ギラッド・ヘクセルマン(Gilad Hekselman)『Far Star』徹底解説|宅録から生まれた2020年代の代表作

ギラッド・ヘクセルマン『Far Star』アルバム解説記事のアイキャッチ画像 アルバム紹介

現代ジャズギターの名手ギラッド・ヘクセルマンが2022年に発表した『Far Star(ファー・スター)』は、コロナ禍で通常のバンド録音ができなくなった彼が、テルアビブとニューヨークの自室にこもり、ギター・ベース・キーボードを自ら多重録音して作り上げたアルバムです。本人が掲げたコンセプトは「部屋の中から想像力で遠い音の銀河へ旅する」こと。タイトルの「遠い星」はそこに由来します。エレクトロニカからアフロビートまで飲み込んだスケールの大きなサウンドで、2020年代の彼の代表作としての地位を確立した一枚です。

ギラッド・ヘクセルマンとは?(人物紹介記事)を読んで興味を持った方に、まず手に取ってほしいアルバム。この記事では、制作背景から全8曲の聴きどころまで、たっぷり掘り下げていきます。

アルバム基本情報

項目 内容
アーティスト Gilad Hekselman(ギラッド・ヘクセルマン)
発売 2022年5月13日
レーベル Edition Records(EDN1201)。日本盤はコアポートからKKJ182(帯・日本語解説付き)
録音 2020年3月~2021年6月、テルアビブとニューヨークの自宅スタジオを中心に録音・制作

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どんなアルバム?

『Far Star』の出発点は2020年、パンデミックによるロックダウンでした。ツアーもバンドでのスタジオ録音もできなくなったヘクセルマンは、テルアビブとニューヨークの自室にこもり、独学のセルフプロデュースでギター・ベース・キーボードを多重録音していきます。ドラマーのエリック・ハーランドやピアニストのシャイ・マエストロら共演者のパートは、各地のスタジオや自宅からリモートで持ち寄られました。ハーランドのドラムは2021年1月にニューヨークのGSIスタジオで、ジヴ・ラヴィッツのドラムは2020年9月にフランスの自宅スタジオで録音され、最終的なマスタリングはネイト・ウッドが2021年6~7月にニューヨークで行っています。

こうして完成した本作は、英Edition Recordsからの第1弾リリースとなりました。エレクトロニカやヒップホップ、アフロビート、カントリー的な音色までを溶け込ませたサウンドは従来作より冒険的と評され、JazzTrail誌は「感情の共鳴を技巧より優先した万華鏡のような旅」と絶賛。WBGOやJazz Journalなどの主要メディアでも取り上げられました。収録された全8曲は、すべてヘクセルマンのオリジナルです。

参加メンバー

  • ギラッド・ヘクセルマン(ギター、キーボード、ベース) … 全曲で演奏し、プロデュースとミックスも本人が担当。
  • エリック・ハーランド(ドラムス) … 「Long Way From Home」「Fast Moving Century」「Magic Chord」「Cycles」などに参加。
  • シャイ・マエストロ(キーボード) … 「Fast Moving Century」に参加し、同曲を共同プロデュース。
  • ネイサン・シュラム(ヴィオラ、ヴァイオリン) … 表題曲「Far Star」でストリングスの演奏と編曲を担当。
  • オーレン・ハーディ(ベース) … 「Far Star」に参加。
  • アロン・ベンジャミニ(ドラムス、パーカッション) … 「Far Star」に参加。
  • ノモク(キーボード、シンセ) … 「The Headrocker」に参加し、同曲を共同プロデュース。
  • アミール・ブレスラー(ドラムス、パーカッション) … 「The Headrocker」に参加し、同曲を共同プロデュース。
  • ジヴ・ラヴィッツ(ドラムス) … 「Rebirth」に参加。

全曲解説

全8曲、すべてヘクセルマンのオリジナル曲です。

1. Long Way From Home

エリック・ハーランドのドラムを迎えたオープナー。「家から遠く離れて」というタイトルは、部屋にいながら想像力で遠くへ旅するという本作のコンセプトをそのまま映したかのようです。浮遊感のあるギターの音色とともに、アルバムの旅が動き出します。

2. Fast Moving Century

ピアニストのシャイ・マエストロがキーボードと共同プロデュースで参加し、ハーランドのドラムも加わるナンバー。タイトルは「目まぐるしく動く世紀」の意で、鍵盤とギターが折り重なるレイヤーの多い音像が楽しめます。ピアノ出身のヘクセルマンと鍵盤の名手マエストロという組み合わせは、本作ならではの聴きものです。

3. I Didn’t Know

ゲストのフィーチャー表記がない一曲で、ヘクセルマンの「歌心」が素直に前へ出るトラック。技巧よりメロディと感情の起伏を優先する彼のスタイルが、よく分かる一曲です。

4. Far Star

表題曲。ネイサン・シュラムのヴィオラ/ヴァイオリンによるストリングス(編曲もシュラム)、オーレン・ハーディのベース、アロン・ベンジャミニのドラムスとパーカッションが加わる、本作の中でもひときわ編成の大きなトラックです。「遠い星」へ向かう旅というアルバムの世界観を象徴する存在といえるでしょう。

5. Magic Chord

ハーランドとの再共演ナンバー。「魔法の和音」というタイトルが示すとおり、響きそのものの魅力に焦点を当てたような一曲で、ピアノ出身ならではの豊かな和声感覚が発揮されます。

6. Cycles

こちらもハーランドがドラムで参加。タイトルは「循環」の意で、ハーランドとのコンビネーションをじっくり味わえる、本編後半の要となるトラックです。

7. The Headrocker

キーボード/シンセのノモクと、ドラムス/パーカッションのアミール・ブレスラーが参加し、2人が共同プロデュースも務めるナンバー。思わず首を揺らしたくなるタイトルどおり、本作のヒップホップ~エレクトロニカ的な質感が最も前面に出る一曲です。

8. Rebirth

ドラマーのジヴ・ラヴィッツを迎えたクローザー。「再生」というタイトルは、ロックダウンの閉塞から新しい音楽を生み出した本作の締めくくりにふさわしく、旅の終わりと新たな始まりを感じさせます。

聴きどころ

まず注目したいのは、多重録音とリモート録音で作られたにもかかわらず、バンドで演奏しているような温度感があること。エリック・ハーランド、アロン・ベンジャミニ、アミール・ブレスラー、ジヴ・ラヴィッツと、曲ごとに異なるドラマー/パーカッション奏者が参加しており、その叩き分けがアルバムに多彩な表情を与えています。

もうひとつの聴きどころは、テクノロジーと歌心のバランスです。オクターバーやシンセ的なエフェクトを大胆に使いながら、中心にあるのは常にメロディ。エフェクトを積極的に活かす音作りという点ではビル・フリゼールの系譜も想起させますが、ヘクセルマンの場合はパット・メセニーにも通じる「歌としてのギター」が徹頭徹尾貫かれています。技巧を誇示する場面はほとんどなく、聴き進めるほどにメロディが残る作りになっています。

こんな人におすすめ

  • カート・ローゼンウィンケルジュリアン・ラージなど現代ジャズギターが好きな人 … 現代シーンの名手たちと聴き比べると、ヘクセルマンの個性がよりはっきり見えてきます。
  • メロディの美しいジャズを探している人 … 全8曲オリジナルながら、どの曲も歌心にあふれた聴きやすさがあります。
  • エレクトロニカやヒップホップ経由で音楽を聴いてきた人 … ジャズの語彙とビートミュージックの質感が自然に同居しており、ジャズ入門盤としても機能します。
  • 宅録やDTMに取り組むギタリスト … セルフプロデュースによる多重録音作品として、音作りやアレンジのヒントが詰まっています。

まとめ

『Far Star』は、パンデミックという制約を想像力で乗り越え、部屋の中から「遠い音の銀河」への旅を描き出したアルバムです。多重録音・リモート録音という手法を採りながら、鳴っているのはあくまで温かく歌心にあふれたジャズ。ギラッド・ヘクセルマン入門としても、2020年代のジャズギターの現在地を知る一枚としてもおすすめです。気に入った方は、ギラッド・ヘクセルマンとは?(人物紹介記事)で経歴やほかのアルバムもチェックしてみてください。

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