エミリー・レムラー(Emily Remler)『East to Wes』徹底解説|憧れのウェスに捧げた、彼女自身の最高到達点

エミリー・レムラー East to Wes 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

1988年、コンコード・ジャズから発表された『East to Wes(イースト・トゥ・ウェス)』は、ギタリストのエミリー・レムラーが最大の影響源であるウェス・モンゴメリーに捧げたトリビュート・アルバムです。名手ハンク・ジョーンズを含むカルテットを率い、バップの名曲から自作曲までを堂々と弾き切った本作は、AllMusicやペンギン・ガイドといった主要レビューで軒並み高評価を獲得し、今なお「レムラーを聴くならまずこの1枚」と薦められる代表作であり続けています。

そしてこのアルバムは、彼女が生前に発表した最後のリーダー作でもあります。レムラーは1990年5月、ツアー先のオーストラリア・シドニーで心不全のため32歳の若さで急逝しました。その歩みや人物像についてはエミリー・レムラーとは?(人物紹介記事)で詳しく紹介していますので、あわせてどうぞ。この記事では『East to Wes』1枚に焦点を絞り、制作背景から全8曲の聴きどころまでをじっくり解説します。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 1988年5月(Concord Jazz CJ-356/CD: CCD-4356)
レーベル Concord Jazz(コンコード・ジャズ)
録音日 1988年5月
録音場所 Penny Lane Studios(ニューヨーク)
プロデューサー Carl E. Jefferson(カール・E・ジェファーソン)

編成はエミリー・レムラー(ギター)にピアノ・トリオを組み合わせたカルテットで、ピアノにハンク・ジョーンズ、ベースにバスター・ウィリアムス、ドラムスにマーヴィン・”スミッティ”・スミスが参加しています。

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どんなアルバム?

タイトルの「East to Wes」は、「東(East=ニューヨーク/東海岸)からウェス(Wes)へ」という意味に、方角の「West」を掛けた語呂合わせです。その名のとおり本作は、レムラーがキャリアを通じて敬愛し続けたウェス・モンゴメリーへのトリビュート作として作られました。録音は1988年5月、ニューヨークのペニー・レーン・スタジオ。プロデュースはコンコード・ジャズ創設者のカール・E・ジェファーソンが手がけ、ラリー・コリエルとの共同名義作『Together』を含めれば同レーベル6作目にあたる、コンコードでの最後のアルバムとなりました。

レムラーとウェスの関係を語るうえで必ず引用されるのが、1982年、米『ピープル』誌のインタビューで語った本人の言葉です。「私は外見こそニュージャージー出身の良家のユダヤ系の娘だけど、中身はウェス・モンゴメリーみたいな、太い親指を持つ50歳の恰幅のいい黒人男性なの」。ユーモラスな言い回しの奥に、ウェスこそ自分の音楽的ルーツだという強い自負がにじみます。本作はその宣言を、キャリアの充実期にアルバム1枚がかりで形にしたものと言えるでしょう。

一方で、1986年から88年頃のレムラーはレコーディング活動を休止し、薬物依存との闘いに向き合っていた時期でもありました。1988年春にニューヨークへ戻って吹き込まれた本作は、そこからの復帰・再起を刻んだレコーディングと位置づけられることの多いアルバムです。そうした背景を踏まえて聴くと、全編にみなぎる集中力と前向きな躍動感には、いっそう胸を打つものがあります。

人選にも物語があります。ピアノのハンク・ジョーンズは、レムラーのデビュー作『Firefly』(1981年)にも参加した大ベテランで、本作で再共演が実現しました。そこに当時気鋭の若手ドラマー、マーヴィン・”スミッティ”・スミスと名手バスター・ウィリアムスを加えた、世代を超えた強力なリズム・セクションが彼女のギターを支えています。

参加メンバー

ギター+ピアノ・トリオというシンプルな編成だからこそ、4人それぞれの音がくっきりと聴こえます。ベテランと若手をバランスよく配した、この時期のレムラーの充実を支えた顔ぶれです。

  • エミリー・レムラー(ギター) … 本作のリーダー。全曲でエレクトリック・ギターを弾き、2曲目「Snowfall」のみOvationアダマスのアコースティック・ギターに持ち替えています。
  • ハンク・ジョーンズ(ピアノ) … ジャズ・ピアノ界の大ベテラン。デビュー作『Firefly』以来の再共演で、気品あるバッキングとソロでアルバム全体を引き締めます。
  • バスター・ウィリアムス(ベース) … ダブル・ベース(ウッド・ベース)を担当。深く安定した音でカルテットの土台を支えます。
  • マーヴィン・”スミッティ”・スミス(ドラムス) … 当時気鋭の若手ドラマー。しなやかなドライブ感でベテラン勢と渡り合います。

全曲解説

オリジナルLPどおりの全8曲を曲順に紹介します(確認できる範囲では、CD再発や配信も同じ8曲構成です)。

1. Daahoud(作曲:クリフォード・ブラウン)

天才トランペッター、クリフォード・ブラウンが残した名バップ・チューンでアルバムは幕を開けます。速いテンポの中で、単音のフレーズ(シングルライン)とウェス譲りのオクターヴ奏法を切り替えていくレムラーのプレイが最初の聴きどころです。

2. Snowfall(作曲:クロード・ソーンヒル)

クロード・ソーンヒル楽団のテーマ曲として知られる美しいナンバー。この曲だけレムラーはOvationアダマスのアコースティック・ギターを使用しており、アルバム全体の中で音色の鮮やかなアクセントになっています。

3. Hot House(作曲:タッド・ダメロン)

タッド・ダメロンが書いたビバップのアンセム。「What Is This Thing Called Love」のコード進行(曲の土台となる和音の流れ)を借りて作られた曲で、レムラーのバップ・ギタリストとしての地力がストレートに伝わる1曲です。

4. Sweet Georgie Fame(作曲:ブロッサム・ディアリー/サンドラ・ハリス)

ブロッサム・ディアリーの手による洒脱なナンバー。ギター・カルテットならではの軽やかなスウィングが味わえる選曲で、肩の力の抜けた愉しさが魅力です。

5. Ballad for a Music Box(作曲:エミリー・レムラー)

レムラーのオリジナル・バラードで、アルバムの叙情面を代表するトラック。オルゴール(ミュージック・ボックス)という題材のとおり、繊細で内省的な美しさをたたえています。なお配信サービスでは「Ballad From a Music Box」と表記されることもありますが、同じ曲です。

6. Blues for Herb(作曲:エミリー・レムラー)

タイトルの「Herb」は、1978年のコンコード・ジャズ・フェスティバルで彼女を紹介しデビューへ導いた恩人、ギタリストのハーブ・エリスのこと。師匠譲りのブルース・フィーリングを軸にした飾らない演奏で、音による恩返しと言えるでしょう。

7. Softly, as in a Morning Sunrise(作曲:シグムンド・ロンバーグ、作詞:オスカー・ハマースタイン2世)

邦題「朝日のようにさわやかに」で親しまれる有名スタンダード。8分超とアルバム最長のパフォーマンスで、バスター・ウィリアムスとスミッティ・スミスを中心に、カルテットのインタープレイ(演奏者同士の即興のやり取り)がたっぷり堪能できます。

8. East to Wes(作曲:エミリー・レムラー)

締めくくりはオリジナルのタイトル曲。ナット・ヘントフによるライナーノーツの中で、レムラー自身が「ウェスが初期にやっていたボサノヴァものの印象」を描いた曲だと説明しています。憧れの人の面影を自分の筆で描き直す、アルバムの主題そのものを体現した1曲です。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

まず耳を引くのは、オクターヴ奏法(メロディを1オクターヴ違いの2音で重ねて弾く、ウェスの代名詞的テクニック)やブルース・フィーリングといった「ウェスの語彙」が随所にちりばめられていることです。ペンギン・ガイドは「レムラーの演奏はむしろ彼女がいかにウェスと違うかを示している。音はより硬質で、ソロはより断片的だが同じように明晰」と評しました。憧れをなぞるのではなく、憧れを通して自分自身の声を確立する——トリビュート作の理想形がここにあります。

評価も折り紙付きです。AllMusicではケン・ドライデンが4/5の評点とともに「生前に発表された最後のCDにして最高の出来(her finest effort)」「強く推薦できる録音」と絶賛。ペンギン・ガイドは同書の最高ランクにあたる4つ星を与えています。『ローリング・ストーン・ジャズ&ブルース・アルバム・ガイド』とヴァージンのジャズ・ガイドもそれぞれ4/5と、主要ガイドの評価が見事にそろっています。

さらにジャズギター史の視点で見れば、本作は男性中心だった1980年代のシーンで、正統派メインストリームの実力によって評価を勝ち取ったレムラーの到達点です。ウェス・モンゴメリー直系の系譜を1980年代に更新した録音として語られ、没後もシェリル・ベイリーら後進の女性ジャズギタリストに影響を与え続けています。

こんな人におすすめ

  • ウェス・モンゴメリーが好きな人 … オクターヴ奏法などウェスの語彙がどう受け継がれ、どう変奏されたのかを聴き比べる楽しみがあります。
  • ジャズギターを聴き始めたばかりの初心者 … 有名スタンダード中心の選曲と歌心あふれるプレイで、最初の1枚として安心して薦められます。
  • エミリー・レムラーに興味を持った人 … 各ガイドが「代表作・最高作」と認める、彼女の入門盤の定番です。
  • ギター+ピアノ・トリオの編成が好きな中級者 … ハンク・ジョーンズとの掛け合いやリズム・セクションのインタープレイなど、聴き込むほどに発見があります。

まとめ

『East to Wes』は、憧れの人へ捧げたトリビュートでありながら、聴き終えたときに強く印象に残るのはエミリー・レムラー自身の声である——そんな逆説を成し遂げた1枚です。バップの名曲、美しいバラード、恩人へのブルース、そしてウェスの面影を描いたタイトル曲。全8曲、約51分の中に、彼女が積み上げてきたものが過不足なく詰まっています。

レムラーはこの録音の2年後、32歳でこの世を去りました。「生前最後のリーダー作」という事実は確かに切ないものですが、本作を名盤たらしめているのは早世の物語ではなく、演奏そのものの充実です。まずは1曲目「Daahoud」の快走から、彼女の音に触れてみてください。きっと「もっと聴きたい」と思わせてくれるはずです。

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