タル・ファーロウ(Tal Farlow)『The Swinging Guitar of Tal Farlow』徹底解説|ドラムレスでここまでスウィングする、”オクトパス”黄金期の記録

タル・ファーロウ The Swinging Guitar of Tal Farlow 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

ドラムがいないのに、どのバンドよりもスウィングしている——『The Swinging Guitar of Tal Farlow』を初めて聴いた人の多くが、まずこの点に驚かされます。ギター、ピアノ、ベースだけの「ドラムレス・トリオ」(ドラマーを置かない編成)で1956年のニューヨークにて録音された本作は、タイトルどおり「スウィングするギター」の見本市のようなアルバムです。巨大な手から「オクトパス(タコ)」の異名を取ったタル・ファーロウの高速シングルライン(単音フレーズ)、ギターのボディを叩くパーカッシブな奏法、そして若き天才エディ・コスタのピアノとの丁々発止のやり取り。ジャズギター史に残る快演がぎっしり詰まった一枚です。

主役のタル・ファーロウは、1958年に音楽の第一線から退いて看板職人に戻ってしまうという、ジャズ史でも指折りの「控えめな天才」でした。その経歴やプレイスタイルの全体像は タル・ファーロウとは?(人物紹介記事) で詳しく紹介していますので、あわせてお読みください。この記事では、彼の「最初の黄金期」の真っ只中に録音された本作を、収録曲ごとにじっくり解説していきます。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 1957年
レーベル Verve Records(ヴァーヴ)
録音日 1956年5月31日
録音場所 ニューヨーク
プロデューサー ノーマン・グランツ(Norman Granz)

編成はタル・ファーロウ(ギター)、エディ・コスタ(ピアノ)、ヴィニー・バーク(ベース)の3人による、ドラマー不在の「ドラムレス・トリオ」です。

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どんなアルバム?

タル・ファーロウは1949年、ヴィブラフォン奏者レッド・ノーヴォとベースのチャールズ・ミンガスによるトリオに参加して一躍注目を集め、1953年にはクラリネット奏者アーティ・ショウの「グラマシー・ファイヴ」にも名を連ねました。そして1956年春、ノーヴォのグループを離れ、いよいよ自身初のレギュラー・トリオを結成します。ピアノに新鋭エディ・コスタ、ベースにヴィニー・バークという顔ぶれです。

このトリオはニューヨーク西58丁目のクラブ「ザ・コンポーザー」のレジデント(専属出演バンド)として活動を開始し、批評家から絶賛を浴びました。その勢いをすかさず捉えたのが、ヴァーヴ・レーベルを率いる名プロデューサー、ノーマン・グランツです。結成間もない1956年5月31日にニューヨークでこのトリオを録音したのが本作で、発売は翌1957年。同じトリオはアルバム『Tal』(1956年録音)や、のちに発掘された私家録音『Complete 1956 Private Recordings』も残しており、本作は『Tal』と並んでファーロウのヴァーヴ期を代表する作品とされています。

発売当時の評価も上々でした。Billboard誌(1957年11月18日号)は82点をつけ、「ファーロウの途方もない指さばきと鮮やかなイマジネーション」を称賛。ダウンビート誌のレビューでは批評家ナット・ヘントフが「その年のベストLPのひとつ」に挙げ、サンフランシスコ・クロニクル紙のラルフ・J・グリーソンも、ファーロウは現代のギタリストの中でいちばんのお気に入りだと明かしつつ本作を推薦しました。

そして本作には、少しほろ苦い物語も重なっています。極端に控えめな性格だったファーロウは、1958年に結婚を機に第一線から退き、ニュージャージー州シーブライトで看板職人(サインペインター)に戻ってしまいます。つまり本作は「引退直前の黄金期」の貴重な記録なのです。さらにピアノのエディ・コスタも、録音の6年後にあたる1962年、自動車事故によって夭逝しました。二人の天才が最高のコンディションで出会った瞬間を切り取った一枚、と言ってもよいでしょう。

参加メンバー

たった3人、しかもドラムレス。この身軽な編成こそが、本作の音を決定づけています。

  • タル・ファーロウ(ギター) … 巨大な手から「オクトパス(タコ)」の異名を取った名手。高速ピッキングと広いストレッチ、ハーモニクスの活用で、チャーリー・クリスチャン以降のモダン・ジャズギターを大きく前進させました。
  • エディ・コスタ(ピアノ) … 本来はヴィブラフォンも弾くマルチ奏者ですが、本作ではピアノに専念。中低音域を叩きつけるようなパーカッシブなスタイルで知られ、1962年に事故で急逝した悲運の天才です。
  • ヴィニー・バーク(ベース) … 丸みのある音色と安定したビートが持ち味の職人肌のベーシスト。ドラム不在のトリオを一人で支えます。

全曲解説

オリジナルLPに収録された全7曲を、曲順どおりに見ていきましょう。

1. テイキング・ア・チャンス・オン・ラヴ(作曲:ヴァーノン・デューク)

軽快に幕を開けるオープナーで、AllMusicのレビューでも本作のハイライトの一つに挙げられている演奏です。1曲目からドラムレスであることを忘れるほどの推進力で、3人が気持ちよくスウィングします。まず本作の「体温」を知るのに最適な一曲です。

2. ヤードバード・スイート(作曲:チャーリー・パーカー)

ビバップ(1940年代に生まれた高速で複雑なモダンジャズのスタイル)の巨人チャーリー・パーカーが書いたアンセム的ナンバーです。ここでのファーロウのソロは、彼がチャーリー・クリスチャン以来のビバップ・ギターの名手の系譜に連なることを示す演奏と評されています。サックスのために書かれたようなフレーズをギターで淀みなく歌い切る、本作屈指の聴きものです。

3. ユー・ステップト・アウト・オブ・ア・ドリーム(作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン)

多くのジャズメンに愛されるスタンダードです。ここではギターとピアノの絡み合いが存分に味わえます。ファーロウとコスタが旋律を受け渡し、ハモり、追いかけ合う様子は、結成間もないトリオとは思えない一体感で、まるで息の合った会話を聞いているようです。

4. ゼイ・キャント・テイク・ザット・アウェイ・フロム・ミー(作曲:ジョージ・ガーシュウィン)

邦題「誰にも奪えぬこの想い」で知られるガーシュウィンの名曲を、トリオが自在に料理します。誰もが知るメロディだからこそ、3人のアレンジとアドリブのセンスが際立つ、アルバム前半の締めくくりにふさわしい一曲です。

5. ライク・サムワン・イン・ラヴ(作曲:ジミー・ヴァン・ヒューゼン)

アルバム後半は、この美しいスタンダードから始まります。こちらもAllMusicがハイライトに挙げる演奏で、歌心と技巧のバランスが絶妙です。速弾きだけではないファーロウの魅力、つまりメロディを慈しむように歌わせる側面がよく分かります。

6. メテオ(作曲:タル・ファーロウ)

本作唯一のファーロウ・オリジナルで、こちらもAllMusicのレビューがハイライトに挙げる快速ビバップ・ナンバーです。「流星」のタイトルどおり駆け抜けるシングルラインはまさに「オクトパス」の面目躍如。本作の技巧面での頂点と言える演奏です。

7. アイ・ラヴ・ユー(作曲:コール・ポーター)

アルバムの最後を飾るのは、コール・ポーターの名曲です。ラストまで一切失速しないスウィング感で、聴き終えた瞬間にもう一度1曲目へ戻りたくなる、見事なクローザーです。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

最大の聴きどころは、やはり「ドラムレスなのに強烈にスウィングする」ことです。ファーロウはギターのボディを叩くパーカッシブな奏法や、アーティフィシャル・ハーモニクス(通常より高い鈴のような倍音を人工的に出すテクニック)を駆使し、リズムと音色の両面からドラムの不在を補っています。ドラムがいないからこそ3人の音の隙間が生き、コスタの打楽器的なピアノとバークの揺るぎないビートが立体的に絡み合う。この編成でしか生まれない軽やかさと推進力の共存が、本作の唯一無二の魅力です。

次に、ファーロウ個人の演奏の充実ぶりと、コスタとの化学反応です。AllMusicのスコット・ヤナウは「ファーロウがこれほど流麗に弾いたことはない」と評して4.5/5の高評価を与え、『ペンギン・ジャズ・ガイド』でも4つ星。掛け合うように絡み合うソロや、ギターとピアノがユニゾンやハモリで重なるダブル・ヴォイシングの妙も随所に光ります。単に速いだけでなく、リズムに驚くほどの余裕があり、俊敏で、しかも歌っている——「オクトパス」の技巧が音楽性と完全に噛み合った瞬間が、ここに記録されています。

ジャズギター史の観点から見ても、本作はチャーリー・クリスチャンが開いたモダン・ジャズギターの系譜を、ビバップの語法と超絶技巧で押し広げた1950年代の金字塔のひとつです。ギター+ピアノ+ベースというドラムレス編成の可能性を示した点でも重要で、ファーロウの高速ピッキングやハーモニクスの活用は、後のジャズギタリストたちに大きな影響を与えました。

こんな人におすすめ

  • ジャズギターを聴き始めたばかりの人 … 収録曲の多くが親しみやすい有名スタンダードで、しかもギターの音がくっきり聴こえる編成。入門盤としても最適です。
  • 速弾きやテクニカルなプレイが好きな人 … 「オクトパス」の異名を取った超絶技巧を、最も充実した時期の録音で堪能できます。特に「メテオ」は必聴です。
  • ギターを練習している中級者 … ビバップの語法、ピアノとのユニゾンやハモリ、ボディ・ヒットやハーモニクスなど、コピーや研究の題材が詰まっています。
  • 編成の面白さに惹かれる人 … ドラムレス・トリオという珍しいフォーマットが生む緊張感とスウィングは、通常のカルテットとは一味違う聴取体験を与えてくれます。同編成の『Tal』との聴き比べもおすすめです。

まとめ

『The Swinging Guitar of Tal Farlow』は、結成したばかりの最高のトリオを、最高のタイミングでノーマン・グランツが捉えた一枚です。ドラムレスという制約を逆手に取ったスウィング、「オクトパス」の名に恥じない流麗な超絶技巧、そして夭逝したエディ・コスタとの化学反応。1958年に第一線を退くファーロウの「最初の黄金期」が、ここに凝縮されています。

派手な逸話や大ヒット曲で語られるアルバムではありません。しかし再生ボタンを押せば、70年前のニューヨークのクラブの熱気がそのまま立ち上がってくるような、鮮度の高い演奏が待っています。ジャズギターが好きなら、いつかは必ず通る一枚。まだの方は、ぜひ「テイキング・ア・チャンス・オン・ラヴ」の最初の数小節だけでも聴いてみてください。きっと最後まで止まらなくなるはずです。

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