スタン・ゲッツ・クインテットの一員として、まるでホーンのように滑らかなシングルラインを紡いだジャズギタリスト、ジミー・レイニー。チャーリー・パーカーのビバップ語彙をギターに移し替えた完成者の一人で、1950年代にはタル・ファーロウと並び称された名手です。豪快なファーロウに対して、こちらは徹底して柔らかくクール。その人物像と名盤・おすすめアルバムを紹介します。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | ジェームズ・エルバート・レイニー(James Elbert Raney) |
| 生没年 | 1927年8月20日~1995年5月10日(享年67) |
| 出身 | アメリカ・ケンタッキー州ルイヴィル |
| 楽器 | ギター |
| 主な活動期 | 1946年~1990年代前半(1960年代末~70年代前半に不遇期あり) |
経歴
ルイヴィルからシカゴ、ビッグバンド時代へ
1927年、ケンタッキー州ルイヴィル生まれ。1946年、シカゴのクラブ「Elmer’s」でマックス・ミラー・カルテットに参加し、プロとしての最初の仕事を得ます。1948年にはウディ・ハーマン楽団(セカンド・ハード)に約9か月在籍。以後バディ・デフランコやアル・ヘイグらと共演を重ね、1949年頃にはアーティ・ショウのバンド「グラマシー・ファイヴ」でも活動しました。
スタン・ゲッツ・クインテットで注目を集める
キャリア前半のハイライトが、スタン・ゲッツ・クインテットへの参加です。在籍は1951~52年(加入は1950年末とする資料もあります)。1951年10月にボストンのクラブ「ストーリーヴィル」で行われたライヴ録音(アル・ヘイグ、テディ・コティック、タイニー・カーンと共演)は、初期クール・バップの名演として今も語り継がれています。テナーサックスと対等に旋律を絡ませるこのバンドで、レイニーは事実上ホーンの役割を担いました。
ノーヴォ・トリオ参加、そしてパリでの人気
1953~54年には、タル・ファーロウの後任としてレッド・ノーヴォ・トリオに参加します。1954年2月にはパリで『Jimmy Raney Visits Paris』を録音。フランスのジャズ誌の人気投票でギタリスト第1位に選ばれた直後という、まさに人気絶頂のタイミングでした。さらに1954年・1955年にはダウンビート誌の批評家投票(Critics’ Poll)ギター部門で2年連続1位に輝きます。同じ時期にプレスティッジへ、のちに代表作『A』となるセッションを録音しました。
スタジオ・ワークの時代と挫折
1956年にはクリード・テイラーのプロデュースでABCパラマウントに『Jimmy Raney featuring Bob Brookmeyer』を録音。1960年代はニューヨークでスタジオ・ワーク中心の活動となり、1964年にはジム・ホール、ズート・シムズと『Two Jims and Zoot』を録音しています。しかし1967年、アルコール依存と仕事上の困難からニューヨークを離れ、故郷ルイヴィルへ戻ることになりました。
カムバックと晩年
1970年代半ばにカムバック。ザナドゥ(Xanadu)レーベルに『The Influence』(1975年、サム・ジョーンズ、ビリー・ヒギンズと共演)などを録音し、健在ぶりを示します。1979~81年には同じくギタリストの息子ダグ・レイニーと共演し、『Stolen Moments』『Duets』(スティープルチェイス)や、クリスクロス・レーベルの記念すべき第1号作品『Raney ’81』を残しました。1985年にはトミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツと『Wisteria』を録音するなど、晩年まで第一線で活動。約30年にわたってメニエール病を患い、両耳がほとんど聞こえない状態になっても演奏を続けましたが、1995年5月10日、ルイヴィルで心不全のため67歳で世を去りました。
音楽的特徴・スタイル
レイニーのギターは、一言でいえば「ホーンのように歌うクールなビバップ」。その特徴は次のように整理できます。
- ホーンのような長いシングルライン … チャーリー・パーカーやバド・パウエルのビバップ語彙をギターに移植した、滑らかで息の長い単音フレーズが最大の持ち味。ゲッツ・クインテットでは事実上ホーンの役割を果たしました。
- チャーリー・クリスチャン譲りの土台 … ベースにはチャーリー・クリスチャンの影響が残り、その上にパーカー由来のフレージングを重ねたスタイル。息子ジョン・レイニーのサイトでも指摘されています。
- 柔らかい音色と抑制の美学 … 強いアタックを避けたソフトなトーンと、抑えたダイナミクスによる「クール」な表現。同時代のタル・ファーロウの豪快さとしばしば対比され、並び称されました。
- 高度な和声感覚 … ピアニストのホール・オーヴァートンに作曲を師事。『A』収録の「Minor」「Double Image」などのオリジナル曲には、対位法的・クラシック的な素養が表れています。
- 幅広い適応力 … クール・ジャズ、ビバップ、ハードバップ、メインストリームを横断して活躍できる柔軟性を備えていました。
代表アルバム
レイニーの代表作を年代順に紹介します。
『Jimmy Raney Visits Paris』(1954年録音・Vogue)
パリ滞在中に、ロジェ・ゲランやボビー・ジャスパーら現地ミュージシャンと録音した一枚。フランスのジャズ誌人気投票でギタリスト第1位に選ばれた直後の、勢いに乗るレイニーを記録した作品です。
『A』(1957年発売・Prestige)
リーダー作の金字塔。1954~55年にヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されたセッションを、1957年に12インチLPとして編集発売したものです。師のホール・オーヴァートン(ピアノ)や、ゲッツ・クインテット時代の同僚テディ・コティック(ベース)が参加し、AllMusicでは5つ星満点の評価。詳しくは『A』徹底解説(アルバム紹介記事)をどうぞ。
『The Influence』(1975年・Xanadu)
カムバックを強く印象づけたトリオ作。サム・ジョーンズ(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラム)という強力なリズム隊を得て、ブランクを感じさせない演奏を聴かせます。
このほか、ボブ・ブルックマイヤーらと共演した1956年の『Jimmy Raney featuring Bob Brookmeyer』(ABCパラマウント)、ジム・ホール、ズート・シムズとの双頭ギター作『Two Jims and Zoot』(1964年・Mainstream)、息子ダグとのデュオ作『Duets』(スティープルチェイス、1979年録音)などもおすすめです。
影響・評価
レイニーの死に際し、ニューヨーク・タイムズ紙は「戦後最も才能があり影響力のあるジャズ・ギタリストの一人」と評しました。ダウンビート誌批評家投票の1954・55年連覇が示すとおり、タル・ファーロウと並ぶ1950年代モダン・ジャズギターの双璧とされています。
ビバップの語彙をギターの上で完成させたホーンライクなフレージングの体系は、ジム・ホール以降のギタリストを研究する際の比較対象にもなっており、息子ダグ・レイニーをはじめ後続世代に大きな影響を残しました。
まとめ
ホーンのように歌うラインと柔らかな音色で、ビバップをギターの言葉に翻訳したジミー・レイニー。派手さでは同時代のファーロウに譲るかもしれませんが、その端正で知的なプレイは、時代を経ても古びない普遍性を持っています。まずは代表作『A』で、抑制の効いたクールなバップ・ギターの真髄に触れてみてください。聴くほどに味わいが増す、まさに「大人のジャズギター」です。



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