成として今も広く言及されるところです。

1981年のドキュメンタリー『Talmage Farlow』にはジョージ・ベンソン、レニー・ブロー、トミー・フラナガンらが登場し、後進からの深い敬意がうかがえます(IMDbでも8点台の高評価)。そして、ギブソンがシグネチャーモデルを製作した数少ないジャズギタリストの一人であるという事実そのものが、彼の評価の高さを物語っています。

まとめ

世界最速級と謳われながら、絶頂期にあっさり看板描きへ戻った男、タル・ファーロウ。その寡欲な生き方は、派手な自己主張よりも音そのもので語る彼のギターと、どこか重なって見えます。まずはジャズギターの名盤『The Swinging Guitar of Tal Farlow』で、大きな手から繰り出される滑らかな高速フレーズを体感してみてください。「オクトパス」の異名が誇張ではないことが、きっと分かるはずです。

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