1975年にCTIレーベルから発表されたジム・ホールの『Concierto(コンシェルト)』は、日本では『アランフェス協奏曲』の邦題で長く親しまれてきた、1970年代ジャズギターを代表する名盤です。A面には小粋なコンボ・ジャズが3曲、B面にはロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を約19分かけて描き切った大作が1曲。ポール・デスモンド、チェット・ベイカーら夢のような顔ぶれが集いながら、派手さではなく「静けさ」と「歌心」で聴かせる、何度でも針を落としたくなる1枚です。
主役のジム・ホールは、音数を絞り「間」で聴かせる美学を貫き、後のギタリストたちに絶大な影響を与えた人物です。その歩みや人柄については ジム・ホールとは?(人物紹介記事) で詳しく紹介していますので、あわせてお読みください。この記事では、そんなホールの代表作『Concierto』を、制作背景から全曲解説までじっくり掘り下げていきます。
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1975年8月(米国・LP) |
| レーベル | CTI Records |
| 録音日 | 1975年4月16日・23日 |
| 録音場所 | ヴァン・ゲルダー・スタジオ(米ニュージャージー州イングルウッド・クリフス) |
| プロデューサー | クリード・テイラー |
編成はギター、アルト・サックス、トランペット、ピアノ、ベース、ドラムスの6人によるセクステット(6人編成のバンド)で、アレンジを担当したドン・セベスキーは演奏には加わっていません。
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どんなアルバム?
意外に思われるかもしれませんが、ホールが単独名義でCTIに吹き込んだリーダー作は、1970年代を通じて本作だけです(1978年録音の『Big Blues』はアート・ファーマーとの連名作品)。ホールはソニー・ロリンズ、ビル・エヴァンス、ポール・デスモンドらとの共演者としてキャリアの大半を過ごしてきた人で、1970年代前半もMilestoneなどに散発的にリーダー作を残していた時期でした。そんなホールに、名門CTIが正面からスポットライトを当てたのが本作です。
メンバーを集めたのは、CTIを主宰する名プロデューサーのクリード・テイラー。デスモンド、ベイカー、ローランド・ハナ、ロン・カーター、スティーヴ・ガッドという人選は、AllMusicのレビューで「ジャズ愛好家にとって夢の実現」とまで評された豪華さです。ホールとデスモンドは、1959年の共演盤『First Place Again』から1960年代前半のRCA諸作まで録音をともにしてきた長い付き合いですが、ホールとベイカーのレコーディング共演はこれが初とされ(記録上わずか2回のうちの1回)、当時としても新鮮な組み合わせでした。しかも1970年代半ばはベイカーがブランクから本格復帰を果たした時期。この顔合わせの実現自体が、本作の大きな価値です。
タイトル曲「アランフェス協奏曲」には先例があります。ロドリーゴ作曲のこのクラシック曲(第2楽章アダージョ)は、マイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンスの『Sketches of Spain』(1960年)で取り上げられてジャズの世界に浸透しており、本作はその系譜に連なる企画でした。ただし本作ではストリングス(弦楽オーケストラ)を使わず、セベスキーがセクステットだけで約19分のジャズ・アレンジを書き上げています。アルバム名『Concierto』は、B面すべてを占めるこの曲から取られました。
録音は1975年4月16日と23日のわずか2セッション。数々の名盤を生んだヴァン・ゲルダー・スタジオで、エンジニアはもちろんルディ・ヴァン・ゲルダーです。なお、1997年リミックス以降のCD再発盤には「Rock Skippin’」「Unfinished Business」や別テイクなどのボーナストラック(収録数は盤によって異なります)が追加されていますが、本記事ではオリジナルLPの4曲構成を基準に紹介していきます。
参加メンバー
本作の魅力を語るうえで欠かせないのが、この豪華な6人の顔ぶれです。それぞれの個性がぶつかり合うのではなく、静かに溶け合っているのが本作の妙味です。
- ジム・ホール(ギター) … 本作の主役。エレクトリック・ギターを軸に、「アランフェス」ではアコースティック(スパニッシュ)・ギターのオーバーダブ(多重録音)も行っているとされます。
- ポール・デスモンド(アルト・サックス) … 「Take Five」で知られる、ため息のように柔らかな音色のアルト奏者。ホールとは長年の共演関係にあり、本作は晩年(1977年没)の重要セッションのひとつです。
- チェット・ベイカー(トランペット) … 甘くリリカルな歌い口で知られるトランペッター。復帰期の充実したプレイを本作で聴くことができます。
- ローランド・ハナ(ピアノ) … 各曲でソロを受け持ち、流麗なプレイでアンサンブルに彩りを添えるピアニストです。
- ロン・カーター(ベース) … アコースティック・ベースでバンド全体の土台を支え、「アランフェス」冒頭ではホールと二人で静かな導入を紡ぎます。
- スティーヴ・ガッド(ドラムス) … のちに数々の名演で知られることになる名ドラマーの、若き日の参加。抑制の効いたドラミングで全編を支えます。
全曲解説
ここからは、オリジナルLPに収録された全4曲を曲順に紹介します。
1. You’d Be So Nice to Come Home To(作曲:コール・ポーター)
コール・ポーターの有名スタンダードで幕開け。ホールのテーマ提示に始まり、デスモンド、ベイカー、ハナ、カーターへと順にソロが受け渡されていく、リラックスした演奏です。1曲目にして各メンバーの個性がひととおり味わえる、名刺代わりのオープナーと言えるでしょう。聴き慣れた曲だからこそ、各人の「歌い方」の違いが浮かび上がります。
2. Two’s Blues(作曲:ジム・ホール)
ホール自身が書いたシンプルなブルース。最大の聴きどころは、ホールとベイカーによるライン交換(トレード=ソロを短く交互に受け渡すこと)です。ホールのソロは、コード(和音)弾きとシングルライン(単音のフレーズ)を自在に行き来し、そのリズムの柔軟さが光ります。肩の力が抜けた小品ながら、二人の会話の妙が詰まった1曲です。
3. The Answer Is Yes(作曲:ジェーン・ホール)
ジム・ホール夫人のジェーン・ホールが作曲したリリカルな曲。ホールのバラード風のイントロに導かれて、ベイカーがメロディをじっくりと歌い上げます。終盤にはベイカーとホールのコール&レスポンス(掛け合い)が待っており、A面の締めくくりにふさわしい余韻を残す、本作の「静けさの美学」を象徴する隠れた名演です。
4. Concierto de Aranjuez(作曲:ホアキン・ロドリーゴ)
B面まるごと1曲を占める、本作のハイライトです。ホールのギター(エレクトリックに加えスパニッシュ・ギターのオーバーダブとされます)とカーターのベースによる静かな導入から始まり、バンド全体が入るとサンバ風のリズムへと展開。デスモンド、ベイカー、ハナのソロが次々と主題を発展させ、最後は哀愁を帯びたテーマへと回帰していきます。ストリングスに頼らず、セクステットだけでクラシックとジャズを融合させたセベスキーのアレンジは高く評価されており、その長さをまったく感じさせません。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
本作の面白さは、まず「A面=小粋なコンボ・ジャズ3曲/B面=19分のアランフェス1曲」という鮮やかな対比にあります。「アランフェス」の壮大さばかりが語られがちなアルバムですが、A面の「Two’s Blues」でのホールとベイカーの絡みのような、さりげない聴きどころも見逃せません。CTIらしい洗練された音作りでありながら、中身はオーケストラ装飾のないストレートアヘッド(王道・直球)なジャズ。ホールの抑制されたリリカルなプレイに、デスモンドとベイカーのソフトな音色が重なることで生まれる「哀愁」が、サウンド全体の核になっています。
評価も折り紙付きです。AllMusicは5点満点中4.5点をつけ、「ホールの優れたカタログの中でも最高のアルバムの一つ」と絶賛。セールス面でもCTI屈指のベストセラーとされ、日本では『アランフェス協奏曲』の邦題で繰り返し再発されてきた、ジャズ喫茶や名盤ガイドの常連です。
そしてジャズギター史の観点では、「歌うように弾く」「間で聴かせる」というホールの美学が、大作志向の企画ものと見事に両立した稀有な例として重要です。静かなダイナミクスと室内楽的なインタープレイ(演奏者同士の対話的なやり取り)は、ビル・フリゼール、パット・メセニー、ジョン・スコフィールドら、ホールを師と仰ぐ後続世代への影響を物語る代表例としてしばしば言及されます。
こんな人におすすめ
- ジャズギターをこれから聴き始める人 … 音数が少なく耳あたりが柔らかいので、ジャズ入門盤として最適。有名スタンダードから始まる構成も親切です。
- 『Sketches of Spain』が好きな人 … マイルスの名盤と同じ「アランフェス協奏曲」を、セクステットならではの室内楽的アプローチで聴き比べられます。
- 静かな夜にじっくり聴ける1枚を探している人 … 全編を貫く抑制と哀愁のムードは、夜更けのリスニングにぴったりです。
- ギターを演奏する人 … コード弾きとシングルラインの行き来、音を詰め込みすぎない間の取り方など、ホールのプレイは伴奏とソロの生きた教科書です。
まとめ
『Concierto』は、名脇役として知られたジム・ホールが1970年代のCTIに単独名義で残した唯一のリーダー作でありながら、デスモンド、ベイカーら夢の顔ぶれとともに「静けさで聴かせるジャズ」の到達点を示した1枚です。小粋なA面と壮大なB面という対比、そして全編に流れる歌心と哀愁は、発売から半世紀を経た今もまったく色あせていません。
まずはB面の「アランフェス協奏曲」で19分の旅を体験し、そのあとでA面の3曲に戻ってみてください。大作の影に隠れがちな小品の中にこそ、ホールというギタリストの本質が息づいていることに気づくはずです。ジャズギターの「歌」と「間」を知りたいなら、避けては通れない必聴盤です。
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