ナイロン弦ギターの柔らかな音色に、デイヴ・グルーシンの洗練されたアレンジと超一流セッションマンの演奏が寄り添う――アール・クルーが1977年に発表した3作目『Finger Paintings(フィンガー・ペインティングス)』は、後に「スムーズジャズ」と呼ばれるサウンドの原型を提示した記念碑的な1枚です。Billboardジャズ・チャートで6位まで上昇した出世作であり、今もこのジャンルの古典的名盤として言及され続けています。
アール・クルーとは?(人物紹介記事)で経歴を紹介したクルーの、まず最初に聴くべき1枚。この記事では、制作の背景から全曲の聴きどころまで掘り下げていきます。
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト | アール・クルー(Earl Klugh) |
| 発売年 | 1977年 |
| レーベル | Blue Note(カタログ番号 BN-LA737-H) |
| 録音 | 1977年2月、主にKendun Recorders(カリフォルニア州バーバンク)にて |
| プロデューサー | デイヴ・グルーシン&ラリー・ローゼン |
クルーのオリジナル6曲とポップスのカバー3曲、全9曲構成です。
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どんなアルバム?
『Finger Paintings』は、クルーがブルーノートに残したソロ3作目です。プロデュースを手がけたのは、後にGRPレコードを設立してフュージョン/スムーズジャズの黄金時代を築くことになるデイヴ・グルーシン&ラリー・ローゼンのコンビ(エグゼクティブ・プロデューサーはジョージ・バトラー)。録音は1977年2月、主にカリフォルニア州バーバンクのKendun Recordersで行われました。
参加メンバーがとにかく豪華です。リー・リトナー、スティーヴ・ガッド、ハーヴィー・メイソン、アンソニー・ジャクソン、ルイス・ジョンソンといったLA/NYの超一流セッションマンが集結。10代からジョージ・ベンソンのバンドで経験を積んだクルーは、録音当時まだ23歳ながら堂々と主役を張り、ナイロン弦ギターの音色を中心に据えたアンサンブルを成立させています。
内容は、クルーのオリジナル6曲に、ジェームス・テイラーの「Long Ago and Far Away」、オーリアンズのヒット曲「Dance with Me」、グルーシン自身が書いたTVドラマ『バレッタ』主題歌「Keep Your Eye on the Sparrow」という3曲のポップス・カバーを織り交ぜた構成。ジャズの語法を土台にしながらポップスの聴きやすさを大胆に取り込んだ作りは、当時としては新しいものでした。
商業的にも成功し、Billboardジャズ・アルバム・チャート6位、R&Bアルバム・チャート31位、総合のBillboard 200でも84位を記録。日本ではスイングジャーナル誌の1977年度録音賞を受賞し、クルーの名を一躍広めた出世作となりました。
参加メンバー
ベース3人・ドラム2人がクレジットされていますが、全員が全曲に参加しているわけではなく、曲ごとに交代するかたちで演奏しています。
- アール・クルー(ナイロン弦アコースティックギター)
- デイヴ・グルーシン(エレクトリックピアノ、シンセサイザー、クラヴィネット、アレンジ/指揮)
- リー・リトナー(エレクトリックギター、12弦ギター)
- アンソニー・ジャクソン(エレクトリックベース)
- ルイス・ジョンソン(エレクトリックベース)
- フランシスコ・センテーノ(エレクトリックベース)
- スティーヴ・ガッド(ドラム)
- ハーヴィー・メイソン(ドラム)
- ラルフ・マクドナルド(パーカッション)
- スティーヴ・フォアマン(パーカッション)
- トム・スコット(ホーン・アレンジ)
- チャック・フィンドレー(トランペット)
- ディック・ハイド(トロンボーン)
- ジャック・ニミッツ(バリトンサックス)
- ジェローム・リチャードソン、ローレンス・ウィリアムズ(サックス/フルート)
- アン・ストックトン(ハープ)ほかストリングス・セクション
- アレクサンドラ・ブラウン、リサ・ロバーツ、ステファニー・スプルーイル(バッキングボーカル)
全曲解説
1. Dr. Macumba(アール・クルー作)
アルバムの幕開けを飾るオリジナル。「マクンバ」はブラジルの民間信仰を指す言葉で、その名のとおりラテン/ブラジル風味のリズムに乗せて、ナイロン弦のシングルノートが軽やかに駆け回ります。タイトなリズム隊とホーン・セクションの彩りも含め、本作の華やかな側面を最初に見せてくれる1曲です。
2. Long Ago and Far Away(ジェームス・テイラー作)
シンガーソングライター、ジェームス・テイラーの楽曲のカバー。ジェローム・カーン作の同名ジャズ・スタンダードとは別の曲なので注意してください。原曲の穏やかなメロディを、クルーは指先のニュアンスでていねいに歌わせていきます。ポップスの名曲をインストゥルメンタルとして再構築する、本作のカバー路線を象徴するトラックです。
3. Cabo Frio(アール・クルー作)
タイトルはリオデジャネイロ近郊のリゾート地の名前。ブラジル音楽への愛着がにじむオリジナルで、ナイロン弦ギターという楽器の出自と最も自然に響き合う曲想です。潮風を思わせる爽やかなメロディが印象に残ります。
4. Keep Your Eye on the Sparrow (Baretta’s Theme)(デイヴ・グルーシン/モーガン・エイムス作)
プロデューサーのグルーシン自身が書いた、TVドラマ『バレッタ』の主題歌。作者本人がアレンジを手がけるだけあって、エレクトリックピアノやシンセサイザーとギターの絡みが緻密に設計されています。都会的でファンキーな空気は、後のスムーズジャズへそのままつながっていくサウンドです。
5. Catherine(アール・クルー作)
女性の名を冠したリリカルなオリジナル。テクニックの誇示よりメロディを歌わせることを最優先する、クルーの美質が凝縮されています。ナイロン弦ならではの温かい音色を、じっくり味わってほしいバラードです。
6. Dance with Me(ジョン・ホール/ジョアンナ・ホール作)
アメリカのポップ・バンド、オーリアンズのヒット曲のカバー。誰もが口ずさめるポップスのメロディを、ジャズのハーモニーで柔らかく包み直しています。原曲を知っていると、アレンジの妙が一層楽しめるはずです。
7. Jolanta(アール・クルー作)
こちらも人名を思わせるタイトルのオリジナル。「Catherine」と対をなすように、ギターのメロディそのものを主役に据えた小品的な魅力があります。ギターを引き立てる控えめなオーケストレーションとのバランスにも耳を傾けてみてください。
8. Summer Song(アール・クルー作)
タイトルどおり夏の情景を思わせる、開放感のあるオリジナル。ジャズとポップス、ボサノヴァの要素が自然に混ざり合ったクルーらしい曲想で、アルバムの終盤を爽やかに彩ります。
9. This Time(アール・クルー作)
アルバムを締めくくるオリジナル。本作にはバッキングボーカルもクレジットされており、ジャズのアルバムというより上質なポップ/R&Bに近いムードも漂います。ジャンルの垣根を軽々と越えていく、本作の性格を象徴するクローザーです。
聴きどころ
最大の聴きどころは、ナイロン弦ギターと洗練されたオーケストレーションの化学反応です。クラシックギターの柔らかな音は、本来エレクトリックなアンサンブルには埋もれやすいもの。それをグルーシンのアレンジが絶妙な距離感で支え、常にギターのメロディが主役として立つように設計されています。
もうひとつの注目は、リー・リトナーのエレクトリックギターとの対比です。同世代の名手による12弦ギターやエレキのバッキングがあるからこそ、クルーのナイロン弦の個性が際立ちます。リトナー自身も後にスムーズジャズを代表するギタリストとなることを考えると、なんとも歴史的な顔合わせです。
そして、テクニックを前面に出すフュージョンとは一線を画す「メロディの立ち方」。1曲1曲が歌のように構成されており、ジャズに馴染みのない人でもすっと入れる聴きやすさと、指先のコントロールが光る職人技が両立しています。
こんな人におすすめ
- スムーズジャズ/フュージョンの原点を押さえたい人…このジャンルの「型」が形になった歴史的文脈ごと楽しめる1枚です。
- ナイロン弦・アコースティックギターの音色が好きな人…バンドとオーケストラの中で鳴るガットギターという、ありそうでなかった形が味わえます。
- リー・リトナーやラリー・カールトンなどLAフュージョンが好きな人…1970年代後半のLAセッションシーンの空気が詰まっています。
- 肩の力を抜いてジャズを聴きたい人…BGMにも、じっくり鑑賞するのにも応えてくれる1枚です。
まとめ
『Finger Paintings』は、ナイロン弦一筋のギタリスト、アール・クルーの出世作にして、スムーズジャズ・ギターの原型を示した古典的名盤です。デイヴ・グルーシン&ラリー・ローゼンという名コンビと超一流セッションマンに支えられ、23歳のクルーが「歌うギター」のスタイルをここで完成させました。
本作を気に入ったら、グラミー受賞作となったボブ・ジェームスとの共演盤『One on One』(1979年)や、円熟期のソロギター作『HandPicked』(2013年)へ進むのがおすすめです。まずはこの1枚で、指先から紡がれる温かな音世界に浸ってみてください。



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