ジョン・マクラフリン、チック・コリア、ミロスラフ・ヴィトウス、ビリー・コブハム。のちにマハヴィシュヌ・オーケストラ、リターン・トゥ・フォーエヴァー、ウェザー・リポートを率いることになる面々が、一枚のアルバムに集まっていた——それが1970年にラリー・コリエルが発表した『Spaces』です。『ビッチェズ・ブリュー』とほぼ同じ時期に、まったく別の角度からフュージョンの扉を開けた本作は、後年「ジャズフュージョンの起点」とまで評されるようになりました。
ラリー・コリエルとは?(人物紹介記事)で紹介した「フュージョンのゴッドファーザー」の代表作を、録音の背景から全曲の聴きどころまで掘り下げていきます。
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト | Larry Coryell(ラリー・コリエル) |
| 発売年 | 1970年 |
| レーベル | Vanguard(VSD-6558。後にVSD-79345として別ジャケットで再発) |
| 録音 | ニューヨーク、Vanguardの23丁目スタジオ。1969~70年録音(時期は資料により記載が分かれる) |
| プロデューサー | Daniel Weiss(ダニエル・ワイス) |
どんなアルバム?
『Spaces』のセッションに集まったのは、マイルス・デイヴィスの電化セッション帰りの精鋭たちでした。コリエル自身、「初日は奇妙だった。チックとビリーとジョンはマイルスのセッションから来たばかりだった」と回想しています。実際、初日は演奏がうまく噛み合わず、最終テイクの大半は2日目に録られたそうです。なお、このセッションからは「Tyrone」「Planet End」の2曲がお蔵入りとなり、後に1975年の『Planet End』に収録されました。
意外なのはその音です。オールスターのエレクトリック布陣にもかかわらず、内容はクリーントーン主体の室内楽的な演奏が中心。轟音で押すのではなく、2本のギターが対位法的に絡み合う繊細なアンサンブルこそが本作の顔です。同時期の『ビッチェズ・ブリュー』が混沌のエネルギーでフュージョンの扉を開けたとすれば、『Spaces』は端正なインタープレイで同じ扉を別の角度から開けた作品といえます。
発売当初の評価はまちまちでしたが、再発盤が約25万枚を売るヒットになったとされ(Wikipedia英語版の記述)、時間の経過とともに評価を高めていきました。参加者たちがその後フュージョン全盛期の主役級バンドを次々と旗揚げしたことから、今では「フュージョンの見取り図」のような歴史的価値を持つ一枚とされています。
参加メンバー
- ラリー・コリエル(ギター)…全曲に参加。本作の主役です。
- ジョン・マクラフリン(ギター)…1、2、4、5曲目に参加。翌年マハヴィシュヌ・オーケストラを結成します。
- チック・コリア(エレクトリックピアノ)…5曲目「Chris」のみ参加。のちのリターン・トゥ・フォーエヴァーの総帥。
- ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)…1、3、4、5曲目に参加。ウェザー・リポートの創設メンバーとなります。
- ビリー・コブハム(ドラムス)…1、3、4、5曲目に参加。マクラフリンとともにマハヴィシュヌ・オーケストラへ。
この5人が一堂に会した録音は、フュージョン史を後から振り返るうえでも貴重な記録です。
全曲解説
1. Spaces (Infinite)(作曲:ジュリー・コリエル)
幕開けはアルバムの表題曲。作曲は当時の妻ジュリー・コリエルのクレジットです(データベースによってはラリー名義とするものもあります)。コリエルとマクラフリンの2本のギターに、ヴィトウスとコブハムのリズム隊が加わるカルテット編成で、本作の核であるクリーントーンのツインギターの絡みをまず提示する一曲です。
2. Rene’s Theme(作曲:ルネ・トーマ)
ベルギーのジャズギタリスト、ルネ・トーマの作品を、コリエルとマクラフリンのアコースティックギターデュオで演奏したトラック。トーマへのトリビュートであり、リズム隊抜きで2人の技巧と反応の速さが裸のまま味わえる、ギターファン必聴の一曲です。
3. Gloria’s Step(作曲:スコット・ラファロ)
ビル・エヴァンス・トリオの名演で知られるスコット・ラファロ作の名曲。ここではマクラフリンは参加せず、コリエル、ヴィトウス、コブハムのトリオで演奏されます。ジャズベース史に残る作曲家の楽曲をヴィトウスのベースとともに聴けるという意味でも、選曲の妙が光ります。
4. Wrong Is Right(作曲:ラリー・コリエル)
コリエルのオリジナル。マクラフリンを含むカルテット編成に戻り、2本のギターの応酬が展開されます。角の立ったラインで攻めるコリエルと、鋭く切り込むマクラフリン。2人の個性の違いを聴き比べる楽しみがあります。
5. Chris(作曲:ジュリー・コリエル)
チック・コリアが参加する唯一のトラックで、本作で最も豪華な5人編成。エレクトリックピアノが加わることで、アルバムの中でもひときわ色彩感のある響きになっています。のちのフュージョンの主役たちの共演を、この1曲に凝縮して聴くことができます。
6. New Year’s Day in Los Angeles — 1968(作曲:ラリー・コリエル)
アルバムを締めくくるのは、コリエルひとりによるごく短いソロ小品。長い余韻を残さず、ふっと幕を下ろすようなエンディングです。
聴きどころ
最大の聴きどころは、やはりコリエルとマクラフリンのツインギターの対位法的な絡みです。エレクトリック編成ながらクリーントーン主体で、2本のラインが重なり、離れ、また交差する様子は室内楽のよう。フュージョン=轟音というイメージで聴くと、良い意味で裏切られます。
また、コリエルの土台にはウェス・モンゴメリー直系のメロディックなフレージングがあり、ロック的な熱量とジャズの歌心が同居しているのも本作の魅力。「Rene’s Theme」のアコースティックデュオから「Chris」の5人編成まで、曲ごとに編成が変わるため、メンバーの組み合わせの変化を追いながら聴くのも一興です。
こんな人におすすめ
- フュージョンの起源に興味がある人…マハヴィシュヌ、リターン・トゥ・フォーエヴァー、ウェザー・リポートの「前夜」を記録した一枚。歴史の分岐点を聴けます。
- ジョン・マクラフリンのファン…マハヴィシュヌ結成直前のプレイを、コリエルとの対比で楽しめます。
- 激しい音が苦手でフュージョンを敬遠してきた人…クリーントーン主体の室内楽的な演奏が中心なので、ギターデュオやトリオが好きな人にも入りやすい内容です。
- ギターのインタープレイを聴き込みたい人…2本のギターの役割分担と会話は、コピーや分析の題材としても一級品です。
まとめ
『Spaces』は、のちのフュージョンを担う才能が一室に集まり、轟音ではなく端正なインタープレイでジャンルの扉を開けた歴史的名盤です。ラリー・コリエルというギタリストの美点——ロックの熱量とジャズの歌心の同居——が最も美しい形で記録された一枚でもあります。フュージョン入門にも、ギターアンサンブル研究にもおすすめです。あわせてラリー・コリエルとは?(人物紹介記事)も読めば、本作がキャリアのどんな位置にあるのかがより立体的に見えてくるはずです。



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