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	<title>フュージョン | Jazz Guitar &#039;Round Midnight</title>
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	<description>Jazz In Tokyo</description>
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		<title>アル・ディ・メオラとは？速弾きの元祖と呼ばれるフュージョン・ギターの巨匠</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/al-di-meola/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 11:49:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[アル・ディ・メオラ]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[リターン・トゥ・フォーエヴァー]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[超高速ピッキングとラテンの情熱で1970年代フュージョン界を席巻したアル・ディ・メオラ。リターン・トゥ・フォーエヴァー時代から代表作『Elegant Gypsy』、使用機材、ロックへの影響までジャズギターの巨匠を徹底解説。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「速弾きギター」と聞くとロックやメタルを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、その源流のひとりはジャズ／フュージョンの世界にいます。アル・ディ・メオラ（Al Di Meola）は、1970年代にマシンガンのような超高速ピッキングとラテン音楽の情熱で一世を風靡したアメリカのギタリストです。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介した「歌うようなジャズギター」とは対照的な、切れ味鋭い演奏でロックギタリストにも絶大な影響を与えてきました。この記事では、その経歴と聴きどころをわかりやすく紹介します。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-1" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-1">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">基本プロフィール</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">経歴</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">ビートルズに夢中になった少年時代（1954年〜1970年）</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">19歳でリターン・トゥ・フォーエヴァーに抜擢（1971年〜1976年）</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">ソロデビューと『Elegant Gypsy』の成功（1976年〜1983年）</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">アコースティック転回から近年まで（1984年〜現在）</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">音楽的特徴</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">超高速ピッキングとパームミュート</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">ラテン・地中海音楽との融合</a></li></ol></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">おすすめアルバム</a><ol><li><a href="#toc11" tabindex="0">『Elegant Gypsy』（1977年）</a></li></ol></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">使用機材</a></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">影響・評価</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">まとめ</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">関連記事</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">基本プロフィール</span></h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>アルバート・ローレンス・ディ・メオラ（Albert Laurence Di Meola）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1954年7月22日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・ニュージャージー州ジャージーシティ（同州バーゲンフィールド育ち）</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリックギター、アコースティックギター（スチール弦／ナイロン弦）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1974年〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2><span id="toc2">経歴</span></h2>
<h3><span id="toc3">ビートルズに夢中になった少年時代（1954年〜1970年）</span></h3>
<p>1954年、ニュージャージー州ジャージーシティのイタリア系家庭に生まれ、同州バーゲンフィールドで育ちました。幼い頃にエルヴィス・プレスリーをきっかけに音楽に目覚め、ビートルズに決定的な影響を受けてギターの道を志します。地元の教師にジャズとクラシック双方の基礎を学び、10代には1日8〜10時間も練習したといいます。</p>
<h3><span id="toc4">19歳でリターン・トゥ・フォーエヴァーに抜擢（1971年〜1976年）</span></h3>
<p>1971年にバークリー音楽大学へ入学。そして1974年、19歳のときにチック・コリア率いるフュージョンバンド「リターン・トゥ・フォーエヴァー（RTF）」に、ビル・コナーズの後任ギタリストとして抜擢されます。在籍中はグラミー賞（最優秀ジャズ・グループ演奏賞）を受賞した『No Mystery』（1975年）、のちにゴールドディスクに輝いた『Romantic Warrior』（1976年）などに参加し、バンドは全米Top40に入る商業的成功を収めました。</p>
<h3><span id="toc5">ソロデビューと『Elegant Gypsy』の成功（1976年〜1983年）</span></h3>
<p>1976年にソロデビュー作『Land of the Midnight Sun』を発表。翌1977年の『Elegant Gypsy』はRIAAゴールド認定を受ける大ヒットとなり、Guitar Player誌の読者投票では1977年から1980年まで4年連続でBest Jazz Guitaristに選ばれました。1980年12月にはジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアとのアコースティック・ギター・トリオでライブ録音を行い、これが1981年発売の『Friday Night in San Francisco』として世界的なヒットになります。</p>
<h3><span id="toc6">アコースティック転回から近年まで（1984年〜現在）</span></h3>
<p>10年におよぶツアー生活で行き詰まりを感じ、1980年代半ばに一時ペースを落とし、1985年にはアコースティック中心の『Cielo e Terra』を発表します。1990年代は「World Sinfonia」プロジェクト（1991年〜）やピアソラ作品集『Di Meola Plays Piazzolla』（1996年）などワールドミュージック路線を深めました。2008年にはRTF再結成ツアーに参加し、2018年にはバークリー音楽大学から名誉博士号を授与されています。2011年には『Pursuit of Radical Rhapsody』でラテン・グラミー賞（最優秀インストゥルメンタル・アルバム）を受賞。2023年9月にルーマニア・ブカレストでの公演中に心筋梗塞で倒れましたが、2024年1月にステージへ復帰し、同年『Twentyfour』を発表しました。</p>
<h2><span id="toc7">音楽的特徴</span></h2>
<h3><span id="toc8">超高速ピッキングとパームミュート</span></h3>
<p>最大の特徴は、超高速のオルタネイト・ピッキング（ダウンとアップを交互に繰り返す弾き方）です。スウィープなどの「近道」を嫌ってすべての音符を弾き切る流儀で、本人も若い頃は世界最速のギタリストを目指していたと語っています。もうひとつの武器が、右手の手のひらで弦に軽く触れて音を短く切るパームミュート。歯切れのよい独特の粒立ちを生む技術で、ロック界のトニー・マカパインが「右手のミュート技術は彼から学んだ」と公言するほどの名手です。</p>
<h3><span id="toc9">ラテン・地中海音楽との融合</span></h3>
<p>もうひとつの柱が、フラメンコやタンゴなどラテン／地中海音楽との融合です。エキゾチックなスケール（音階）とラテンのリズムをジャズロックの文脈に持ち込み、エレクトリックの攻撃性とアコースティックの叙情を曲ごとに使い分けるスタイルを確立しました。</p>
<h2><span id="toc10">おすすめアルバム</span></h2>
<p>※以下に楽天市場のアフィリエイトリンク（PR）を含みます。</p>
<h3><span id="toc11">『Elegant Gypsy』（1977年）</span></h3>
<p>1977年4月発売（録音は1976年12月〜1977年1月、Columbia）。当時22歳のディ・メオラが自らプロデュースした代表作で、ヤン・ハマー、バリー・マイルズ（key）、アンソニー・ジャクソン（b）、スティーヴ・ガッド、レニー・ホワイト（ds）ら豪華メンバーが曲ごとに参加しています。聴きどころはまず、フラメンコの巨匠パコ・デ・ルシアとのアコースティック・デュオ「Mediterranean Sundance」。後の『Friday Night in San Francisco』へつながる歴史的共演です。そして高速ミュート・ピッキングの教科書とも呼べる「Race with Devil on Spanish Highway」。この2曲で、エレクトリックとアコースティックを行き来する彼の二面性が一度に味わえます。Billboard 200で58位、AllMusicでは5つ星満点評価という、フュージョン史に残る1枚です。</p>
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</div>
<p>このほかでは、まずソロデビュー作『Land of the Midnight Sun』（1976年）。RTF人脈が参加した、初期の勢いが詰まった1枚です。『Casino』（1978年）は『Elegant Gypsy』路線を深化させたエレクトリック期の傑作。そしてジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアとの『Friday Night in San Francisco』（1980年12月録音・1981年発売）は、アコースティックギター史に残る「スーパーギタートリオ」のライブ盤としてあわせて聴いてほしい大ヒット作です。</p>
<h2><span id="toc12">使用機材</span></h2>
<p>RTF期から初期ソロ時代の代名詞は、1971年製の黒いGibson Les Paul Customです。ピックアップは早くからDiMarzio製を使っていたとされます。1980年代以降のアコースティックではOvationのエレアコが主力となり、ナイロン弦ではConde Hermanos（現Felipe Conde）の工房と共同開発したシグネチャーモデルを使用しています。</p>
<p>近年のエレクトリックはPRSが中心で、2008年にはシグネチャーモデル「Prism」が発表されました。アンプはMesa/Boogieを使用していると伝えられています。ただし機材は時期によって大きく変遷しているため、上記は各時期の代表例と考えてください。</p>
<h2><span id="toc13">影響・評価</span></h2>
<p>ディ・メオラは、1970年代のフュージョン黄金期に「速弾き」という語彙をジャズギターに定着させた立役者であり、ジョン・マクラフリンと並ぶテクニカル系フュージョンギターの頂点と評されます。特筆すべきはロック／メタル界への影響の大きさで、ランディ・ローズは彼を「一番好きなギタリスト」と公言し、イングヴェイ・マルムスティーンやポール・ギルバートら後続のテクニカル系ギタリストからも称賛されています。ネオクラシカルやシュレッド系ギターの源流のひとりといってよいでしょう。一方で「技巧的だが冷たい」という批評も当時から根強くありましたが、本人は技巧の中にある感情やメロディをこそ聴いてほしいと反論しています。グラミー賞（RTF『No Mystery』）、ラテン・グラミー賞（2011年）、Guitar Player誌の殿堂「ギャラリー・オブ・グレイツ」入りなど、受賞歴も豊富です。</p>
<h2><span id="toc14">まとめ</span></h2>
<p>アル・ディ・メオラは、超高速ピッキングとラテンの情熱でジャズ／フュージョンの可能性を広げ、ロック界にまで影響を及ぼしたギタリストです。エレクトリックの鋭さとアコースティックの叙情、両面を知ることで魅力は倍増します。入門にはやはり代表作『Elegant Gypsy』（1977年）が最適です。「Race with Devil on Spanish Highway」の疾走感と「Mediterranean Sundance」の美しさを、ぜひ聴き比べてみてください。</p>
<h2><span id="toc15">関連記事</span></h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-mclaughlin/">ジョン・マクラフリンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/">マイク・スターンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/django-reinhardt/">ジャンゴ・ラインハルトとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
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			</item>
		<item>
		<title>ジョン・マクラフリンとは？速弾きと変拍子でジャズを変えたフュージョンの先駆者</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-mclaughlin/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:20:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ジョン・マクラフリン]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[マイルス・デイヴィス]]></category>
		<category><![CDATA[マハヴィシュヌ・オーケストラ]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[ジョン・マクラフリンは超高速ピッキングと変拍子でフュージョンの土台を築いたジャズギターの革新者。マイルス・デイヴィスとの共演からマハヴィシュヌ・オーケストラ、シャクティまで、経歴・名盤・使用機材を解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ジョン・マクラフリンは、1942年イングランド生まれのジャズギタリストです。マイルス・デイヴィスの名盤『Bitches Brew』（1970年）に、その名もずばり「John McLaughlin」という曲が収録されているほど、帝王から信頼されたギタリストです。ロック並みの大音量と超高速ピッキング、そして変拍子（拍の数が通常と異なる複雑なリズム）をジャズに持ち込み、フュージョンというジャンルの土台を築きました。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスが「歌うようなフレーズ」の名手だとすれば、マクラフリンは「速さとリズム」の面からジャズギターの可能性を押し広げた存在です。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">基本プロフィール</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">経歴</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">ヨークシャーからロンドンへ（1942〜1968年）</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">渡米、マイルス・デイヴィスとの共演（1969〜1972年）</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">マハヴィシュヌ・オーケストラとシャクティ（1971〜1977年）</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">ギタートリオから80代の現役へ（1980年代〜現在）</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">音楽的特徴</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">超高速・高精度のオルタネイト・ピッキング</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">変拍子とインド音楽の導入</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">ジャンル横断のハイブリッド</a></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">おすすめアルバム</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">『The Inner Mounting Flame』（1971年）</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">使用機材</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">影響・評価</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">まとめ</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">関連記事</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">基本プロフィール</span></h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ジョン・マクラフリン（John McLaughlin）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1942年1月4日生まれ（存命・2026年時点で84歳）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>イングランド、ヨークシャー州ドンカスター</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリック／アコースティックギター、ギターシンセサイザー</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1960年代〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2><span id="toc2">経歴</span></h2>
<h3><span id="toc3">ヨークシャーからロンドンへ（1942〜1968年）</span></h3>
<p>1942年、ドンカスターに生まれます。母はヴァイオリニストで、11歳のときに兄から譲り受けたギターにのめり込み、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/tal-farlow/">タル・ファーロウ</a>や<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/django-reinhardt/">ジャンゴ・ラインハルト</a>のジャズを独学で吸収しました。1960年代初頭にロンドンへ出ると、グラハム・ボンド・カルテット（1963年）に参加するなど、英国のR&#038;B・ジャズシーンで腕を磨きます。若き日のジミー・ペイジにギターを教えたという逸話も残っています。</p>
<h3><span id="toc4">渡米、マイルス・デイヴィスとの共演（1969〜1972年）</span></h3>
<p>1969年1月に初リーダー作『Extrapolation』を録音し、同年渡米してトニー・ウィリアムス率いるライフタイムに参加します。さらに1969年から1972年にかけてはマイルス・デイヴィスの「電化」路線を支え、『In a Silent Way』（1969年）、『Bitches Brew』（1970年）、『A Tribute to Jack Johnson』（1971年）などの重要作に名を連ねました。</p>
<h3><span id="toc5">マハヴィシュヌ・オーケストラとシャクティ（1971〜1977年）</span></h3>
<p>1971年、自身のバンド「マハヴィシュヌ・オーケストラ」を結成します。バンド名は導師シュリ・チンモイから授かった霊名にちなみます。『The Inner Mounting Flame』（1971年）と『Birds of Fire』（1973年、米Billboard 200で15位）は、ジャズロック／フュージョンの頂点とされる2枚です。第1期は1973年末に解散し、1974〜76年には第2期マハヴィシュヌとして『Apocalypse』（1974年、ロンドン交響楽団と共演）などを発表しました。並行して、タブラ奏者ザキール・フセインらと組んだアコースティック・バンド「シャクティ」では、1975年7月のライヴを収めたデビュー作『Shakti with John McLaughlin』（発売は1976年）を残しています。</p>
<h3><span id="toc6">ギタートリオから80代の現役へ（1980年代〜現在）</span></h3>
<p>1981年、パコ・デ・ルシア、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/al-di-meola/">アル・ディ・メオラ</a>とのギタートリオによるライヴ盤『Friday Night in San Francisco』が世界的ヒットとなります。1984〜87年にはマハヴィシュヌ名義を再始動。1990年代後半に「リメンバー・シャクティ」を結成し、2007年からは自身のバンド「4th Dimension」で活動しています。グラミー賞は2010年、2018年など複数回受賞。2020年代にはシャクティを再結成し、46年ぶりのスタジオ作『This Moment』（2023年）が2024年のグラミー賞（ベスト・グローバル・ミュージック・アルバム）に輝きました。同年にDownBeat誌の殿堂入りも果たし、2026年にも新作が発表されるなど、80代の現在も第一線に立ち続けています。</p>
<h2><span id="toc7">音楽的特徴</span></h2>
<h3><span id="toc8">超高速・高精度のオルタネイト・ピッキング</span></h3>
<p>オルタネイト・ピッキング（ピックの上下動を交互に繰り返す奏法）を極限まで高速化・精密化し、歪んだ大音量サウンドで、ジョン・コルトレーン譲りの音数の多いフレーズを正確に弾き切ります。後の「速弾き」系ギタリストの原型となったスタイルです。</p>
<h3><span id="toc9">変拍子とインド音楽の導入</span></h3>
<p>インド古典音楽のリズム周期「ターラ」や旋法を採り入れ、5拍子や7拍子、「Birds of Fire」の18/8拍子といった複雑な拍子を常用します。バンド全体でユニゾンする鋭いリフも特徴です。</p>
<h3><span id="toc10">ジャンル横断のハイブリッド</span></h3>
<p>フラメンコ、インド古典、ブルース、西洋クラシックまでを一つのギター語法に統合。エレクトリックとアコースティックを自在に行き来したキャリアも、ジャズギター史では稀有です。</p>
<h2><span id="toc11">おすすめアルバム</span></h2>
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<h3><span id="toc12">『The Inner Mounting Flame』（1971年）</span></h3>
<p>マハヴィシュヌ・オーケストラのデビュー作で、1971年8月14日にニューヨークで録音され、同年11月3日にColumbiaから発売されました。メンバーはマクラフリン（g）、ジェリー・グッドマン（vln）、ヤン・ハマー（key）、リック・レアード（b）、ビリー・コブハム（ds）。冒頭「Meeting of the Spirits」の不穏なリフ、「The Noonward Race」でのコブハムとの高速の応酬、一転して静謐なアコースティック曲「A Lotus on Irish Streams」まで、動と静の落差がこのバンドの本質です。ロックの音量とジャズの即興、インド由来のリズムを一体化し、「フュージョンというジャンルの型を定義した1枚」と評されています。</p>
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</div>
<p>このほかでは、変拍子リフの完成形が聴ける『Birds of Fire』（1973年）、インド古典音楽との融合をアコースティックで実現した歴史的ライヴ盤『Shakti with John McLaughlin』（1976年発売・1975年ライヴ録音）、そしてパコ・デ・ルシア、アル・ディ・メオラとのギタートリオで、入門にも最適な『Friday Night in San Francisco』（1981年）がおすすめです。</p>
<h2><span id="toc13">使用機材</span></h2>
<p>第1期マハヴィシュヌ期（1971〜73年頃）の代名詞は、6弦+12弦のGibson EDS-1275ダブルネックです。100WのMarshallアンプをほぼフルアップで鳴らしたサウンドは、Guitar Player誌「史上最高のトーン50」に挙げられたとされます。第2期ではRex Bogue製のカスタムダブルネック「Double Rainbow」を使用したほか、GibsonのByrdlandやES-345をスキャロップド指板（指板を削って弦を押さえやすくする加工）に改造して使っていたともいわれます。</p>
<p>シャクティ期には、製作家アブラハム・ウェクターがGibson J-200を基に改造した特注アコースティック、通称「シャクティ・ギター」を使用しました。サウンドホールの上に斜めに張られた共鳴弦を持つ独特の楽器です。後年はGodinのシンセアクセス・モデルやPRSを使い、アンプ類はMesa/Boogieを愛用してきたとされますが、機材は時期による変遷が激しく、細部は資料によって差があります。</p>
<h2><span id="toc14">影響・評価</span></h2>
<p>ジャズフュージョンの創始者の一人であり、マハヴィシュヌ・オーケストラで「ロックの音圧×ジャズの即興×インドのリズム」という様式を確立しました。ジェフ・ベックは「現存する最高のギタリスト」、パット・メセニーは「世界最高のギタリスト」と公言し、Rolling Stone誌「歴代最高のギタリスト100」でも49位（2003年）に選ばれています。アル・ディ・メオラやマイク・スターンなど影響を受けたギタリストは多数で、速弾き・変拍子・ワールドミュージック融合という現代テクニカルギターの三要素すべての源流とされます。</p>
<h2><span id="toc15">まとめ</span></h2>
<p>ジョン・マクラフリンは、超高速ピッキングと変拍子をジャズに定着させ、フュージョンというジャンルの骨格をつくったギタリストです。マイルスの電化からインド音楽やフラメンコとの融合、そして2024年のグラミー受賞まで、その歩みはジャズギターの拡張の歴史そのものといえます。まず聴くべきは、やはりマハヴィシュヌ・オーケストラの『The Inner Mounting Flame』（1971年）です。半世紀以上前の録音とは思えない熱量と精度に、きっと驚かされるはずです。</p>
<h2><span id="toc16">関連記事</span></h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/">ジョン・スコフィールドとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/">マイク・スターンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-metheny/">パット・メセニーとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
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			</item>
		<item>
		<title>リー・リトナーとは？3000セッションを支えた“キャプテン・フィンガーズ”</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:19:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[スムーズジャズ]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[リー・リトナー]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[3,000超のセッションを支えた“キャプテン・フィンガーズ”ことリー・リトナー。ウェス・モンゴメリー直系のジャズギターをフュージョンへ広げた名手の経歴と代表作『Captain Fingers』、使用機材まで紹介します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>リー・リトナー（Lee Ritenour）は、アメリカ・ロサンゼルス出身のジャズ／フュージョン・ギタリストです。3,000を超えるスタジオセッションに参加してきた名手で、卓越した指さばきから「キャプテン・フィンガーズ（Captain Fingers）」の異名で呼ばれてきました。少年時代に影響を受けたウェス・モンゴメリー（<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>）の語彙を、フュージョンやスムーズジャズへとつないだ存在でもあります。この記事では、その経歴と魅力を紹介します。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-3" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-3">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">基本プロフィール</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">経歴</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">ロサンゼルスの少年がファーストコールになるまで（1952〜1975年）</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">ソロデビューと『Captain Fingers』（1976〜1979年）</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">ヒット曲「Is It You」とグラミー受賞（1980年代）</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">フォープレイ結成、そして現在まで（1990年代〜）</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">音楽的特徴</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">ウェス・モンゴメリー直系のフレージング</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">セッションで鍛えられた正確さと多様性</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">クラシックの素養とテクノロジーへの好奇心</a></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">おすすめアルバム</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">『Captain Fingers』（1977年）</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">使用機材</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">影響・評価</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">まとめ</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">関連記事</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">基本プロフィール</span></h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>リー・マック・リトナー（Lee Mack Ritenour）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1952年1月11日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリックギター（Gibson ES-335、L-5ほか）、クラシックギター、ギターシンセサイザー</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1968年頃〜現在（ソロデビューは1976年）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2><span id="toc2">経歴</span></h2>
<h3><span id="toc3">ロサンゼルスの少年がファーストコールになるまで（1952〜1975年）</span></h3>
<p>1952年にロサンゼルスで生まれたリトナーは、8歳でギターを始め、12歳で音楽の道を志します。1960年代後半にはウェス・モンゴメリーに傾倒し、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/joe-pass/">ジョー・パス</a>やハワード・ロバーツに個人的に師事したとされます。16歳でママス&#038;パパスのレコーディングに参加して初セッションを経験。その後、南カリフォルニア大学（USC）でクリストファー・パーケニングにクラシックギターを学び、21歳で同校のギター講師に抜擢されました。1970年代前半からはLAスタジオシーンで真っ先に声のかかる「ファーストコール」ギタリストとなり、これまでに3,000を超えるセッションに参加しています。</p>
<h3><span id="toc4">ソロデビューと『Captain Fingers』（1976〜1979年）</span></h3>
<p>1976年、Epicから『First Course』でソロデビュー。翌1977年には、異名をそのままタイトルに掲げた代表作『Captain Fingers』を発表します。同じ頃、日本のJVC（日本ビクター）が企画したダイレクトカッティング録音（テープを介さず原盤に直接刻む高音質録音）にも参加し、日本での人気を高めるきっかけになったといわれます。1979年にはピンク・フロイド『The Wall』のセッションに参加したことでも知られています（「Run Like Hell」などでの、クレジットなしの参加です）。</p>
<h3><span id="toc5">ヒット曲「Is It You」とグラミー受賞（1980年代）</span></h3>
<p>1981年の『Rit』では、エリック・タッグのボーカルをフィーチャーした「Is It You」がBillboard Hot 100で15位に入るヒットとなりました。1985年にはキーボード奏者デイヴ・グルーシンとの双頭名義作『Harlequin』を発表し、収録曲「Early A.M. Attitude」のアレンジで1986年の第28回グラミー賞（ベスト・インストゥルメンタル・アレンジメント）を受賞します。ノミネート歴は通算16回を数えますが、受賞は現在までこの1回のみです。</p>
<h3><span id="toc6">フォープレイ結成、そして現在まで（1990年代〜）</span></h3>
<p>1990年の『Stolen Moments』でストレートアヘッドなジャズ（正統派の4ビートジャズ）に接近すると、1991年にはボブ・ジェームス、ネイザン・イースト、ハーヴィー・メイソンとフォープレイ（Fourplay）を結成。デビュー作はコンテンポラリー・ジャズ・チャート1位、ゴールドディスク認定という成功を収めました。1993年にはウェス・モンゴメリーへのトリビュート作『Wes Bound』を発表。1997年にフォープレイを脱退（後任は<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/">ラリー・カールトン</a>）した後も、『6 String Theory』（2010年）などを発表し、2018年の山火事（ウールジー火災）で自宅兼スタジオを失った後も現役で活動を続けています。</p>
<h2><span id="toc7">音楽的特徴</span></h2>
<h3><span id="toc8">ウェス・モンゴメリー直系のフレージング</span></h3>
<p>リトナーの土台にあるのは、オクターブ奏法（1オクターブ違いの同じ音を2本の弦で同時に弾く奏法）に代表されるウェス・モンゴメリーの語彙です。歌うようなラインをフュージョンやポップスの文脈に翻訳して聴かせるところに個性があり、トリビュート作『Wes Bound』はその集大成といえます。</p>
<h3><span id="toc9">セッションで鍛えられた正確さと多様性</span></h3>
<p>3,000を超えるセッション経験に裏打ちされたタイム感と、カッティング（リズムギターの細かい刻み）の精度は大きな武器です。ジャズ、ロック、R&#038;B、ブラジル音楽までを行き来する順応力も持ち味で、異名の由来となった高速かつクリーンなピッキングも聴きどころです。</p>
<h3><span id="toc10">クラシックの素養とテクノロジーへの好奇心</span></h3>
<p>パーケニング仕込みのクラシックギターの素養は、ナイロン弦を用いたブラジル音楽路線の作品で美しく発揮されています。一方で、1970年代からギターシンセサイザー（ギターの演奏でシンセ音源を鳴らせる電子楽器）をいち早く導入するなど新技術への好奇心も旺盛で、伝統と先進性の同居がリトナーの音楽を特徴づけています。</p>
<h2><span id="toc11">おすすめアルバム</span></h2>
<p>※以下に楽天市場のアフィリエイトリンク（PR）を含みます。</p>
<h3><span id="toc12">『Captain Fingers』（1977年）</span></h3>
<p>自身の異名をそのままタイトルにした、Epicからの代表作です。録音はバーバンクのKendun Recordersなどで行われ、デイヴ・グルーシン（キーボード／アレンジ）、ハーヴィー・メイソンとジェフ・ポーカロ（ドラム）、アンソニー・ジャクソンとアルフォンソ・ジョンソン（ベース）、レイ・パーカーJr.（リズムギター）ら総勢20名超のLAトップセッションマンが参加しました。聴きどころは、タイトル曲の超高速ユニゾンと切れ味鋭いカッティング、先駆的なギターシンセの使用、そしてスティーヴィー・ワンダー「Isn&#8217;t She Lovely」のカバーです。Billboard 200で178位、Jazz Albumsチャートで31位を記録した、LAフュージョン黄金期を伝える「名刺代わり」の1枚です。</p>
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</div>
<p>『Rit』（1981年）はAOR／ポップ路線の頂点で、ヒット曲「Is It You」を収録しています。『Wes Bound』（1993年）はウェス・モンゴメリーへのトリビュートで、コンテンポラリー・ジャズ・チャート1位を記録した「ジャズギタリストとしてのリトナー」を最もよく示す作品です。『6 String Theory』（2010年）はギター人生50年を記念した企画盤で、B.B.キング、ジョージ・ベンソン、スラッシュら約20人のギタリストが参加しています。</p>
<h2><span id="toc13">使用機材</span></h2>
<p>メインギターとして知られるのは、1961年製チェリーレッドのGibson ES-335で、2008年にはGibson Custom Shopからこのギターを再現したシグネチャーモデルが限定発売されました。同じくCustom Shop製の「Lee Ritenour L-5」シグネチャーもあり、L-5はウェス・モンゴメリーの愛器として知られるモデルだけに、敬愛を感じさせる選択です。1982年にはIbanezから本人シグネチャーのセミホロウ「LR10」も発売されました。このほか、フロイドローズやEMGピックアップを載せる改造を施した1958年製Fender Stratocasterの使用でも知られます。</p>
<p>アンプについては、ファンクや歪んだサウンドにはFender Vibrolux、クリーントーンにはMusic Manを使い分けていたと語られていますが、時期によって機材は移り変わっており、あくまで一例です。</p>
<h2><span id="toc14">影響・評価</span></h2>
<p>ジャズギター史におけるリトナーは、ウェス・モンゴメリー以降の「歌えるジャズギター」を、1970〜80年代のクロスオーバー／フュージョン、さらに90年代のスムーズジャズへと橋渡しした中心人物の一人です。ラリー・カールトンと並ぶ「LAスタジオ系ギタリスト」の代名詞であり、フォープレイの結成でコンテンポラリー・ジャズの商業的確立にも貢献しました。2011年にはドイツのECHOジャズ賞を受賞するなど評価は国際的で、度重なる来日公演もあり、日本で特に愛されてきたフュージョンギタリストの一人でもあります。</p>
<h2><span id="toc15">まとめ</span></h2>
<p>リー・リトナーは、3,000を超えるセッションで鍛えた技術を土台に、ウェス・モンゴメリー直系のジャズギターをフュージョンやスムーズジャズへと広げてきたギタリストです。スタジオの職人としての正確さと、ソロアーティストとしての創造性を両立させた点で、ジャズギター史でも重要な存在といえます。入門にはやはり代表作『Captain Fingers』（1977年）がおすすめです。「キャプテン・フィンガーズ」の指さばきを、ぜひ体感してみてください。</p>
<h2><span id="toc16">関連記事</span></h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/george-benson/">ジョージ・ベンソンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/">ラリー・カールトンとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/feed/</wfw:commentRss>
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			</item>
		<item>
		<title>ラリー・カールトンとは？「Room 335」で知られるフュージョンギターの巨匠</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 10:16:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[クルセイダーズ]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[ラリー・カールトン]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://jazzguitarroundmidnight.com/larry-carlton/</guid>

					<description><![CDATA[フュージョンの巨匠ラリー・カールトンの経歴・名盤・使用機材を解説。「Room 335」で知られるジャズギターの甘い音色の秘密、スティーリー・ダンでの名演からグラミー4回受賞まで、初心者にもわかりやすく紹介します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ラリー・カールトン（Larry Carlton）は、アメリカ・ロサンゼルスのスタジオシーンで頭角を現し、フュージョン（ジャズとロックなどを融合したジャンル）を代表する存在となったギタリストです。愛器ギブソンES-335にちなんだ「Mr. 335」の愛称で親しまれ、代表曲「Room 335」は発表から半世紀近くたった今もギター愛好家に弾き継がれています。若き日には<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェス・モンゴメリーらから影響を受け、ジャズの語彙とブルースの表現力を融合した「歌うトーン」を確立しました。グラミー賞4回受賞、100枚を超えるゴールドディスクへの参加と、ソロとセッションの両面で成功を収めた稀有なギタリストです。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">基本プロフィール</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">経歴</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">ジャズとの出会い（1948年〜1960年代）</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">クルセイダーズ加入とセッションの黄金期（1970年代）</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">ソロデビューとグラミー受賞（1978年〜1987年）</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">銃撃事件からの復帰と日本との縁（1988年〜現在）</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">音楽的特徴</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">「泣き」の甘いトーンと歌うフレージング</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">ボリュームペダル奏法</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">セッションで磨かれた伴奏力と構成力</a></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">おすすめアルバム</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』（1978年）</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">使用機材</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">影響・評価</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">まとめ</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">関連記事</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">基本プロフィール</span></h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ラリー・ユージン・カールトン（Larry Eugene Carlton）</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1948年3月2日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・カリフォルニア州トーランス</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>ギター（ギブソンES-335ほか）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1960年代後半〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2><span id="toc2">経歴</span></h2>
<h3><span id="toc3">ジャズとの出会い（1948年〜1960年代）</span></h3>
<p>1948年、カリフォルニア州トーランスに生まれたカールトンは、6歳でギターのレッスンを始め、1962年、14歳のときに初めてプロとして演奏しています。高校時代はサーフロックバンドで活動していましたが、ラジオで聴いた<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/joe-pass/">ジョー・パス</a>をきっかけにジャズへ傾倒。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/barney-kessel/">バーニー・ケッセル</a>、ウェス・モンゴメリー、B.B.キング、さらにジョン・コルトレーンの『Ballads』（1963年）から強い影響を受けました。1968年には初リーダー作『With a Little Help from My Friends』を録音しています。</p>
<h3><span id="toc4">クルセイダーズ加入とセッションの黄金期（1970年代）</span></h3>
<p>1971年、ジャズファンクの人気グループ、ザ・クルセイダーズに加入。1976年までの在籍中に13枚のアルバムに参加し、トレードマークとなるボリュームペダル奏法を確立しました。並行してロサンゼルスで最も多忙なセッションギタリストの一人となり、スティーリー・ダン『The Royal Scam』（1976年）や『Aja』（1977年）、ジョニ・ミッチェル『Court and Spark』（1974年）など数多くの名盤に参加。『The Royal Scam』収録の「Kid Charlemagne」でのソロは、ローリング・ストーン誌の「100 Greatest Guitar Songs」で80位に選ばれています。</p>
<h3><span id="toc5">ソロデビューとグラミー受賞（1978年〜1987年）</span></h3>
<p>クルセイダーズを離れたカールトンは、ワーナー・ブラザースとソロ契約を結び、1978年に代表作『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』を発表しました。愛器にちなんで名付けた自宅スタジオ「Room 335」で録音され、同名の冒頭曲はフュージョンギターの代名詞的な曲になります。マイク・ポストと共演した「Theme from Hill Street Blues」で1981年度のグラミー賞を初受賞。1986年にMCAへ移籍し、『Alone / But Never Alone』（1986年）などを発表したのち、「Minute by Minute」で2度目のグラミー賞（1987年度）を獲得しました。</p>
<h3><span id="toc6">銃撃事件からの復帰と日本との縁（1988年〜現在）</span></h3>
<p>1988年4月、自宅スタジオ前で何者かに首を撃たれ、左腕が一時麻痺する重傷を負いました。約7〜8か月でギターを再び弾けるまでに回復し、翌1989年にはグラミーノミネート作『On Solid Ground』を発表（本格的なステージ復帰には約2年を要しています）。この事件を機に、銃犯罪の被害者を支援する非営利団体「Helping Innocent People（HIP）」も設立しました。1990年代後半には<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/">リー・リトナー</a>の後任として人気ユニット、フォープレイに加入。2001年発表のスティーヴ・ルカサーとの『No Substitutions: Live in Osaka』で2002年に、B&#8217;zの松本孝弘との共作『Take Your Pick』（2010年）で2011年に、それぞれグラミー賞を受賞するなど、日本との縁の深さでも知られています。</p>
<h2><span id="toc7">音楽的特徴</span></h2>
<h3><span id="toc8">「泣き」の甘いトーンと歌うフレージング</span></h3>
<p>カールトンのサウンドの核は、セミアコースティックギター（中空構造を持つエレキギター）のES-335から生まれる甘くウォームなトーンです。ブルース由来のベンド（弦を押し上げて音程を変える奏法）の表現力と、コードトーンを的確に捉えるジャズの語彙を融合したスタイルは「ジャズとロック/ブルースの中間」と評され、後のフュージョンギターの雛形となりました。</p>
<h3><span id="toc9">ボリュームペダル奏法</span></h3>
<p>クルセイダーズ在籍期に確立したのが、ボリュームペダルで音量の立ち上がりを操る奏法です。ピッキングのアタック（弾き始めの音）を消すことで、バイオリンやペダルスチールのように滑らかに音が立ち上がります。ジョニ・ミッチェルはカールトンのプレイを「フライフィッシング（毛針釣り）のよう」と評しました。</p>
<h3><span id="toc10">セッションで磨かれた伴奏力と構成力</span></h3>
<p>多忙なスタジオワークで培われた、曲を壊さずに一発で決める即興アレンジ力も大きな特徴です。コードワークやオブリガート（歌の合間を埋める短いフレーズ）の引き出しが豊富で、「Kid Charlemagne」のソロに代表される、起承転結の明確なソロ作りにも定評があります。</p>
<h2><span id="toc11">おすすめアルバム</span></h2>
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<h3><span id="toc12">『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』（1978年）</span></h3>
<p>1978年発表のソロ名義の代表作で、レーベルはWarner Bros.です。自宅スタジオ「Room 335」とハリウッドのWestern Recordersで録音され、プロデュースはカールトン本人。エイブラハム・ラボリエル（ベース）、ジェフ・ポーカロ（ドラム）、グレッグ・マティソン（キーボード）、ポーリニョ・ダ・コスタ（パーカッション）らが参加しています。冒頭の「Room 335」はフュージョンギター史に残る名曲で、明るいコード進行の上を歌い切るソロは教則の定番。レイドバックした「Nite Crawler」のグルーヴや、TOTOのドラマーとしても知られるポーカロと名手ラボリエルによる鉄壁のリズム隊も聴きどころで、70年代後半の日本のフュージョンブームを象徴する一枚です。</p>
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</div>
<p>このほかでは、アコースティックギター中心の異色作『Alone / But Never Alone』（1986年）が、メロディメーカーとしての実力を伝える一枚としておすすめです。同年のライブ盤『Last Nite』（1986年）はエレクトリックの「泣き」を全開で堪能できるグラミーノミネート作。スティーヴ・ルカサーと共演した『No Substitutions: Live in Osaka』（2001年）は大阪でのライブを収めたグラミー受賞作で、ロック寄りの熱いカールトンが聴けます。</p>
<h2><span id="toc13">使用機材</span></h2>
<p>メインギターは、長年愛用するギブソンES-335です。1969年製とされますが、資料によっては1968年製との記述もあります。この愛器から「Mr. 335」の愛称が生まれ、ギブソンからはシグネチャーモデルも発売されました。2020年からはSire Guitarsの「Larry Carlton」シグネチャーラインを監修・使用していることでも知られ、ほかに1951年製テレキャスターや1964年製ストラトキャスターなども所有しています。</p>
<p>アンプは、スティーリー・ダンをはじめとするスタジオワーク期には1950年代のツイード期フェンダー・デラックス（1958年製とされます）を愛用し、「Kid Charlemagne」のソロもES-335とこの小型アンプの組み合わせで録音したと本人が語っています。その後は手工アンプの名機ダンブル（Dumble Overdrive Special）を長年メインに使用し、後年はBludotoneを使用。いずれも甘く伸びやかなトーンを支える機材です。</p>
<h2><span id="toc14">影響・評価</span></h2>
<p>カールトンは、ウェス・モンゴメリー以降のジャズギターをロックやブルース、R&#038;Bと接続した「フュージョンギターの完成者の一人」と位置づけられています。同時代のリー・リトナーと並び、1970年代のLAスタジオシーンの頂点とされる存在です。ES-335とチューブアンプによる甘く歌うトーンは後続のジャズ/ブルース系ギタリストの一つの理想形となり、松原正樹・今剛といった日本のフュージョン勢から、共演をグラミー受賞に結実させた松本孝弘まで、その影響は広範囲に及びます。「Room 335」がギター教育の定番曲として今も弾き継がれている点も、その評価を裏付けています。</p>
<h2><span id="toc15">まとめ</span></h2>
<p>ラリー・カールトンは、甘く歌うトーンと確かなジャズの語彙で、フュージョンギターの型を作ったギタリストです。セッションマンとしても「Kid Charlemagne」をはじめ数々の名演を残し、グラミー賞4回受賞・19ノミネートという実績がその実力を物語ります。松本孝弘との共演グラミー受賞など、日本のギターファンにとって身近な存在でもあります。まずは代表作『Larry Carlton（邦題: 夜の彷徨）』（1978年）を手に取り、「Room 335」の歌うようなソロから体験してみてください。</p>
<h2><span id="toc16">関連記事</span></h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/george-benson/">ジョージ・ベンソンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/">マイク・スターンとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/lee-ritenour/">リー・リトナーとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>マイク・スターンとは？ジャズとロックを融合したフュージョン・ギターの代表格</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 05:14:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[マイク・スターン]]></category>
		<category><![CDATA[マイルス・デイヴィス]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
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					<description><![CDATA[マイルス・デイヴィスのバンドで注目を集め、ジャズとロックを融合した独自のスタイルを確立したマイク・スターン。経歴や代名詞のコーラス・サウンド、名盤『Upside Downside』、使用機材までジャズギターファン向けに解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>マイク・スターン（Mike Stern）は、1953年生まれのアメリカのジャズギタリストです。1981年に復帰直後のマイルス・デイヴィスのバンドに抜擢されて注目を集め、その後はソロ・アーティストとしてグラミー賞に6回ノミネートされるなど、フュージョン〜コンテンポラリー・ジャズの第一線で活躍を続けています。最大の魅力は、ビバップ仕込みのジャズの語彙と、ロック直系の歪んだサウンドを自然に融合させたスタイルです。影響源には、ジミ・ヘンドリックスらロック勢に加え、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/jim-hall/">ジム・ホール</a>や<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェス・モンゴメリーも挙げており、まさに二つの世界を結ぶ存在です。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-5" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-5">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">基本プロフィール</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">経歴</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">バークリーからブラッド・スウェット&amp;ティアーズへ（1953〜1970年代）</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">マイルス・デイヴィス・バンドへの抜擢（1981〜1985年）</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">ソロ・アーティストとしての確立（1986〜1990年代）</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">大事故からの復帰、そして現在（2000年代〜）</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">音楽的特徴</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">ジャズの語彙とロックのエネルギーの融合</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">一聴でわかるコーラス・サウンド</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">ホーンライクなロング・フレージング</a></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">おすすめアルバム</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">『Upside Downside』（1986年）</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">使用機材</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">影響・評価</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">まとめ</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">関連記事</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">基本プロフィール</span></h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>マイケル・セジウィック（Michael Sedgwick）。継父の姓「スターン」を名乗る</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1953年1月10日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・マサチューセッツ州ボストン生まれ、ワシントンD.C.育ち</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリック・ギター（テレキャスター・タイプ）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1970年代半ば〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2><span id="toc2">経歴</span></h2>
<h3><span id="toc3">バークリーからブラッド・スウェット&amp;ティアーズへ（1953〜1970年代）</span></h3>
<p>1953年にボストンで生まれたスターンは、12歳頃にギターを始めました。最初に夢中になったのはB.B.キング、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスといったブルース／ロック系のギタリストです。1970年代前半にバークリー音楽大学でジャズを学び、1970年代半ばから約2年間、ブラス・ロックバンドのブラッド・スウェット&amp;ティアーズに在籍。『More Than Ever』（1976年）、『Brand New Day』（1977年）に参加してプロとしての経験を積み、1979年にはドラマーのビリー・コブハムのフュージョン・バンドに参加しています。</p>
<h3><span id="toc4">マイルス・デイヴィス・バンドへの抜擢（1981〜1985年）</span></h3>
<p>転機は1981年です。長い沈黙から復帰したマイルス・デイヴィスのバンドにギタリストとして抜擢され、『The Man with the Horn』（1981年）、ライヴ盤『We Want Miles』（1982年）、『Star People』（1983年）に参加しました。ロック的な音量と歪みをジャズに持ち込んだプレイは賛否を呼びつつも、スターンの名を世界に知らしめます。1983〜84年にはジャコ・パストリアスのバンド「ワード・オブ・マウス」でツアーを行い、1985年にはマイルスのバンドに一時復帰しました。一方でこの時期は酒とドラッグの問題を抱えており、マイケル・ブレッカーらの支えでリハビリを経て回復しています。</p>
<h3><span id="toc5">ソロ・アーティストとしての確立（1986〜1990年代）</span></h3>
<p>1983年に日本企画盤『Neesh』で初リーダー作を発表していましたが、本格的なソロ活動の出発点となったのは1986年、アトランティックからの『Upside Downside』です。以後『Time in Place』（1988年）、『Jigsaw』（1989年）と作品を重ね、サックス奏者ボブ・バーグとの双頭バンドでも活動しました。1992年にはブレッカー・ブラザーズの再結成アルバム『Return of the Brecker Brothers』に参加。『Standards (and Other Songs)』の評価により、1993年にはGuitar Player誌のベスト・ジャズ・ギタリストに選ばれています。さらに『Is What It Is』（1994年）、『Between the Lines』（1996年）は相次いでグラミー賞にノミネートされました。</p>
<h3><span id="toc6">大事故からの復帰、そして現在（2000年代〜）</span></h3>
<p>2000年代以降も『These Times』（2004年）、『Who Let the Cats Out?』（2006年）、『Big Neighborhood』（2009年）などを発表し、2014年にはロック系ギタリストのエリック・ジョンソンとの共演盤『Eclectic』も話題になりました。2016年7月、ニューヨークの路上で工事資材につまずいて転倒し、両腕を骨折。右手に神経障害が残る大けがを負いますが、ピックを指に接着剤で固定する奏法を編み出して復帰します。2017年に復帰作『Trip』を発表し、2024年の最新作『Echoes and Other Songs』まで、現在も第一線で活動を続けています。</p>
<h2><span id="toc7">音楽的特徴</span></h2>
<h3><span id="toc8">ジャズの語彙とロックのエネルギーの融合</span></h3>
<p>スターンの最大の特徴は、ビバップ（1940年代に確立した、高度なアドリブを中心とするジャズのスタイル）由来の洗練されたハーモニー感覚と、ロック／ブルース仕込みの歪んだ音色や激しいチョーキング（弦を押し上げて音程を変えるテクニック）の組み合わせです。しばしば「ジム・ホールとジミ・ヘンドリックスの融合」と形容され、本人もヘンドリックス、ウェス・モンゴメリー、ジム・ホール、アルバート・キングらを影響源に挙げています。</p>
<h3><span id="toc9">一聴でわかるコーラス・サウンド</span></h3>
<p>クリーントーンにコーラス（音を細かく揺らして厚みを出すエフェクト）を深くかけた、揺らぎのある太い音色はスターンの代名詞です。Yamaha SPX-90でステレオに分岐させたこのサウンドは、一聴して彼だと分かるトレードマークになっています。</p>
<h3><span id="toc10">ホーンライクなロング・フレージング</span></h3>
<p>マイケル・ブレッカーやボブ・バーグといったサックス奏者との共演で磨かれた、8分音符主体で滑らかに歌い続ける長いフレーズも特徴です。管楽器のように息の長いラインをロックの推進力で押し切っていくスタイルは、多くのギタリストの手本になっています。</p>
<h2><span id="toc11">おすすめアルバム</span></h2>
<p>※以下に楽天市場のアフィリエイトリンク（PR）を含みます。</p>
<h3><span id="toc12">『Upside Downside』（1986年）</span></h3>
<p>通算2作目ながら、アトランティックからの実質的なメジャー・デビュー作であり、ソロ・アーティスト「マイク・スターン」の出発点となった1枚です。1986年3〜4月にニューヨークのRPM Sound Studiosで録音され、プロデュースはギタリストとしても著名なハイラム・ブロックが担当。ジャコ・パストリアス（ベース）、デヴィッド・サンボーン（アルトサックス）、ボブ・バーグ（テナーサックス）、デイヴ・ウェックル（ドラム）ら、マイルス〜ジャコ人脈の豪華メンバーが参加しています。全6曲すべてがスターンのオリジナルで、ジャコのベースが躍動する「Mood Swings」、サンボーンのアルトが歌うバラード「Goodbye Again」、疾走するタイトル曲と聴きどころが続き、コーラスの効いたクリーントーンと歪んだロックなソロというスターンの二面性が、この時点ですでに完成しています。</p>
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</div>
<p>このほかでは、ピーター・アースキンらと録音し作曲家としての成熟が聴ける『Time in Place』（1988年）、スタンダード曲に正面から取り組みGuitar Player誌ベスト・ジャズ・ギタリスト選出のきっかけとなった『Standards (and Other Songs)』（1992年。発表年を1993年とする資料もあります）、両腕骨折の大事故からの復帰作でランディ・ブレッカーやデニス・チェンバースらが参加した『Trip』（2017年）の3枚がおすすめです。</p>
<h2><span id="toc13">使用機材</span></h2>
<p>スターンといえばテレキャスター・タイプのソリッドギターです。キャリア初期の愛器は1950〜60年代のパーツを組み合わせたFenderテレキャスターでしたが、強盗被害で失われ、その後は製作家（ルシアー）マイケル・アロンソンがそのテレキャスターをもとに製作したカスタム・ギターを長年使用しました。1990年代半ばにヤマハと契約してからの代名詞は、このカスタム機を原型とするシグネチャーモデル「Pacifica 1511MS」で、後年には仕様の異なる「PAC1611MS」も登場しています。</p>
<p>アンプはFender Twin Reverb（&#8217;65リイシュー）2台によるステレオ運用が定番です。エフェクターは、コーラスとステレオ分岐の要となるYamaha SPX-90、Boss DD-3デジタル・ディレイ2台などが知られ、歪みには長らくBoss DS-1を愛用。近年のペダルボードにはBoss SD-1やBD-2W（技 WAZA CRAFT）といったオーバードライブも並んでいます。</p>
<h2><span id="toc14">影響・評価</span></h2>
<p>スターンは、1970年代のフュージョンと現代ジャズを橋渡しする存在として位置づけられています。マイルス・デイヴィス復帰バンドのギタリストとして、ロック的な音量と歪みをジャズの文脈に持ち込んだ象徴的プレイヤーの一人であり、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/">ジョン・スコフィールド</a>やパット・メセニーらと並ぶ同世代の代表的ジャズギタリストに数えられます。グラミー賞ノミネート6回、DownBeat誌「歴代の偉大なギタリスト75人」（2009年）選出、モントリオール・ジャズ・フェスティバルでのマイルス・デイヴィス賞受賞（2007年）といった客観的な評価に加え、ロック畑のギタリストがジャズへ接近する際の入口として機能してきた点も重要です。事故後も奏法を再構築して第一線に立ち続ける姿勢は、内外の音楽誌で高く評価されています。</p>
<h2><span id="toc15">まとめ</span></h2>
<p>マイク・スターンは、ジャズの知性とロックの熱量を一本のギターで両立させた、フュージョン以降のジャズギターを代表するギタリストです。マイルス・デイヴィスのバンドでの活躍からソロでの数々の名盤、そして事故を乗り越えた近年の活動まで、40年以上にわたり第一線を走り続けています。まず聴くなら、そのスタイルの原点であり完成形でもある『Upside Downside』（1986年）がおすすめです。コーラスの効いたクリーントーンと歪んだソロの対比を、ぜひ体感してみてください。</p>
<h2><span id="toc16">関連記事</span></h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-metheny/">パット・メセニーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-martino/">パット・マルティーノとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/">ジョン・スコフィールドとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/feed/</wfw:commentRss>
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			</item>
		<item>
		<title>ジョン・スコフィールドとは？ジャズとファンクを融合した現代ジャズギターの巨匠</title>
		<link>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/</link>
					<comments>https://jazzguitarroundmidnight.com/john-scofield/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenchiba]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 05:13:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミュージシャン紹介]]></category>
		<category><![CDATA[ジャズギター]]></category>
		<category><![CDATA[ジョン・スコフィールド]]></category>
		<category><![CDATA[フュージョン]]></category>
		<category><![CDATA[マイルス・デイヴィス]]></category>
		<category><![CDATA[名盤]]></category>
		<category><![CDATA[現代ジャズ]]></category>
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					<description><![CDATA[マイルス・デイヴィスのバンドで名を上げ、ビバップとファンクを融合した唯一無二のトーンで知られるジョン・スコフィールド。経歴・音楽的特徴・おすすめアルバム・使用機材まで、現代ジャズギターの巨匠を徹底解説します。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>ジョン・スコフィールド（John Scofield）は、1951年生まれのアメリカのジャズギタリストです。マイルス・デイヴィスのバンドで世界的な知名度を得て、ビバップ（1940年代に生まれたモダンジャズの即興スタイル）の語彙とブルースやファンクのグルーヴを融合した独自のプレイで知られています。<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a>で紹介したウェスが1960年代のジャズギターを象徴する存在だとすれば、スコフィールドは1980年代以降のエレクトリック・ジャズを牽引してきた存在といえるでしょう。グラミー賞を3回受賞し、70代の現在も第一線で活動を続けています。</p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">基本プロフィール</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">経歴</a><ol><li><a href="#toc3" tabindex="0">バークリーからプロの世界へ（1951〜1977年）</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">リーダー活動の開始とマイルス・バンド（1977〜1985年）</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">ファンクと正統派ジャズの二刀流（1984〜1997年）</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">『A Go Go』以降の越境と現在（1998年〜）</a></li></ol></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">音楽的特徴</a><ol><li><a href="#toc8" tabindex="0">ビバップの語彙×ブルース／ファンクのグルーヴ</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">1音でわかる「歌う」セミアコトーン</a></li><li><a href="#toc10" tabindex="0">バンドで踊らせるグルーヴ志向</a></li></ol></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">おすすめアルバム</a><ol><li><a href="#toc12" tabindex="0">『A Go Go』（1998年、Verve）</a></li></ol></li><li><a href="#toc13" tabindex="0">使用機材</a></li><li><a href="#toc14" tabindex="0">影響・評価</a></li><li><a href="#toc15" tabindex="0">まとめ</a></li><li><a href="#toc16" tabindex="0">関連記事</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2><span id="toc1">基本プロフィール</span></h2>
<table>
<thead>
<tr>
<th>項目</th>
<th>内容</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>本名</td>
<td>ジョン・スコフィールド（John Scofield）。愛称は「スコ（Sco）」</td>
</tr>
<tr>
<td>生没年</td>
<td>1951年12月26日生まれ（存命）</td>
</tr>
<tr>
<td>出身</td>
<td>アメリカ・オハイオ州デイトン生まれ、コネチカット州ウィルトン育ち</td>
</tr>
<tr>
<td>楽器</td>
<td>エレクトリックギター（メインはセミアコのIbanez AS200）</td>
</tr>
<tr>
<td>主な活動期</td>
<td>1974年頃〜現在</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2><span id="toc2">経歴</span></h2>
<h3><span id="toc3">バークリーからプロの世界へ（1951〜1977年）</span></h3>
<p>1951年にオハイオ州デイトンで生まれ、コネチカット州ウィルトンで育ちました。11歳の頃にロックやブルースに影響を受けてギターを始め、1970〜73年にバークリー音楽大学で学びます。1974年、ジェリー・マリガンとチェット・ベイカーのカーネギー・ホール公演のライブ録音に参加し、実質的なレコードデビューを果たしました。1975〜77年頃にはビリー・コブハムとジョージ・デュークのフュージョンバンドに約2年間在籍。さらにチャールズ・ミンガスのアルバム『Three or Four Shades of Blues』（1977年）の録音にも参加し、同時期にパット・メセニーの後任としてゲイリー・バートンのカルテットに加わっています。</p>
<h3><span id="toc4">リーダー活動の開始とマイルス・バンド（1977〜1985年）</span></h3>
<p>1977年には初のリーダー作を発表し、1978年頃からバンドリーダーとして国際的な活動を始めます。1979年にはスティーヴ・スワロウ（ベース）、アダム・ナスバウム（ドラム）とトリオを結成しました。そして最大の転機となったのが、1982年から約3年半に及ぶマイルス・デイヴィスのバンドへの在籍です。『Star People』『Decoy』『You&#8217;re Under Arrest』の3作に演奏と作曲の両面で貢献し、世界的な知名度を獲得しました。</p>
<h3><span id="toc5">ファンクと正統派ジャズの二刀流（1984〜1997年）</span></h3>
<p>マイルス在籍中から『Electric Outlet』（1984年）、『Still Warm』（1985年）を発表し、その後はデニス・チェンバース（ドラム）らとのバンドで『Blue Matter』（1987年）、『Loud Jazz』（1988年）などファンク色の強い作品を連発します。1990年代に入るとブルーノートから『Time on My Hands』（1990年）、『Hand Jive』（1994年）、『Groove Elation』（1995年）などを発表し、ストレートアヘッドなジャズギタリストとしての評価も確立しました。</p>
<h3><span id="toc6">『A Go Go』以降の越境と現在（1998年〜）</span></h3>
<p>1998年、メデスキ・マーティン&amp;ウッド（MMW）と共演した『A Go Go』（Verve）を発表。ジャムバンド世代のリスナーを獲得する大ヒットとなり、キャリア後半の方向性を決定づけました。その後も『Überjam』（2002年）でドラムンベースの要素を導入するなど実験を続け、『Past Present』（2015年）で2016年グラミー賞最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバムを受賞、『Country for Old Men』（2016年）では2017年に同部門と最優秀即興ジャズソロの2冠に輝きます。2020年からはECMレーベルに移り、『Swallow Tales』（2020年）、初のソロギター作『John Scofield』（2022年）、トリオによる2枚組『Uncle John&#8217;s Band』（2023年）を発表。ニューヨーク大学で教鞭を執ってきた教育者の顔も持ちながら、70代の現在も精力的にツアーを続ける現役プレイヤーです。</p>
<h2><span id="toc7">音楽的特徴</span></h2>
<h3><span id="toc8">ビバップの語彙×ブルース／ファンクのグルーヴ</span></h3>
<p>スコフィールドの最大の個性は、ジャズの高度なハーモニー感覚を、ブルースやファンク由来の粘っこいタイム感で弾くことです。コードトーンの外側を這うようなクロマチック（半音階的）なアウトフレーズを多用しながらも難解に聞こえないのは、土台に身体的なグルーヴがあるからです。彼の音楽はしばしば「ジャズ、フュージョン、ファンク、ブルース、ソウル、ロックのブレンド」と要約されます。</p>
<h3><span id="toc9">1音でわかる「歌う」セミアコトーン</span></h3>
<p>セミアコースティックギター（空洞のボディ中央にブロック材を持つタイプ）に軽いディストーションを薄くかけた、太くエッジのあるトーンも代名詞です。ベンドやビブラート、スライドを多用したボーカルのようなフレージングと相まって、「1音でスコフィールドと分かる」といわれる音色を生み出しています。</p>
<h3><span id="toc10">バンドで踊らせるグルーヴ志向</span></h3>
<p>『A Go Go』以降は、リフとグルーヴを軸にした曲作りが顕著です。ソロ偏重ではなく「バンド全体で踊らせる」発想は、MMWやガヴァメント・ミュールらジャムバンド勢との越境コラボにもつながり、1990年代末以降のジャズとジャムシーンの接近を象徴する存在となりました。</p>
<h2><span id="toc11">おすすめアルバム</span></h2>
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<h3><span id="toc12">『A Go Go』（1998年、Verve）</span></h3>
<p>まず1枚選ぶならこれです。1998年にVerveから発売され、ニューヨークのAvatar Studioなどで録音されました。共演はジョン・メデスキ（キーボード）、クリス・ウッド（ベース）、ビリー・マーティン（ドラム）＝メデスキ・マーティン&amp;ウッド（MMW）で、彼らとの初共演盤にあたります。全曲がスコフィールドのオリジナルで、表題曲 &#8220;A Go Go&#8221; や &#8220;Chank&#8221;、&#8221;Southern Pacific&#8221; など、MMWのルーズで実験的なグルーヴの上を歪んだセミアコが自由に泳ぐ快感は、まさにジャズファンクの決定盤です。難解さがなく、ジャズ入門者にもファンク好きにも勧めやすい「入口」の1枚です。</p>
<div class="album-affiliate" style="display:flex;align-items:center;gap:16px;margin:12px 0 24px;padding:12px;border:1px solid #e5e5e5;border-radius:8px;max-width:520px;">
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<p>他のおすすめとしては、まず『Still Warm』（1985年）。マイルス・バンド離脱直後の代表作で、80年代フュージョン期のスコ・トーンの完成形といえる1枚です。『Time on My Hands』（1990年）はジョー・ロヴァーノ、チャーリー・ヘイデン、ジャック・ディジョネットとの正統派カルテット作で、ジャズ側の代表作です。近作では『Uncle John&#8217;s Band』（2023年）が、自作曲に加えボブ・ディランやグレイトフル・デッドの曲までを消化する、70代の現在地を示す充実のトリオ2枚組です。</p>
<h2><span id="toc13">使用機材</span></h2>
<p>メインギターは、1981年製のセミアコースティックギターIbanez AS200です。1982年頃のツアー中にIbanezから提供されて以来、40年以上にわたって使い続けているとされ、同社からはシグネチャーモデルのJSMシリーズも発売されています。アンプはVox AC30（リイシューのAC30TBを好むとされます）とMesa/Boogie Mark Iリイシューが軸とされ、歪みの核になっているのがディストーションペダルのPro Co RATです。セミアコ＋AC30＋RATという意外にシンプルな組み合わせが、あの唯一無二のトーンの土台とされています。</p>
<p>ただし機材は時期により変動があるため、上記はあくまで代表的な組み合わせと考えてください。近年の取材では、ルーパーやフィルター系エフェクトを加えた実験的なセットアップも紹介されています。</p>
<h2><span id="toc14">影響・評価</span></h2>
<p>スコフィールドは、パット・メセニー、<a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/bill-frisell/">ビル・フリゼール</a>と並んで「現代ジャズギター三大巨頭」と称されることの多いギタリストです（通説としてよく引用される言い回しです）。マイルス・デイヴィス門下の「卒業生」として1980年代以降のエレクトリック・ジャズを牽引し、ビバップの知性とブルース／ファンクの身体性を等価に扱うスタイルは、後続のジャズ〜フュージョン系ギタリストに広く影響を与えました。ジョン・メイヤーなど他ジャンルのギタリストからも敬愛されています。また『A Go Go』以降のMMW、フィル・レッシュ、ガヴァメント・ミュールらとの協働により、ジャズとジャムバンド・シーンの橋渡し役を果たした点も歴史的な功績です。グラミー賞3回受賞、フランス芸術文化勲章（2010年）など制度的な評価も確立しています。</p>
<h2><span id="toc15">まとめ</span></h2>
<p>ジョン・スコフィールドは、ジャズの知性とファンクの身体性を1本のセミアコで両立させてきた、現代ジャズギターを代表するギタリストです。マイルス・バンドからジャムバンドシーンまで、時代ごとに活動の場を広げながら、常に「1音でわかる」個性を保ち続けてきました。まず聴くなら、MMWとの共演でジャズファンクの決定盤となった『A Go Go』（1998年）がおすすめです。そこから80年代の『Still Warm』、90年代の『Time on My Hands』、最新のECM期へと聴き進めれば、キャリアの全体像がつかめるはずです。</p>
<h2><span id="toc16">関連記事</span></h2>
<ul>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/pat-metheny/">パット・メセニーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/kurt-rosenwinkel/">カート・ローゼンウィンケルとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/wes-montgomery-jazz-guitar/">ウェス・モンゴメリーとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/bill-frisell/">ビル・フリゼールとは？（人物紹介記事）</a></li>
<li><a href="https://jazzguitarroundmidnight.com/mike-stern/">マイク・スターンとは？（人物紹介記事）</a></li>
</ul>
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