ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)『Djangology』徹底解説|ジャンゴ&グラッペリ、最後の共演録音

ジャンゴ・ラインハルト Djangology 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

ジプシー・ジャズ(マヌーシュ・スウィング)の始祖ジャンゴ・ラインハルトと、盟友ステファン・グラッペリ。20世紀ヨーロッパ・ジャズを代表するこの名コンビが、1949年にローマで残した録音をまとめたアルバムが『Djangology(ジャンゴロジー)』です。戦前の代表曲「Minor Swing」や「Djangology」の再演から、シャンソンの名曲、アメリカのスタンダードまで、円熟期の二人がのびのびと弾き倒す様子が、SP時代の録音よりも格段に良い音質で楽しめます。結果的にこれが二人の最後の共演録音となったことを思うと、一音一音がいっそう愛おしく響く一枚です。

本作の主役ジャンゴ・ラインハルトの生涯とプレイスタイルについては ジャンゴ・ラインハルトとは?(人物紹介記事) で詳しく解説していますので、初めての方はあわせてご覧ください。この記事では、アルバム『Djangology』の背景と収録曲を1曲ずつ紹介していきます。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 1961年(発売月は資料で確認できず)
レーベル RCA Victor(米国盤カタログ番号: LPM-2319)
録音日 1949年1月〜2月
録音場所 イタリア・ローマ(RAI=イタリア国営放送のスタジオとされる)
プロデューサー 個人名のクレジットは確認されていない(録音はRAIのスタッフによるものとされる)

編成は、ジャンゴ・ラインハルト(ギター)とステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)に、イタリア人のピアノ・ベース・ドラムスを加えたクインテット(五重奏)です。

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どんなアルバム?

物語は1949年のイタリアから始まります。第二次大戦中、グラッペリはロンドンに留まり、二人が率いた「フランス・ホット・クラブ五重奏団(QHCF)」は事実上分裂していました。ジャンゴ自身も、1946年のデューク・エリントン楽団とのアメリカ・ツアーが期待外れに終わった失意から、活動が停滞していた時期でした。そんな二人が短期間のイタリア・ツアーで再会し、久々に本格的な「再結成」を果たしたのです。

二人はローマのナイトクラブ「ルペ・タルペア」に出演します。この演奏を聴いたローマのジャズ愛好家が録音を手配し、RAIのスタジオで「選曲もテンポも完全に自由」という破格の条件のもと、イタリア人リズム・セクションとともに約50〜70曲にもおよぶ大量録音が行われたとされます(この経緯はファンサイトの調査によるもので、細部には諸説あります)。クラブ出演中には、シャンソン「メニルモンタン」を繰り返しリクエストした客が、ジャンゴの解釈が気に入らず靴を投げつけたという逸話も伝わっています。真偽はさておき、当時の熱気を感じさせるエピソードです。

ところが、この録音はすぐには発売されませんでした。テープは1950年代末になってRCAのスタッフに「再発見」され、ジャンゴの死(1953年、43歳)から約8年後の1961年、12曲を選んだLP『Djangology』としてようやく世に出ます。ジャンゴの死後に発掘され、ようやく日の目を見た、いわば「発掘された遺産」なのです。

なお、本作を聴く際にひとつ注意したいのが収録曲数です。オリジナルLP(LPM-2319)は12曲ですが、2002年にBluebird(RCA系)から出たCD再発盤は、同じローマ・セッションから11曲を追加した全23曲構成で、しかも曲順が大きく組み替えられています。ネット上の曲目情報の多くはこのCD版ベースなので、この記事ではオリジナルLPの12曲・曲順に沿って解説します。

参加メンバー

名義こそ「フランス・ホット・クラブ五重奏団」ですが、実態は戦前のQHCFメンバーではなく、ジャンゴとグラッペリがローマ現地のイタリア人トリオと組んだ編成です。ちなみにジャケットではグラッペリの名前が旧綴りの「Grappelly」と表記されています。

  • ジャンゴ・ラインハルト(ギター) … ジプシー・ジャズの創始者にしてジャズギター史上最大の巨人。本作は円熟期の演奏を高音質で聴ける貴重な記録です
  • ステファン・グラッペリ(ヴァイオリン) … ジャンゴの生涯の盟友であり、ジャズ・ヴァイオリンの第一人者。優雅で歌心あふれるプレイは本作でも健在です
  • ジャンニ・サフレッド(ピアノ) … ローマで起用されたイタリア人ピアニスト。戦前QHCFにはなかったピアノ入りの編成を支えます
  • カルロ・ペコリ(ベース) … イタリア人ベーシスト。手堅いビートで二人のソロを下支えします
  • アウレリオ・デ・カロリス(ドラムス) … イタリア人ドラマー。ドラムスの参加も、ギターとベースだけで刻む戦前QHCFとの大きな違いです

全曲解説

ここからは、オリジナルLPの曲順で全12曲を紹介します。

1. Minor Swing(作曲:ジャンゴ・ラインハルト/ステファン・グラッペリ)

1937年に初録音されたQHCFの代表曲の再演です。オリジナルと聴き比べると、クロマチック(半音階的)なラインや長く続くフレーズなど、ビバップ(1940年代に生まれたモダン・ジャズの語法)を消化した1949年のジャンゴのモダンさがはっきり分かります。

2. Beyond the Sea (La Mer)(作曲:シャルル・トレネ/アルベール・ラスリー)

シャルル・トレネの名シャンソン「ラ・メール」をインストゥルメンタルで。LP中で最も長いじっくりした演奏で、メロディを歌わせるジャンゴの叙情的な一面が味わえます。

3. Bricktop(作曲:ジャンゴ・ラインハルト/ステファン・グラッペリ)

パリの伝説的なクラブ経営者エイダ・“ブリックトップ”・スミスに捧げて書かれ、1937年にパリで初録音された自作曲の再演です。二人のルーツであるパリの空気を運んでくる小品です。

4. Honeysuckle Rose(作曲:ファッツ・ウォーラー/アンディ・ラザフ)

QHCF時代からの十八番だったファッツ・ウォーラーの定番スタンダード。長年連れ添ったジャンゴとグラッペリの、呼吸の合った掛け合いはこの曲でこそ味わえます。

5. Heavy Artillery (Artillerie Lourde)(作曲:ジャンゴ・ラインハルト)

タイトルは「重砲」の意。戦後の1947年に発表された比較的新しいオリジナルで、リフ(繰り返される短いフレーズ)主体のモダンな曲想を持っています。戦前の再演が多い本作の中で、「新しいジャンゴ」の作曲家としての顔が覗くトラックです。

6. Djangology(作曲:ジャンゴ・ラインハルト/ステファン・グラッペリ)

1935年に初録音された、その名のとおりジャンゴの代名詞的テーマであり、本作のタイトル曲。14年の歳月を経た円熟のジャンゴが自身の名を冠したテーマを弾き直す、A面の締めくくりにふさわしい演奏です。

7. After You’ve Gone(作曲:ヘンリー・クリーマー/ターナー・レイトン)

B面はアップテンポの定番スタンダードで幕開け。疾走感あふれるソロが聴ける、スウィング好きにはたまらないトラックです。

8. Où es-tu mon amour? (Where Are You, My Love?)(作曲:エミル・ステルン)

1946年に生まれたエミル・ステルン作曲のシャンソン。戦後のフランスで歌われたナンバーで、ヨーロッパ的な哀感が漂う、本作ならではの1曲です。

9. I Saw Stars(作曲:アル・グッドハート/アル・ホフマン/モーリス・シグラー)

1934年のポピュラー・ソングを軽快なスウィングで。肩の力の抜けた楽しさがあり、「選曲も自由」だったというこのセッションのリラックスした空気が伝わってきます。

10. Lover Man (Oh, Where Can You Be?)(作曲:ジミー・デイヴィス/ロジャー・“ラム”・ラミレス/ジミー・シャーマン)

ビリー・ホリデイの歌唱で有名なバラード。ジャンゴのバラード奏者としての深化がじっくり味わえるトラックです。

11. Ménilmontant(作曲:シャルル・トレネ)

トレネ作の陽気なシャンソンをスウィング化した1曲。前述の「靴投げ」逸話の曲でもあります。原曲の快活さを、スウィングのグルーヴに乗せて聴かせてくれます。

12. Swing 42(作曲:ジャンゴ・ラインハルト)

1941年作のオリジナルで、戦中パリ時代の人気曲の再演です。アルバムはこの快活なスウィングで幕を閉じます。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

本作の魅力を一言でまとめるなら、「戦前スウィングの代表的レパートリーを、ビバップ以降の語法を消化した1949年のジャンゴが再解釈した記録」であることです。「Minor Swing」や「Djangology」を初期QHCF版と聴き比べれば、同じ曲がよりモダンなフレージングで生まれ変わっているのが分かります。過去の名曲の再演でありながら、決して懐メロではない——ここに円熟期ジャンゴの凄みがあります。

歴史的にも、本作は三重の意味で重要とされています。第一に、ジャンゴとグラッペリの「最後の共演録音」であること。第二に、ジャンゴがアコースティック・ギターで残した最後期の録音とされること(晩年のジャンゴはエレクトリック・ギターでの演奏が中心になります)。第三に、戦前スウィングとビバップが交差する過渡期のドキュメントであること。2002年のCD再発盤で現代ジプシー・ジャズの名手フランク・ヴィニョーラがライナーノーツを書いているのも、後進に参照され続けている証でしょう。

音質の良さも見逃せません。SP時代の録音と比べて格段にクリアで、二人の演奏のニュアンスまでよく聴こえます。イタリア人リズム・セクションは戦前QHCFの躍動感と比べてやや手堅いと評されることもありますが、主役二人が円熟の極みにあるという評価は揺るぎません。

こんな人におすすめ

  • ジャンゴ・ラインハルトをこれから聴く入門者 … 代表曲の再演を良い音質でまとめて聴けるので、最初の一枚として最適です
  • ジプシー・ジャズを弾いてみたいギタリスト … 円熟期のジャンゴのフレージングを良い音質で研究できる、現代のジプシー・ジャズ系ギタリストにも広く参照されている音源です
  • ギターとヴァイオリンの絡みが好きな人 … ジャズ史上最高のコンビによる、最後にして最良の掛け合いが詰まっています
  • ジャズの歴史ドキュメントとして楽しみたい人 … スウィングからビバップへの過渡期を、一人の天才の変化として体感できます

まとめ

『Djangology』は、1949年のローマで再会したジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリが残した、結果として最後の共演録音です。戦争で引き裂かれたコンビの再会、自由な条件での大量録音、そして録音のお蔵入りと死後8年を経ての発掘——アルバムの成り立ちそのものが、一編の物語のようです。オリジナルLPは12曲、2002年のCD再発は曲順の異なる全23曲——この違いだけは、ぜひ覚えておいてください。

針を落とせば(再生ボタンを押せば)、そこにあるのは円熟の極みにある二人の、驚くほど瑞々しいスウィングです。ジプシー・ジャズの入門盤として、そしてジャズギターの歴史を知る一枚として、自信を持っておすすめできる名盤です。まずは「Minor Swing」から、二人の最後の共演に耳を傾けてみてください。

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