ジョン・アバークロンビー(John Abercrombie, 1944–2017)は、ドイツのレーベルECMを拠点に40年以上活動したアメリカのジャズギタリストです。派手な速弾きではなく、レガート(音を滑らかにつなぐ奏法)を軸にした「歌う」ラインと浮遊感のある音色で、小編成ジャズにおけるギターの役割を静かに塗り替えました。ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)で紹介したような伝統派の語彙を受け継ぎながら、パット・メセニーやビル・フリゼール、ジョン・スコフィールドといった次世代へ橋を架けた点が最大の功績といえます。この記事では、その経歴と音楽的特徴、代表作『Timeless』を中心に解説します。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | ジョン・レアード・アバークロンビー(John Laird Abercrombie) |
| 生没年 | 1944年12月16日〜2017年8月22日(享年72) |
| 出身 | アメリカ・ニューヨーク州ポートチェスター(コネチカット州グリニッジ育ち) |
| 楽器 | ギター(アーチトップ、セミホロウ、ギターシンセサイザーなど) |
| 主な活動期 | 1960年代後半〜2017年(ECM Recordsを拠点に40年以上) |
経歴
ロックからジャズへ、そしてバークリーへ(1944〜1967年)
1944年、ニューヨーク州ポートチェスターに生まれ、1950年代にコネチカット州グリニッジで育ちました。最初に夢中になったのはチャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーでしたが、友人を通じてデイヴ・ブルーベックやマイルス・デイヴィスを知り、初めて聴いたジャズギターのレコード——バーニー・ケッセルの1枚——をきっかけにジャズへ傾倒していきます。1960年代前半にボストンのバークリー音楽大学へ進学し(1967年卒業)、ジム・ホールやウェス・モンゴメリーといった名手を研究。在学中に出会ったオルガン奏者ジョニー・ハモンド・スミスのツアーに同行したことが、プロとしての最初の足がかりになりました。
ニューヨークでのフュージョン期(1969〜1974年)
1969年にニューヨークへ移り、ブレッカー兄弟のジャズロックバンド「Dreams」に参加。1970年代前半にはビリー・コブハムのフュージョンバンドや、ギル・エヴァンス、ガトー・バルビエリらとの共演で経験を積みます。ただし本人は、コブハム時代にフィラデルフィアの大会場スペクトラムで演奏した夜のことを「俺はここで何をしているんだ?と思った」と後年振り返っており、ロック寄りの大舞台には違和感を抱いていました。
ECMとの契約とリーダーデビュー(1974〜1978年)
転機は1970年代前半、ECM総帥マンフレート・アイヒャーから録音の誘いを受けたことでした。1974年6月に録音したリーダーデビュー作『Timeless』を1975年に発表します。以後、デイヴ・ホランドとジャック・ディジョネットとの協働トリオ「Gateway」で『Gateway』(1976年)『Gateway 2』(1978年)を、ラルフ・タウナーとのギターデュオで『Sargasso Sea』(1976年)を発表しました。
リーダーとしての確立から晩年まで(1979〜2017年)
1979〜1981年にはリッチー・バイラークらとのカルテットで『Arcade』(1979年)など3作を発表し、バンドリーダーとしての基盤を固めます。1984〜1990年頃はギターシンセサイザーを導入した実験期、1990年代はオルガントリオでの原点回帰、2000年代はヴァイオリンのマーク・フェルドマンを含むカルテットと、編成を変えながら探求を続けました。晩年はマーク・コープランドらと遺作『Up and Coming』(2017年)を録音し、2017年8月22日に心不全のため72歳で亡くなるまで、ECMでの録音を続けました。
音楽的特徴
レガートとベンドで「歌う」ライン
ハンマリングやプリングを多用した滑らかなレガートと、ベンド(弦を押し上げて音程を変える奏法)で目的の音に「ずり上がる」表現がトレードマークです。ジャズ系ギタリストとしては早くからベンドを本格的に取り入れた一人とされます。弦高を1.5〜2/64インチ(約0.6〜0.8mm)という極端な低さに設定し、細めのゲージの弦を張った軽いタッチが、この独特のアーティキュレーションを支えていました。
コードよりラインを優先する発想
高度なハーモニーの知識を持ちながら、伴奏時でさえブロックコードを弾き固めるより、対位法的なライン(旋律同士の絡み合い)を好みました。小編成での「余白」を大切にし、技巧の誇示を避けたリリカルで内省的なスタイルは、共演者との対話(インタープレイ)を何より重視するものです。
音色への飽くなき探求
ボリュームペダルで音の立ち上がりを消すスウェル奏法、コーラスやディレイ、1980年代にはギターシンセサイザーと、ECM的な浮遊感のあるサウンドを開拓し続けました。晩年はピックを手放してウェス・モンゴメリーを思わせる親指弾きに移行し、さらに柔らかい音色へ深化しています。
おすすめアルバム
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『Timeless』(1974年録音・1975年発表、ECM 1047)
リーダーデビュー作にして最良の入門盤です。1974年6月21〜22日にニューヨークのGeneration Sound Studiosで録音され、マンフレート・アイヒャーのプロデュースにより1975年に発表されました。メンバーはヤン・ハマー(オルガン、ピアノ、シンセサイザー。ボストン時代のルームメイトでもありました)とジャック・ディジョネット(ドラム)。1曲目「Lungs」で灼熱のオルガンと渡り合う高速インタープレイと、12分近い表題曲「Timeless」の静謐な浮遊感——この「動と静」の対比が最大の聴きどころで、フュージョンの熱量とECM的叙情の分岐点に立つ1枚です。盟友ラルフ・タウナーの名を冠した「Ralph’s Piano Waltz」は、その後もたびたび再演される人気曲になりました。
このほかでは、ホランド、ディジョネットとの対等トリオによる『Gateway』(1976年)、ラルフ・タウナーとのデュオでアコースティックとエレクトリックが溶け合う『Sargasso Sea』(1976年)、そして結成7年目のカルテットの結束が頂点に達したと批評家から高く評価された、ヴァイオリン入りの円熟作『The Third Quartet』(2007年)がおすすめです。時期ごとに作風の違いを聴き比べると、探求の軌跡がよく分かります。
使用機材
ギターは時期によって大きく変遷しています。初期はGibson L-5を使用し、1950年代後半製のGibson ES-175は「絶対に手放さない1本」として生涯手元に置いていました。1970年代のフュージョン期にはゴールドトップのGibson Les Paulなどを弾き、のちにIbanez Artist(2619)へ移行。「レスポールよりピックアップの音が太い」と本人が語るほど気に入り、長く愛用しました。2003年以降のメインは、セミホロウボディにハムバッカー2基とピエゾピックアップを備えたBrian Moore DC-1のシグネチャーモデルです。
アンプは初期のFenderやMesa/Boogieから、後年はRoland JC-120やPolytone Mini-Bruteなどへ移行し、ライブではRolandとMesa/Boogieの2台を同時に鳴らすセッティングを好んだとされます。エフェクトはボリュームペダルとBoss SE-50(ディレイ/リバーブ/コーラス)が中心でした。なお、機材の使用時期や個体には諸説あるため、あくまで代表例として捉えてください。
影響・評価
40年を超えるキャリアで、リーダー作・共演作あわせて50を超えるECM録音に参加したアバークロンビーは、ウェス・モンゴメリーやバーニー・ケッセル、ジム・ホールといった伝統派と、メセニー、フリゼール、スコフィールドら次世代とを橋渡しする存在と広く評価されています。本人も「ジャズギターの歴史に直結していながら、音楽的な境界をいくらか押し広げている——そう受け取ってほしい」と語っていました。派手さを排した「アンダーステイテッド(控えめ)」な美学で小編成ジャズにおけるギターの役割を再定義し、ECMサウンドの中核ギタリストとしてレーベルの美学形成にも貢献。ジム・ホール直系のレガートとインタープレイ重視の系譜を、次の世代へ確かに受け渡した人物です。
まとめ
ジョン・アバークロンビーは、技巧を誇示せず、歌うようなラインと音色の探求でジャズギターの表現を広げた「静かな革新者」でした。伝統を踏まえながら境界を押し広げるその姿勢は、世代の異なるギタリストたちをつなぐ架け橋にもなりました。入門には、熱狂と静謐が1枚に同居するリーダーデビュー作『Timeless』(1974年録音・1975年発表)が最適です。まずは冒頭の「Lungs」と表題曲の対比から、その世界に触れてみてください。



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