ビル・フリゼール(Bill Frisell)『Have a Little Faith』徹底解説|コープランドからマドンナまで、アメリカ音楽をギターで歌い直した転換点

ビル・フリゼール Have a Little Faith 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

クラシックのバレエ音楽、シカゴ・ブルース、ボブ・ディラン、そしてマドンナ。普通なら同じ棚に並ばない曲たちが、一本のギターを軸に一枚のアルバムとして違和感なく鳴っている——それがビル・フリゼールの『Have a Little Faith』(1992年録音・1993年発表)です。全18曲すべてが他人の曲、いわばカバー集でありながら、聴き終えたときに残るのは紛れもなくフリゼール自身の音楽。ジャズギターの「歌わせ方」と「選曲の思想」の両方で、後のシーンに大きな影響を残したとされる一枚です。

フリゼールというギタリストの歩みそのものについては、ビル・フリゼールとは?(人物紹介記事)で詳しく紹介しています。本作は彼が「アメリカ音楽の語り部」へと踏み出した転換点にあたる重要作です。

  1. アルバム基本情報
  2. どんなアルバム?
  3. 参加メンバー
  4. 全曲解説
    1. 1. The Open Prairie(作曲:アーロン・コープランド)
    2. 2. Street Scene in a Frontier Town(作曲:アーロン・コープランド)
    3. 3. Mexican Dance and Finale(作曲:アーロン・コープランド)
    4. 4. Prairie Night (Card Game at Night) / Gun Battle(作曲:アーロン・コープランド)
    5. 5. Celebration After Billy’s Capture(作曲:アーロン・コープランド)
    6. 6. Billy in Prison(作曲:アーロン・コープランド)
    7. 7. The Open Prairie Again(作曲:アーロン・コープランド)
    8. 8. The Saint-Gaudens in Boston Common: Excerpt 1(作曲:チャールズ・アイヴズ)
    9. 9. Just Like a Woman(作曲:ボブ・ディラン)
    10. 10. I Can’t Be Satisfied(作曲:マッキンリー・モーガンフィールド)
    11. 11. Live to Tell(作曲:パトリック・レナード、マドンナ)
    12. 12. The Saint-Gaudens in Boston Common: Excerpt 2(作曲:チャールズ・アイヴズ)
    13. 13. No Moe(作曲:ソニー・ロリンズ)
    14. 14. Washington Post March(作曲:ジョン・フィリップ・スーザ)
    15. 15. When I Fall in Love(作曲:ヴィクター・ヤング/作詞:エドワード・ヘイマン)
    16. 16. Little Jenny Dow(作曲:スティーヴン・フォスター)
    17. 17. Have a Little Faith in Me(作曲:ジョン・ハイアット)
    18. 18. Billy Boy(トラディショナル)
  5. 聴きどころ・なぜ名盤なのか
  6. こんな人におすすめ
  7. まとめ
  8. 関連記事

アルバム基本情報

項目 内容
発売 1993年
レーベル Elektra Nonesuch(エレクトラ・ノンサッチ)
録音日 1992年3月
録音場所 RPMスタジオ(ニューヨーク)
プロデューサー ウェイン・ホーヴィッツ(Wayne Horvitz)

編成はギター、クラリネット、アコーディオン、ベース、ドラムスという、ジャズとしてはかなり珍しい変則クインテット(5人編成)です。

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※『Have a Little Faith』の新品CDは現在楽天市場で見つかりにくいため、リンクでは同アーティストの『ECM Legend Best Selection(ECM レジェンド・ベスト・セレクション)』を紹介しています。

どんなアルバム?

『Have a Little Faith』は、フリゼールのリーダー作としては通算7作目(共同名義作を除く)、Elektra Nonesuchでは4作目にあたります。1992年3月、ニューヨークのRPMスタジオで録音されました。プロデュースを務めたのは、1980年代からニューヨークのダウンタウン・シーン(ジョン・ゾーン周辺の前衛的な音楽コミュニティ)で活動を共にしてきた鍵盤奏者ウェイン・ホーヴィッツです。

本作の核にあるのは、「自分にインスピレーションを与えてきたアメリカの作曲家たちへのトリビュート」というコンセプト。アーロン・コープランド、チャールズ・アイヴズ、スーザ、フォスターといったアメリカ・クラシック/古謡の系譜と、マディ・ウォーターズ、ディラン、マドンナ、ジョン・ハイアット、ソニー・ロリンズといったポピュラー/ジャズの系譜を、一枚の中に分け隔てなく同居させました。タイトルは終盤に置かれたジョン・ハイアットの「Have a Little Faith in Me」に由来します。

当時のフリゼールは、ECMレーベル出身の「音響派ギタリスト」からNonesuchの看板アーティストへと歩みを進めていた時期。前作『Where in the World?』(1991年)に続く本作でアメリカ音楽の伝統と正面から向き合い、その手応えは姉妹編とも評されるオリジナル曲集『This Land』(1994年)へ受け継がれます。『Nashville』(1997年)などで本格化するアメリカーナ路線(カントリーなどアメリカのルーツ音楽への接近)の出発点も本作だとされています。

なお、フィジカルCDは長らく廃盤で(公式サイトにも「out of print」と記載)、現在は配信で聴くのが確実です。

参加メンバー

当時のレギュラー・トリオを土台に、ダウンタウン・シーンの盟友2人を加えた5人編成です。ギター+クラリネット+アコーディオンという不思議な響きの組み合わせが、本作の「古き良きアメリカ」の空気感を決定づけています。

  • ビル・フリゼール(ギター) … 本作の主役。クリーンな美音から軋むディストーションまでを自在に操ります
  • ドン・バイロン(クラリネット、バスクラリネット) … ダウンタウン・シーンを代表するクラリネット奏者。室内楽的な色彩の要
  • ガイ・クルセヴェック(Guy Klucevsek/アコーディオン) … 同シーンで活躍するアコーディオン奏者。カナ表記には揺れがあります
  • カーミット・ドリスコル(ベース) … 当時のフリゼール・トリオを支えたレギュラー・ベーシスト
  • ジョーイ・バロン(ドラムス) … 同トリオのドラマー。ドリスコルと息の合ったリズム隊で全編を支えます

全曲解説

オリジナル盤の曲順どおり、全18曲を一曲ずつ見ていきましょう。

1. The Open Prairie(作曲:アーロン・コープランド)

冒頭から7曲続くのが、コープランドのバレエ音楽《ビリー・ザ・キッド》からの連作です。幕開けの本曲は「開けた大平原」の情景。オーケストラ作品を小編成に翻案し、広々とした空気感を静かに立ち上げます。

2. Street Scene in a Frontier Town(作曲:アーロン・コープランド)

西部開拓時代の町の情景を描いた場面。場面転換の多いバレエ音楽を、小編成ならではの小回りの良さで生き生きと描き分けます。

3. Mexican Dance and Finale(作曲:アーロン・コープランド)

メキシコ風の舞曲。アコーディオンとクラリネットの絡みが土の匂いを運び、この編成を選んだ意味が伝わるトラックです。

4. Prairie Night (Card Game at Night) / Gun Battle(作曲:アーロン・コープランド)

夜のカードゲームの静けさから一転、銃撃戦へ。原曲の混沌をフリー・インプロヴィゼーション(決めごとを最小限にした自由な集団即興)的なカオスにまで拡大し、その上をコープランドのメロディが漂う、と評される組曲中の山場です。

5. Celebration After Billy’s Capture(作曲:アーロン・コープランド)

無法者ビリー・ザ・キッド捕縛後の祝祭の場面。バンドはユーモアを滲ませながら演じます。

6. Billy in Prison(作曲:アーロン・コープランド)

獄中のビリーを描く静かな場面。音数を絞った演奏が物語の陰影を引き受けます。

7. The Open Prairie Again(作曲:アーロン・コープランド)

冒頭の大平原の主題が戻り、7曲の連作が幕を閉じます。風景だけが残る、映画のような幕切れです。

8. The Saint-Gaudens in Boston Common: Excerpt 1(作曲:チャールズ・アイヴズ)

アイヴズの管弦楽曲《ニューイングランドの3つの場所》第1曲「ボストン・コモンのセント・ゴーデンズ」からの抜粋で、中間部に置かれた短い間奏曲の1つ目。複数の音楽を重ね合わせるアイヴズの書法と、フリゼールの音響感覚の相性の良さが光ります。

9. Just Like a Woman(作曲:ボブ・ディラン)

ディランの名曲をリリカルに歌わせるスロー・ナンバー。フリゼールのメロディ奏者としての側面が際立つ演奏です。

10. I Can’t Be Satisfied(作曲:マッキンリー・モーガンフィールド)

作曲者クレジットは本名のマッキンリー・モーガンフィールド表記ですが、つまりはマディ・ウォーターズのシカゴ・ブルース。原曲をなぞるのではなく、ジャズの側から解体して再構築するアプローチが聴きどころです。

11. Live to Tell(作曲:パトリック・レナード、マドンナ)

マドンナのヒット曲のカバーで、10分を超えるアルバム最長トラックにして本作の白眉。ムーディーで幻想的な導入から、終盤はジミ・ヘンドリックスを思わせる絶叫的なディストーション・ギターソロへ雪崩れ込む、と評されます。同時代ポップスのカバーの先駆例として、今も言及され続ける演奏です。

12. The Saint-Gaudens in Boston Common: Excerpt 2(作曲:チャールズ・アイヴズ)

アイヴズの抜粋の2回目。嵐のような「Live to Tell」の後に置かれ、アルバムの呼吸を整えます。

13. No Moe(作曲:ソニー・ロリンズ)

テナーサックスの巨人ロリンズ作のバップ・ナンバー(バップは1940年代に生まれたモダン・ジャズのスタイル)。アルバム中もっともストレートにスウィングする場面です。

14. Washington Post March(作曲:ジョン・フィリップ・スーザ)

「マーチ王」スーザの行進曲をユーモラスに料理。バイロンのクラリネットとクルセヴェックのアコーディオンが縦横に活躍します。

15. When I Fall in Love(作曲:ヴィクター・ヤング/作詞:エドワード・ヘイマン)

誰もが知る定番スタンダードを、メロディの美しさだけでじっくり聴かせます。喧噪のあとに置かれた静謐さが胸に沁みます。

16. Little Jenny Dow(作曲:スティーヴン・フォスター)

19世紀アメリカの国民的作曲家フォスターの小品。後年まで続くフリゼールの「フォスター愛」の早い記録です。

17. Have a Little Faith in Me(作曲:ジョン・ハイアット)

アルバムタイトルの由来となった表題曲。ゴスペル的な包容力を持つメロディを、インストでじっくり歌い上げます。

18. Billy Boy(トラディショナル)

伝承曲で軽やかに幕。冒頭の《ビリー・ザ・キッド》と「Billy」つながりで首尾照応する、周到な幕切れです。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

まず何より、コープランドの連作7曲で幕を開ける構成の大胆さです。オーケストラ作品を、ギターやアコーディオンを含む5人の小編成で描き切る。原曲の風景を保ちながら、要所では自由即興の混沌にまで踏み込みます。公式サイトに掲載された『サンフランシスコ・ベイ・ガーディアン』紙のレビューでも、原曲に静かに息を吹き込みつつ、要所で軋むディストーションと嵐のような集団即興へ突入するスタイルが全編を貫く、と評されています。

次に、選曲の思想そのものです。コープランドとマドンナ、フォスターとマディ・ウォーターズを等価に並べる態度は、「ジャズのレパートリー=スタンダード曲集」という常識を拡張しました。後のジャズ・ミュージシャンたちがレディオヘッドやニルヴァーナといった同時代のポップスを取り上げる潮流の、先駆けのひとつとされています。評価も定着しており、AllMusicでは評論家スコット・ヤナウが満点の5つ星を与えて1990年代屈指の創意あふれる録音と絶賛し、『The Penguin Guide to Jazz』でも最高評価の4つ星に加えて「コア・コレクション」に選定されました。

そしてジャズギターの視点で言えば、本作はジム・ホール以降の「歌うジャズギター」の系譜に、ディレイやヴォリューム奏法(音の立ち上がりを消して滑らかにつなぐ技法)、ディストーション、カントリー的なロングトーンを持ち込んだ代表的ドキュメントです。この語り口は、ジュリアン・ラージやメアリー・ハルヴォーソンら後続世代への影響としても語られ続けている、とされます。

こんな人におすすめ

  • ビル・フリゼールの入門盤を探している人 … 全曲カバーゆえメロディが親しみやすく、彼の「歌わせ方」と「音響」の両方を一度に味わえます
  • 定番スタンダード以外のレパートリーを開拓したいギタリスト … ポップスやクラシックを自分の音楽に変換するお手本が18曲分詰まっています
  • アメリカーナやルーツ・ミュージックが好きな人 … 後の『Nashville』などに連なる、フリゼールのアメリカ音楽探求の原点に触れられます
  • 「ジャズは難しそう」と感じているポップス育ちのリスナー … ディランやマドンナの名曲から、自然にジャズの語法へ入っていけます

まとめ

『Have a Little Faith』は、全曲が他人の曲でありながら、ビル・フリゼールというギタリストの個性と美学がもっとも純粋に表れたアルバムのひとつです。コープランドの大平原からマドンナの絶叫ソロまで、一枚の中の落差は相当なものなのに、通して聴けば不思議なほど一貫した「アメリカの風景」が立ち上がってくる。この構成力と選曲眼こそ、本作が90年代ジャズの傑作として語り継がれる理由でしょう。

録音から30年以上を経ても、「ジャズは何を弾いてもいい」という本作の問いかけは少しも古びていません。まずは冒頭の連作と「Live to Tell」だけでも構いません。きっとそのまま、最後の「Billy Boy」まで聴き通してしまうはずです。

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