ギターがたった1本。多重録音もなし。それなのに、メロディもコードもベースラインも、すべてが同時に鳴っている——ジョー・パスの『Virtuoso(ヴァーチュオーゾ)』は、そんな「ありえないこと」を当たり前のように聴かせてしまうアルバムです。1973年に発表されるとジャズ界に衝撃を与え、今なお「史上最高のジャズギター・アルバムの一つ」と語り継がれる完全無伴奏ソロギター作品。ジャズギターを聴くなら、いつかは必ず通る一枚です。
演奏しているのは、不遇の時代を乗り越えて40代でスターダムに駆け上がったジョー・パスただ一人。彼の波乱に満ちた歩みについては ジョー・パスとは?(人物紹介記事) で詳しく紹介していますので、あわせて読んでいただくと、このアルバムの凄みがいっそう立体的に見えてくるはずです。
- アルバム基本情報
- どんなアルバム?
- 参加メンバー
- 全曲解説
- 1. Night and Day(作曲:コール・ポーター)
- 2. Stella by Starlight(作曲:ヴィクター・ヤング)
- 3. Here’s That Rainy Day(作曲:ジミー・ヴァン・ヒューゼン)
- 4. My Old Flame(作曲:アーサー・ジョンストン)
- 5. How High the Moon(作曲:モーガン・ルイス)
- 6. Cherokee(作曲:レイ・ノーブル)
- 7. Sweet Lorraine(作曲:クリフ・バーウェル)
- 8. Have You Met Miss Jones?(作曲:リチャード・ロジャース)
- 9. ‘Round Midnight(作曲:セロニアス・モンク/クーティー・ウィリアムス)
- 10. All the Things You Are(作曲:ジェローム・カーン)
- 11. Blues for Alican(作曲:ジョー・パス)
- 12. The Song Is You(作曲:ジェローム・カーン)
- 聴きどころ・なぜ名盤なのか
- こんな人におすすめ
- まとめ
- 関連記事
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1973年12月(Discogs等では1974年表記の盤もあり) |
| レーベル | Pablo Records(パブロ・レコード) |
| 録音日 | 1973年8月28日 |
| 録音場所 | MGMレコーディング・スタジオ(米ロサンゼルス) |
| プロデューサー | ノーマン・グランツ(Norman Granz) |
編成はジョー・パスのギター1本のみ、全12曲を多重録音なしの完全無伴奏ソロで弾き切った異色のアルバムです。
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どんなアルバム?
『Virtuoso』が生まれた1973年は、ジョー・パスにとって人生の転機の年でした。若い頃にヘロイン依存で長いブランクを強いられたパスは、更生施設シナノンでの約2年半を経て復帰し、1962年の『Sounds of Synanon』でレコードデビュー。『For Django』(1964年)などで評価を得たものの、60年代後半はロサンゼルスのスタジオワークが中心で、ジャズファンの表舞台からはやや遠い存在でした。
そこに手を差し伸べたのが、名プロデューサーのノーマン・グランツです。JATP(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)を主宰し、Verveレーベルを創設した大物グランツは、1973年に新レーベルPablo Recordsを本格始動させ、パスと契約を結びます。本作の録音は1973年8月28日、ロサンゼルスのMGMレコーディング・スタジオで、わずか一日のセッションによって行われました。
驚くべきは、その内容です。伴奏者を一切付けず、ギター1本だけでスタンダード中心の12曲を演奏するという、当時としては大胆きわまりない企画。しかし蓋を開けてみれば、本作はPabloカタログ中ほぼ全作品を上回るセールスを記録し、1974年のBillboardジャズ・アルバム・チャートで16位に達する大ヒットとなりました。エラ・フィッツジェラルドやオスカー・ピーターソンの作品と並ぶPablo初期の看板アルバムとなり、パスの名は一気に広まります。
さらに1974年に発表された、ピーターソン、ニールス・ペデルセンとの『The Trio』は翌1975年のグラミー賞(グループによる最優秀ジャズ演奏賞)を受賞し、パスは名実ともに「Pabloの顔」に。本作の成功を受けて『Virtuoso #2』(1976年)、『#3』(1977年)、『#4』(1983年発売)とシリーズ化されました。ちなみに本作は再発時にもボーナストラックを加えない12曲構成が基本のまま。オリジナルの完成度がそれだけ揺るぎない、ということでもあります。
参加メンバー
参加メンバーは、ただ一人。ゲストも、リズムセクションもいません。この「たった一人」という事実こそが、本作の最大の看板です。
- ジョー・パス(ギター) … 1929年ニュージャージー州生まれ。愛器は1963年に手にして以来使い続けたGibson ES-175D(ハムバッカー搭載のアーチトップ・エレクトリックギター)。メロディ・コード・ベースラインを一人で同時に成立させる、ピアニストのようなソロギター奏法で知られる巨匠です。
全曲解説
オリジナルLPに収録された全12曲を、順番に見ていきましょう。
1. Night and Day(作曲:コール・ポーター)
アルバムの方法論を高らかに宣言するオープナー。輪郭のはっきりしたクリアなトーンで、流れるようなコードワークの上にメロディを重ね、随所で猛烈なシングルノートのラン(速いフレーズの駆け上がり)が炸裂します。1曲目にして「ギター1本でここまでできるのか」と圧倒される演奏です。
2. Stella by Starlight(作曲:ヴィクター・ヤング)
邦題「星影のステラ」で親しまれるスタンダード。ここでは和声的な複雑さと、洗練されたヴォイシング(和音の音の積み方)が際立ちます。じっくりとハーモニーの美しさに浸りたい一曲です。
3. Here’s That Rainy Day(作曲:ジミー・ヴァン・ヒューゼン)
しっとりとした叙情が魅力のスタンダードを、コードメロディ(メロディと和音を同時に弾く奏法)で丁寧に歌い上げます。技巧だけではないパスの歌心が伝わってくる演奏です。
4. My Old Flame(作曲:アーサー・ジョンストン)
古き良き時代の香りをまとったスタンダード。メロディを慈しむように弾きながら、合間にさりげなく差し込まれる経過和音やフィルに、パスの引き出しの多さが表れています。
5. How High the Moon(作曲:モーガン・ルイス)
ジャムセッションの定番曲。この演奏ではウォーキングベース(4分音符で歩くように進むベースライン)の技術が特に強力で、低音弦でベースを刻みながら、その上でコードとメロディを同時に操るパスの真骨頂が味わえます。
6. Cherokee(作曲:レイ・ノーブル)
チャーリー・パーカーの名演で知られる高速ビバップの試金石。パスはしばしばパーカーになぞらえられますが、この録音は「その理由を雄弁に物語る」と評された、アルバム屈指の超絶技巧トラックです。ソロギターでこのテンポ、この情報量。初めて聴く方はまず耳を疑うと思います。
7. Sweet Lorraine(作曲:クリフ・バーウェル)
B面はこの愛らしいスタンダードから。肩の力の抜けたスウィング感で、パスのリラックスした一面が顔をのぞかせます。難しいことを難しく聴かせない、余裕の演奏です。
8. Have You Met Miss Jones?(作曲:リチャード・ロジャース)
ミュージカル由来の粋なスタンダード。軽やかにスウィングしながら、コードとシングルノートを瞬時に行き来する、本作のスタイルが凝縮された一曲です。
9. ‘Round Midnight(作曲:セロニアス・モンク/クーティー・ウィリアムス)
モンクが遺したジャズ屈指の名バラード。この演奏は「めったに再現できない閃きと技術的完成度で、この曲に新鮮な視点をもたらした」と評されました。深く沈み込むようなハーモニーの解釈は、アルバム中でも特に聴き応えがあります。
10. All the Things You Are(作曲:ジェローム・カーン)
転調を重ねる美しいコード進行で、ジャズメンに愛され続けるスタンダード。パスは力強い推進力と静かな美しさのあいだを自在に行き来しながら、和声の流れを一人で描き切ります。その様子は、まさに圧巻です。
11. Blues for Alican(作曲:ジョー・パス)
本作唯一のオリジナル曲で、タイトル通りのブルース・ナンバー。スタンダード解釈とはひと味違う、パス自身の言葉で語られるブルース・フレージングが楽しめます。スタンダード集の中に置かれることで、良いアクセントになっています。
12. The Song Is You(作曲:ジェローム・カーン)
クローザーは再びジェローム・カーンの筆によるスタンダード。最後まで緊張感を緩めることなく、アルバムを晴れやかに締めくくります。聴き終えた後、思わず1曲目に戻りたくなるはずです。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
本作の核心は、メロディ・コード・ウォーキングベースという本来3人分の仕事を、パスがたった一人で、しかも即興の流れの中で同時に成立させている点にあります。コードメロディ、ベースライン、流麗なシングルノート・ソロを瞬時に切り替えるその演奏は、しばしば「ピアニストのよう」と形容されます。ソロギターだけでフルバンド並みの深みと即興性を持つアルバムが成立することを証明した本作は、ジャズギターの歴史を変えた一枚と位置づけられています。
評価の高さも折り紙付きです。AllMusicで満点の5つ星、Rolling Stone Jazz Record Guideで5/5、Penguin Guide to Jazz Recordingsでも満点の4/4と、主要ガイドがそろって最高評価を与えており、同ペンギン・ガイドでは「コア・コレクション(まず揃えるべき必聴盤)」にも選出されています。マーティン・テイラーやジョン・ピザレリをはじめとする、後続のソロギター奏者たちへの影響もしばしば指摘されています。
そして本作は過去の遺産ではありません。2025年にはCraft RecordingsのOriginal Jazz Classicsシリーズから、オリジナルテープを用いたオールアナログ・カッティングの180g重量盤LPとして再発されるなど、半世紀を経た今も現役の定番カタログであり続けています。
こんな人におすすめ
- ジャズギターの「すごさ」を一枚で体感したい人 … メロディ・コード・ベースが同時に鳴るソロギターの到達点。ジャンルの魅力が最短距離で伝わります
- ソロギターやコードメロディを練習中のギタリスト … ウォーキングベースとコードワークの生きた教科書。世界中のギタリストが今もここから学んでいます
- スタンダード曲の解釈の幅を知りたい人 … Night and DayやAll the Things You Areなど、おなじみの定番曲がまったく新鮮な姿で立ち上がる瞬間に出会えます
- 静かな環境でじっくり聴ける一枚を探している人 … ギター1本の音数だからこそ、夜の読書や作業のお供にも寄り添ってくれます
まとめ
『Virtuoso』は、ギター1本ですべてを語り切った完全ソロアルバムであり、40代半ばのジョー・パスを一躍スターに押し上げた出世作です。一日で録音されたセッションから生まれた12曲は、テクニックの見本市であると同時に、スタンダードへの深い愛情に貫かれた「歌」の記録でもあります。だからこそ半世紀にわたり、聴き手と弾き手の双方を惹きつけてやまないのでしょう。
まだ聴いたことがない方は、まず1曲目「Night and Day」だけでも再生してみてください。ギター1本から立ち上がる音の豊かさに驚いたら、あとは最後まで一気です。ジャズギターの歴史がこの一枚で動いた理由を、ぜひご自身の耳で確かめてみてください。
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