ジャズギターの巨匠ウェス・モンゴメリー。その名を世界に知らしめた一枚が、1960年の『The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery』です。タイトルの“Incredible”は決して大げさではありません。ピックを使わない親指奏法、メロディを分厚く響かせるオクターブ奏法、そしてコードを束ねて弾くソロ——その“三位一体”の技が、新人離れした完成度で詰まっています。
ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)を読んでウェスに興味を持った方に、「最初の1枚」として真っ先におすすめしたいのがこのアルバム。この記事では、録音の背景から全8曲の聴きどころまで、たっぷり掘り下げていきます。
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1960年4月 |
| レーベル | Riverside Records(リヴァーサイド) |
| 録音日 | 1960年1月26日・28日 |
| 録音場所 | Reeves Sound Studios(ニューヨーク市) |
| プロデューサー | Orrin Keepnews(オリン・キープニュース) |
編成はギター、ピアノ、ベース、ドラムのカルテット。ウェスにとってRiverside第2作にあたり、世界的なブレイクのきっかけとなった出世作です。
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どんなアルバム?
このアルバムを語るうえで欠かせないのが、ウェスが世に出るまでの“発見譚”です。
ウェスは長くインディアナポリスを拠点に、昼は工場で働き、夜はクラブで演奏する日々を送っていました。その無名のギタリストを見出したのが、アルト・サックスの大スター、キャノンボール・アダレイ。1959年にインディアナポリスのクラブでウェスの演奏に衝撃を受けたアダレイは、Riversideのプロデューサー、オリン・キープニュースに「すごいギタリストがいる」と強く推薦します。これがきっかけでウェスは1959年にRiversideと契約しました。
そして翌1960年に録音されたのが本作です。キープニュースは、ウェスがより自由に伸び伸びと弾けるよう、ニューヨークの一流リズム隊と組ませました。この狙いが見事に当たり、アルバムは各方面から絶賛を浴びます。発表直後の1960年8月には、権威あるダウン・ビート誌の批評家投票で「New Star」ギタリスト賞を受賞。一夜にしてウェスは全米的な注目株になりました。
その評価は時代を超えて続きます。本作はのちにグラミーの殿堂(Grammy Hall of Fame)入りを果たし、2017年にはアメリカ議会図書館の「国立録音登録簿(National Recording Registry)」にも選定されました。これは「文化的・歴史的・芸術的に重要」と国が公認したという意味で、まさに“歴史が認めた名盤”です。
参加メンバー
ウェスを支えるのは、ハードバップ黄金期を彩った一流のサイドマンたち。新人ウェスを一気に一流の文脈へ押し上げた、豪華な顔ぶれです。
- ウェス・モンゴメリー(ギター) … 本作の主役。ピックを使わず親指の腹で弦を弾く奏法と、メロディを1オクターブ重ねて分厚く響かせるオクターブ奏法が最大の個性。独学で、チャーリー・クリスチャンのレコードを完コピして腕を磨いたと伝わります。
- トミー・フラナガン(ピアノ) … ソニー・ロリンズ『Saxophone Colossus』やジョン・コルトレーン『Giant Steps』など歴史的名盤に参加した、バップ・ピアノきっての名伴奏者。端正なタッチでバラードを彩ります。
- パーシー・ヒース(ベース) … モダン・ジャズ・カルテットを約40年支えた重鎮。太く歌うウォーキング・ベースで全体を支えます。
- アルバート・”トゥーティ”・ヒース(ドラム) … パーシーの末弟。当時まだ20代前半の若手ながら、軽快で的確なドライブを提供。実兄との“兄弟リズム隊”ならではの一体感が光ります。
この豪華な参加メンバーを見るだけでも、この録音がいかに恵まれた環境だったかが伝わります。
全曲解説
オリジナルLPは全8曲。注目すべきは、8曲中4曲がウェスの自作だということ。本作は“ギタリスト・ウェス”だけでなく“作曲家ウェス”の確立を告げた一枚でもあります。
1. Airegin(作曲:ソニー・ロリンズ)
曲名は「Nigeria(ナイジェリア)」の逆さ綴り。マイルス・デイヴィスらの録音でも知られるバップの難曲です。本作では速いテンポで一気に駆け抜けるオープナーとして機能し、冒頭からウェスのシングルノートの流麗さと推進力を見せつけます。
2. D-Natural Blues(作曲:ウェス・モンゴメリー)
タイトル通り、ニ調系のブルース。ウェスのブルース・フィーリングと、単音→オクターブ→コードソロへと段階的に積み上げていく構成美を、コンパクトに味わえる一曲です。“ウェス入門”として最適なトラックのひとつ。
3. Polka Dots and Moonbeams(作曲:ジミー・ヴァン・ヒューゼン/ジョニー・バーク)
フランク・シナトラの初ヒットとしても有名なスタンダード・バラード。ここではオクターブを多用せず、親指の柔らかいトーンでメロディを歌わせます。熱い演奏が続くアルバムの中の“一服の清涼剤”のような存在です。
4. Four on Six(作曲:ウェス・モンゴメリー)
本作で初めて録音され、以後ウェス最大の代表曲=ジャズ・スタンダードへと育った名曲。ガーシュウィンの「Summertime」のコード進行を下敷きにしつつ、一部を下降するⅡ-Ⅴの連続に置き換えた“凝った作り”が特徴です。印象的なリフ主題から、アルペジオ基調のソロ、そして後半のオクターブ・ソロへ——ウェスの“三段階ソロ”の教科書ともいえる一曲。タイトルは「6本の弦に4本の指」を指すという説がありますが、ウェス自身は由来を語っておらず、はっきりとは分かっていません。
5. West Coast Blues(作曲:ウェス・モンゴメリー)
「Four on Six」と並ぶ、最も多く演奏されるウェスの自作曲。3拍子(ジャズ・ワルツ)の12小節ブルースという、ひと癖あるブルースです。3拍子ならではの心地よい揺れとブルース感が同居し、深夜のジャムのような味わい。ジャズ・ワルツの名曲として、いまも世界中で演奏され続けています。
6. In Your Own Sweet Way(作曲:デイヴ・ブルーベック)
ブルーベックの代表的な自作スタンダード。和声が凝った曲で、ミディアム〜抑えめのテンポの中、ウェスが“複雑さの中にも染み入るブルース感”を聴かせます。フラナガンとの対話も聴きどころ。
7. Mister Walker(作曲:ウェス・モンゴメリー)
スウィングするウェスのオリジナル。アルバム後半で、彼の作曲の幅をさらに示すナンバーです。なお、曲名が誰を指すのかを明示した資料は見当たらず、由来ははっきりしません。
8. Gone with the Wind(作曲:アリー・ウルベル/ハーブ・マジドソン)
1930年代後半のスタンダード(同名映画とは別物)。快活なスウィングでアルバムを締めくくります。抑えめのテンポの中にもブルース・フィーリングを滲ませる、ウェスの真骨頂。ラストの高揚が、まさに“incredible”を実感させてくれます。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
本作の魅力は、ウェスの様式が一枚で“ぜんぶ”味わえることに尽きます。とくに「Four on Six」「West Coast Blues」では、シングルノートで歌い始め、オクターブ奏法で熱量を上げ、最後はコードソロで畳みかける——という“三段階ソロ”を、はっきりと聴き取れます。「ここでオクターブに移った」「ここからコードだ」と耳で追うだけで、ウェスというギタリストの設計図が見えてきます。
そしてもうひとつが、“作曲家ウェス”の誕生。8曲中4曲が自作で、なかでも「Four on Six」と「West Coast Blues」は、この一枚をきっかけに世界中のジャズメンの定番レパートリーになりました。たった1枚のアルバムから2曲ものスタンダードが生まれた——これは並大抵のことではありません。
ダウン・ビート新人賞、グラミーの殿堂、議会図書館の登録簿入り。客観的な“お墨付き”がこれだけ揃った名盤も珍しく、安心して「まず聴くべき1枚」と言い切れる作品です。
こんな人におすすめ
- ウェスを聴いてみたいけれど、どれから始めればいいか迷っている人 … ハードバップ純度100%のウェスが詰まった、王道の入門盤です。
- オクターブ奏法やコードソロを学びたいギタリスト … 「Four on Six」「West Coast Blues」を“三段階ソロ”として聴き分けると、技の構造がよく分かります。
- ジャズの“名曲の生まれた瞬間”に立ち会いたい人 … 後にスタンダードとなる2曲の初録音が、ここにあります。
まとめ
『The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery』は、無名のギタリストを一夜にしてスターに変えた出世作であり、いまも“ウェス入門の決定盤”として揺るがない一枚です。親指奏法・オクターブ・コードソロの三位一体、そして作曲家としての才能——ウェスの魅力のすべてが、ここから始まりました。
スタジオでの完成度を堪能したら、次はぜひ、2年後のライブ盤『Full House』徹底解説(全曲&聴きどころ)へ。「スタジオの完成度=Incredible」「ライブの熱気=Full House」と聴き比べると、ウェスの世界がぐっと立体的に見えてきます。
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