カート・ローゼンウィンケル(Kurt Rosenwinkel)『The Next Step』徹底解説|21世紀ジャズギターの扉を開いた金字塔

カート・ローゼンウィンケル The Next Step 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

2001年にVerveから発表された『The Next Step』は、カート・ローゼンウィンケルの名を世界に知らしめた1枚であり、いまなお「21世紀ジャズギターの金字塔」と呼ばれる作品です。声とギターのユニゾン、浮遊感のあるダークな音像、そして長く曲がりくねったメロディー。ここに刻まれた革新は、その後のジャズギター・シーンの景色を塗り替えました。

本記事では、そんな『The Next Step』の制作背景から参加メンバー、全曲解説までをじっくり紹介します。ローゼンウィンケルというギタリストの経歴やプレイスタイル全般については、カート・ローゼンウィンケルとは?(人物紹介記事)で詳しくまとめていますので、あわせてお読みください。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 2001年(日本盤は2001年1月25日発売)
レーベル Verve(ヴァーヴ)
録音日 2000年5月12日〜14日
録音場所 Avatar Studios(アヴァター・スタジオ)/ニューヨーク
プロデューサー カート・ローゼンウィンケル、ジェイソン・オレイン

編成はギター、テナー・サックス、ベース、ドラムスによるカルテット(4人編成)です。

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どんなアルバム?

『The Next Step』はローゼンウィンケルのリーダー作4作目にあたり、名門Verveからは『The Enemies of Energy』(2000年)に続く2作目となります。1970年フィラデルフィア生まれの彼は、バークリー音楽大学を経て90年代初頭にニューヨークへ。ゲイリー・バートンのグループやポール・モチアンのElectric Bebop Bandなどで経験を積み、90年代末にVerveと契約しました。

このアルバムの音楽を育てたのは、グリニッジ・ヴィレッジの小さなジャズクラブ「Smalls(スモールズ)」でした。ローゼンウィンケルのバンドは毎週火曜日にここでレジデンシー(定期出演)を続け、その期間は約8年に及びました。オーナーのミッチ・ボーデンは「カートのバンドは、その場の全員を呑み込むほど劇的な熱で演奏した」と回想しており、本作のライナーノーツも彼が執筆しています。スタジオでの録音自体は2000年5月のわずか3日間。しかしそこで鳴っているのは、何年もかけてクラブの現場で熟成されたバンドサウンドなのです。なお2024年には、このバンドの1996年のライヴ音源『The Next Step Band (Live at Smalls, 1996)』が発掘リリースされています。

サウンド面の革新も見逃せません。この時期のローゼンウィンケルは、手に染みついたお決まりの指癖を壊し、新しい和声の可能性を開くために、変則チューニング(弦の調律を通常と変えるオルタード・チューニング)を積極的に導入しました。さらに複数の曲では、自分の歌声をマイクで拾ってギターの音に溶け込ませ、ユニゾン(同じ旋律を重ねること)させる独特の手法を使用。深めのリバーブやディレイと相まって、浮遊感のある「ローゼンウィンケル・サウンド」がここで決定づけられました。本人は当時のインタビューで、「アラン・ホールズワースとグラント・グリーンの中間に、キース・ジャレットの和声的アプローチを加えたもの」を目指していると語っています。

参加メンバー

参加しているのは、Smallsでのレジデンシーを通じて練り上げられたローゼンウィンケルのレギュラー・バンドの面々です。この4人は前作『The Enemies of Energy』や次作『Heartcore』(2003年)にも顔をそろえ、この時期の彼の音楽の中核を担いました。

  • カート・ローゼンウィンケル(ギター、ピアノ) … 本作のリーダーで、全8曲の作曲者。タイトル曲「The Next Step」ではピアノも演奏しています。
  • マーク・ターナー(テナー・サックス) … ローゼンウィンケルの盟友というべきサックス奏者。ギターと絡み合う流麗なラインで、フロントラインの片翼を担います。
  • ベン・ストリート(ベース) … 複雑な楽曲を柔らかく支えるベーシスト。浮遊感のあるアンサンブルの土台を作ります。
  • ジェフ・バラード(ドラムス) … 繊細さと推進力を併せ持つドラマー。静と動を行き来する本作のダイナミクスの要です。

全曲解説

ここではオリジナル盤基準の全8曲(全曲ローゼンウィンケル作曲)を曲順どおりに解説します(日本盤のみ、9曲目としてボーナストラック「Games in the Rain(ゲームス・イン・ザ・レイン)」が収録されています)。

1. Zhivago(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

アルバムの幕開けを飾る、本作を象徴する代表曲です。声とギターのユニゾンが生む浮遊感、そして長く曲がりくねったメロディーラインが強烈な印象を残します。後続世代のギタリストがこぞってコピーしたといわれ、現代ジャズの定番曲として定着しました。

2. Minor Blues(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

タイトルどおりのマイナー・ブルースながら、伝統的なブルースの枠組みを独自の感覚で塗り替えた変則的な1曲です。本作で最もカバーされる曲のひとつとなり、ジャズギター学習者の定番レパートリーになったとされています。

3. A Shifting Design(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

変則チューニングの効果が最も分かりやすく表れた曲とされます。複雑に折れ曲がるラインが次々と姿を変えていく書法に、作曲家ローゼンウィンケルの個性が際立つ1曲です。

4. Path of the Heart(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

静謐で内省的なバラード。深宇宙を漂うような静けさを湛えた浮遊系の1曲で、アルバム前半のクールダウンとして完璧な配置です。

5. Filters(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

一転してグルーヴィーでホットなナンバー。ターナーのサックスとの掛け合いは本作屈指の聴きどころです。ウェス・モンゴメリーに捧げられた曲とされ、後年もローゼンウィンケル本人が繰り返し演奏する人気曲になりました。

6. Use of Light(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

光をテーマにした幻想的な楽曲です。浮遊感と緊張感がゆらめきながら持続していく展開は、アルバムのダークで幽玄な世界観を最も濃く映し出しています。

7. The Next Step(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

アルバムの核となる10分超のタイトル曲。ローゼンウィンケルはここでギターに加えてピアノも演奏しています。「次の一歩」というタイトルどおり、バンドの到達点と未来を同時に示すような組曲的な大作です。

8. A Life Unfolds(作曲:カート・ローゼンウィンケル)

穏やかに幕を閉じるクローザー。激しさよりも瞑想的な余韻を残して終わるこのエンディングが、アルバム全体の内省的な印象を決定づけています。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

まず特筆すべきは批評面での評価です。AllMusicで5つ星中4.5、英『ペンギン・ガイド・トゥ・ジャズ』で4つ星中3.5という高評価を獲得し、ペンギン・ガイドは「トリスターノ派的な論理とクールな思考……メジャー・レーベルがリリースしたのは驚くべきレコード」と評しました。ニューヨーク・タイムズのベン・ラトリフは「繊細で控えめな芸術の極み」と絶賛。さらに本人のレーベルHeartcore Recordsの紹介によれば、JazzTimes誌で「21世紀で最も重要かつ影響力のあるジャズ・レコーディング」に選出されたとされています。

音楽面での聴きどころは、緊張と浮遊感の同居です。ポストバップ(1960年代以降の発展的なモダンジャズ)的な熱演と幽玄なバラードがほぼ半々で並び、フル・パワーの場面でも壊れそうな静けさが漂う独特の音像が全編を貫きます。

そして何より、本作は「その後」を変えました。批評家のネイト・チネンは「彼はここで個人的なブレイクスルーを果たし、その後のモダン・メインストリームの複数の世代に深く影響を与える表現を作り上げた」と述べています。ギター+テナー・サックスというフロントライン編成の理想形を示し、マイク・モレノ、ラーゲ・ルンドギラッド・ヘクセルマンら2000年代以降のジャズギタリストへの影響が広く指摘されています。「Zhivago」「Minor Blues」「Filters」が世界中のセッションで演奏され続けていること自体が、名盤である何よりの証拠でしょう。

こんな人におすすめ

  • 現代ジャズギターの出発点を知りたい人 … 今のジャズギターの「当たり前」の多くが、このアルバムから始まっているからです。
  • セッションのレパートリーを増やしたい学習者 … 定番曲とされる「Zhivago」「Minor Blues」「Filters」の原曲を知っておくと演奏の解像度が上がります。
  • 伝統的な名盤の次の一歩を探している人 … ウェス・モンゴメリーらの王道を聴いてきた耳に、21世紀のジャズギターがどこへ進んだのかを示してくれます。
  • 浮遊感のある内省的な音楽が好きな人 … 深いリバーブに包まれたダークで美しい音世界は、ジャズに詳しくなくても楽しめます。

まとめ

『The Next Step』は、Smallsでの約8年に及ぶ火曜レジデンシーで熟成されたバンドサウンドと、変則チューニングや声とギターのユニゾンといった革新が結晶した、カート・ローゼンウィンケルの出世作です。わずか3日間の録音に、それまでの歳月と「次の一歩」への意志が刻み込まれています。

発売から四半世紀を経てもその輝きは失われるどころか、影響を受けた世代の活躍によってますます重みを増しています。まだ聴いたことがない方は、ぜひ1曲目「Zhivago」から体験してみてください。最初の数音で、この音楽が「それまでのジャズギター」と違う場所を目指していることが、きっと伝わるはずです。

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