1976年発表の『Breezin’(ブリージン)』は、ジャズ・ギタリストのアルバムがビルボードのポップ・チャートで頂点に立てることを証明した、記念碑的な作品です。ジョージ・ベンソンの流麗なギターに、クラウス・オガーマンの上品なストリングスと、タイトなグルーヴを刻むリズム・セクションが寄り添う音世界は、発売から半世紀を経た今もまったく色あせていません。ジャズの即興の楽しさを保ちながら、ポップスとして心地よく聴ける——そのバランス感覚こそが本作の魅力です。
「ウェス・モンゴメリーの後継者」と呼ばれた名手が、なぜ・どのようにしてこの大ヒット作へたどり着いたのか。本記事では制作背景から全曲解説まで、じっくり掘り下げていきます。ベンソンというギタリストの歩みそのものについては、ジョージ・ベンソンとは?(人物紹介記事)で詳しく紹介していますので、あわせてどうぞ。
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1976年3月19日 |
| レーベル | Warner Bros. Records(ワーナー移籍第1作) |
| 録音日 | 1976年1月6日〜8日 |
| 録音場所 | キャピトル・スタジオ(ハリウッド) |
| プロデューサー | トミー・リピューマ(Tommy LiPuma) |
バンドは、ベンソン(ギター、ボーカル)を含む7人のコア・メンバーに、クラウス・オガーマン指揮のストリングス・オーケストラを重ねた編成です。
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どんなアルバム?
本作以前のベンソンは、クリード・テイラー主宰のCTIレコードでジャズ・ギタリストとして活躍し、「ウェス・モンゴメリーの後継者」と目される存在でした。1975年にワーナー・ブラザースと契約し、その移籍第1弾として制作されたのが『Breezin’』です。プロデューサーのトミー・リピューマとエンジニアのアル・シュミットのコンビは、クラウス・オガーマンの上品なストリングス・アレンジを重ねる「クロスオーバー」路線(ジャズとポップスの垣根を越える音作り)を設計。録音はキャピトル・スタジオでわずか3日間という短期間で行われました。
タイトル曲「Breezin’」には興味深い来歴があります。作曲者はボビー・ウーマックで、初演は1971年に発表されたガボール・ザボのアルバム『High Contrast』収録版でした。この初演にはウーマック本人がリズム・ギターで参加しており、プロデュースを手がけたのは同じくリピューマ。つまり本作は、リピューマにとって自身が世に送り出した曲の「再演」でもあったのです。
もっとも、ベンソン本人は当初「ウーマックのオリジナルの方が良い」と録音に乗り気ではなく、リピューマに頼んでウーマック本人をスタジオに呼んでもらいました。するとウーマックは、ダブルストップ(2本の弦を同時に弾く奏法)による新しいリックを「ダダダダダダダ・ダーン!」と口ずさんで提案。これが曲を象徴するフックとなり、ベンソン自身も後年「あのラインが『Breezin’』を大衆に届けた」と回想しています(Guitar Player誌インタビュー)。作曲者本人がスタジオで口伝えしたフレーズが、大ヒットの決め手になったわけです。
機材面のディテールも見逃せません。この録音でベンソンは、入手したばかりのギブソン・ジョニー・スミス・モデルをポリトーンのアンプにつないで使用したと、本人がGuitar Player誌のインタビューで語っています。フルアコならではの豊かな鳴りとウォームなトーンの組み合わせは、本作の「風のように軽やかな」サウンドを支える隠れた立役者と言えるでしょう。
参加メンバー
コア・バンドは、当時のベンソンのワーキング・バンド(日常的に演奏をともにしていたメンバー)が中心です。気心の知れた面々ならではの一体感あるグルーヴに、オガーマン指揮のオーケストラが彩りを添えます。
- ジョージ・ベンソン(ギター、ボーカル) … 本作の主役。流麗なシングルラインと歌心あふれるフレージングが全編を貫きます
- ホルヘ・ダルト(アコースティック・ピアノ、クラビネット) … 「This Masquerade」で長尺のソロを聴かせるピアニスト。本作の白眉のひとつです
- ロニー・フォスター(エレクトリック・ピアノ、ミニムーグ) … ワーキング・バンドを支える鍵盤奏者。クローザー「Lady」の作曲者でもあります
- フィル・アップチャーチ(リズム・ギター、ベース・ギター) … リズム・ギターとベースの二役をこなす名手。「Six to Four」を提供しました
- スタンリー・バンクス(ベース・ギター) … バンドのグルーヴの土台を支えるベーシスト
- ハーヴィー・メイソン(ドラムス) … 数多くのセッションで知られる名ドラマー
- ラルフ・マクドナルド(パーカッション) … リズムに彩りを加えるパーカッションの名手
- クラウス・オガーマン(アレンジ、指揮) … ストリングス・アレンジと指揮を担当。本作の浮遊感ある音像の設計者です
全曲解説
ここではオリジナルLP基準の全6曲(ボーカル入りは「This Masquerade」のみで、ほかはすべてインストゥルメンタル)を曲順どおりに紹介します。
1. Breezin’(作曲:ボビー・ウーマック)
軽快なミドルテンポのインストで、アルバムの世界観をそのまま体現したオープナー。ウーマック直伝のダブルストップのフックと、オガーマンのストリングスが生む浮遊感がたまりません。シングルはHot 100で63位を記録し、曲自体はフュージョン/スムーズジャズのスタンダードとして定着しました。
2. This Masquerade(作曲:レオン・ラッセル)
アルバム唯一のボーカル曲で、レオン・ラッセル作の名曲のカバー。ギターとスキャット(意味を持たない音節で歌う即興唱法)のユニゾンという、ベンソン十八番のスタイルを本格的に世に知らしめた1曲です。ホルヘ・ダルトの長尺ピアノ・ソロも聴きどころ。Hot 100で10位のヒットとなり、グラミーの最優秀レコード賞に輝きました。
3. Six to Four(作曲:フィル・アップチャーチ)
リズム・ギターのアップチャーチが提供した、ループするギター・リフを軸にしたファンキーなグルーヴ・ナンバー。ワーキング・バンドならではのタイトな絡みが楽しめます。
4. Affirmation(作曲:ホセ・フェリシアーノ)
ホセ・フェリシアーノ作のインスト。スローに始まるギター・ソロから徐々に熱を帯びていく構成が見事で、後年までベンソンのライブ・レパートリーとして愛奏されました。
5. So This Is Love?(作曲:ジョージ・ベンソン)
ベンソン自身のオリジナル。バンドのインタープレイ(演奏者同士の即興的な掛け合い)とオーケストラの絡みが楽しめる、アルバム中最もジャズ寄りの演奏とされる1曲です。
6. Lady(作曲:ロニー・フォスター)
鍵盤のフォスターが書いたメロウなクローザー。ゆったりとした余韻でアルバムを締めくくる、スムーズジャズ・ファンに人気の1曲とされています。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
商業的な実績はまさに桁外れでした。ビルボードのポップ(Billboard 200)・ジャズ・R&Bの3チャートすべてで1位を獲得し、ジャズ・アルバムとして史上初のプラチナ認定(RIAA)を受けたとされます。現在までに3×プラチナ(全米300万枚)に到達し、史上最も売れたジャズ・アルバムの一つに数えられています。1977年の第19回グラミー賞では「This Masquerade」が最優秀レコード賞、アルバムが最優秀ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞、アル・シュミットが最優秀エンジニア賞(非クラシカル)を受賞し、最優秀アルバム賞にもノミネートされました。
一方で批評的な評価には興味深いコントラストがあります。AllMusicのリチャード・S・ジネルは5点満点中3.5点をつけ、「ギターは相変わらず自信に満ち流麗」としつつも「ブレイクスルーというより過渡期のアルバム」と評しました。当時のジャズ純粋主義者からは商業路線への転換として批判もあったとされます。しかし近年は「スムーズジャズというジャンルの礎を築いた金字塔」「ベンソンの最高傑作の一つ」と再評価する声が多く、時間が本作の価値を証明した格好です。
ジャズギター史の観点では、本作は「ジャズ・ギタリストがポップ・チャートの頂点に立てる」ことを証明した作品であり、以降のフュージョン/スムーズジャズ(アール・クルー、リー・リトナー以降の流れ)の商業的な青写真となりました。「This Masquerade」で確立したスキャットとギターのユニゾンはベンソンの代名詞として後続に広く影響を与え、本作の成功を足がかりに、ベンソンは『In Flight』(1977)『Weekend in L.A.』(1978)へと続く黄金期に突入していきます。
こんな人におすすめ
- ジャズギターをこれから聴き始める人 … 難解さがなくポップスとして楽しめるのに、ソロの中身は本物のジャズ。入門盤として最適です
- ウェス・モンゴメリーが好きな人 … モンゴメリー譲りのオクターブ奏法(同じ音を1オクターブ違いで同時に弾く奏法)や歌心あるフレージングを、洗練されたサウンドの中で味わえます
- スムーズジャズやフュージョンのルーツを知りたい人 … ジャンルの礎を築いたとされる本作は、この系譜を語るうえで避けて通れません
- ギターの音作りにこだわる人 … ジョニー・スミス・モデル+ポリトーンによる本作のウォームなトーンは、フルアコ好きなら一度は研究したいサウンドです
まとめ
『Breezin’』は、ジャズの即興性とポップスの聴きやすさを両立させた、クロスオーバーの金字塔です。ウーマックがスタジオで口伝えしたフックの逸話や、ガボール・ザボ版から続くリピューマとの縁など、制作背景を知れば知るほど、この軽やかなサウンドの裏にある人の繋がりとドラマが見えてきます。
まずはオリジナルLP基準の6曲を、曲順どおりに通して聴いてみてください。風のように吹き抜ける「Breezin’」から、メロウな「Lady」の余韻まで、心地よい旅が待っています。そしてベンソンのギターの歌いっぷりに惹かれたら、ぜひ次は『In Flight』『Weekend in L.A.』へ。ここから始まる黄金期の入口として、本作はいつでもあなたを迎えてくれます。
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