ジュリアン・ラージ(Julian Lage)『Squint』徹底解説|歌心と即興が溶け合うブルーノート移籍第1作

ジュリアン・ラージ Squint 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

ギターが「歌う」瞬間を、これほど瑞々しく閉じ込めたアルバムはそう多くありません。2021年発表の『Squint(スクイント)』は、現代ジャズギター・シーンの最重要人物と呼ばれるジュリアン・ラージ(日本盤での公式カナ表記は「ジュリアン・レイジ」。当ブログでは「ラージ」で統一します)が、名門ブルーノートに移籍して最初に発表した作品です。美しいクリーントーンのエレキギターと、トリオ3人の生々しい対話。約45分のなかに、ジャズの伝統と「いま」の音が自然に同居しています。

本記事では、『Squint』の基本情報から制作背景、オリジナル盤全11曲の解説までをまとめてご紹介します。ラージというギタリストの歩みを詳しく知りたい方は、ジュリアン・ラージとは?(人物紹介記事)もあわせてご覧ください。本作の位置づけがより立体的に見えてくるはずです。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 2021年6月11日
レーベル Blue Note Records(ブルーノート)
録音日 2020年8月
録音場所 サウンド・エンポリアム(米テネシー州ナッシュビル)
プロデューサー マーガレット・グラスピー、アーマンド・ハーシュ(共同プロデュース)

編成はギター・ベース・ドラムスの3人によるトリオで、ベースのホルヘ・ローダーとドラムスのデイヴ・キングがラージを支えます。

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どんなアルバム?

『Squint』は、ラージにとってリーダーとしてのブルーノート・デビュー作です。きっかけのひとつは、レーベル社長のドン・ウォズがモンタレー・ジャズ・フェスティバルでラージのトリオ演奏(このときのドラマーはエリック・ドゥーブ)に「完全に打ちのめされた」と語り、その「永遠のグルーヴ」と一体感を絶賛したこと。ラージ本人も「ブルーノートの伝統から生まれた新しい音楽を、自分なりの解釈で提示する機会だと感じた」と述べています。

制作の道のりは平坦ではありませんでした。トリオは2020年1月、ニューヨークの名門クラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードで6夜のレジデンシー(同じ会場での連続公演)を行い新曲を練り上げますが、当初2月に予定されていた録音は、ローダーの負傷、さらにコロナ禍によって延期と場所変更を余儀なくされます。録音が実現したのは2020年8月、ナッシュビルのスタジオ「サウンド・エンポリアム」。ラージは妻でシンガーソングライターのマーガレット・グラスピーとともに録音に先立ってナッシュビル入りして準備を進め、感染対策を徹底したうえで敢行しようというドン・ウォズの後押しでセッションにこぎつけました。

作曲プロセスもユニークです。ラージは2020年3月末に書いたソロギター曲「Etude」を皮切りに数十曲を書き、そこから収録曲を絞り込みました。ロックダウン中はオーネット・コールマンやジム・ホールを聴き込んでフレージングの着想を得る一方、作家ジェイムズ・ボールドウィンや詩人ニッキ・ジョヴァンニといった「偉大な語り手」のスピーチや朗読に合わせてギターを弾き、その語りのリズムを作曲の指針にしたそうです。当初は「美しくポジティブな音楽」を目指していた構想も、2020年の社会的動乱を経て、ある種の感情的な複雑さを含んだものへと深まっていったと伝えられています。「目を細める」という意味のタイトルには、不確かなものをよく見ようとする姿勢が重なります。

録音は全員マスク着用で1日約10時間、計4日間。ドン・ウォズは「今回は行儀よくやる必要はない。音のかぶり(ブリード=各楽器の音が他のマイクに混ざり込むこと)を許容しよう」とトリオの背中を押します。エンジニアのマーク・グッデルは仕切りを取り払い、3人が生音で対話できる環境を作りました。プロデュースを担ったグラスピーとアーマンド・ハーシュは、本作を単なる「上手いジャズギターのレコード」に終わらせず、「明確なスピリチュアルな脈動」を持つ音楽にすることを重視。参照点となったのは、グラント・グリーン『Idle Moments』やジョー・ヘンダーソン『Inner Urge』などブルーノートの名盤群でした。

参加メンバー

本作のトリオは、カバー中心のアルバム『Love Hurts』(2019年)に続く、この顔ぶれでの2作目のスタジオ録音です。以後のブルーノート諸作でも基本形となる3人です。

  • ジュリアン・ラージ(エレクトリック・ギター) … 神童として出発し、いまや「現代ジャズギターの最重要人物」と評されるギタリストです。
  • ホルヘ・ローダー(ベース) … ペルー出身。ラージのデビュー作『Sounding Point』(2009年)以来の盟友です。
  • デイヴ・キング(ドラムス) … ザ・バッド・プラスのドラマーとして著名。ラージがニューヨークの実験音楽スペース「The Stone」で行ったレジデンシーの一夜に初共演し、すぐに手応えをつかんだといいます。

全曲解説

オリジナル盤は全11曲。うち9曲がラージのオリジナルで、カバーは「Emily」「Call of the Canyon」の2曲です。

1. Etude(作曲:ジュリアン・ラージ)

無伴奏ソロギターによるオープナーで、ロックダウン初期の2020年3月末に書かれた、本作の作曲群の出発点となった曲です。対位法(複数の旋律を同時に絡ませる書法)を感じさせる動きと洗練された和声を、テレキャスター系エレキギター1本の親密な音像で聴かせ、アルバム全体を貫く「歌心」を静かに予告します。

2. Boo’s Blues(作曲:ジュリアン・ラージ)

ブルーノートの伝統に直結するブルース。ラージは「デイヴとホルヘのために書いた曲だが、頭の中ではビリー・ヒギンズやアート・テイラー、ウィルバー・ウェアといった往年の名手たちが演奏する姿を思い描いていた」と語っています。

3. Squint(作曲:ジュリアン・ラージ)

表題曲。ビリー・ヒギンズのドラムソロにみられる呼応(コール&レスポンス)と、レニー・トリスターノ独特のスウィング感を発想源にしたと本人が語る、トリオの躍動が凝縮された1曲です。

4. Saint Rose(作曲:ジュリアン・ラージ)

アルバム発表と同時に公開された先行シングル。出身地カリフォルニア州サンタローザにちなむとされます。シンプルに聞こえるリズムの土台に、巧妙な転調や拍のずらしが仕込まれた、ラージの作曲術が光る曲です。

5. Emily(作曲:ジョニー・マンデル)

映画『The Americanization of Emily』(1964年)の主題曲として知られるスタンダード(ジャズで長く演奏され続ける定番曲)を、歌なしの美しいワルツとして演奏。トリオの繊細なバラード表現の白眉です。

6. Familiar Flower(作曲:ジュリアン・ラージ)

チャールス・ロイドに捧げられた曲。非対称なリズムと角張ったストップが特徴で、リズム隊が先に曲の性格を確立してからメロディが入る構造がユニークです。

7. Day and Age(作曲:ジュリアン・ラージ)

2015年のソロ・アコースティック作『World’s Fair』収録曲を、トリオで再演したもの。独奏版との聴き比べも楽しい1曲です。

8. Quiet Like a Fuse(作曲:ジュリアン・ラージ)

6分54秒と、アルバム中もっとも長尺の曲。アトモスフェリック(空気感を重視した)でミステリアスな展開のなか、トリオの即興対話が最も深く聴けるナンバーです。

9. Short Form(作曲:ジュリアン・ラージ)

甘いメロディの裏にどこか不穏さが漂う小品。本作を貫く、美しさと複雑さが同居した感覚が凝縮されています。

10. Twilight Surfer(作曲:ジュリアン・ラージ)

ロカビリーやサーフ・ミュージックを思わせる要素を、ストイックなトリオ編成で鳴らした曲。ジャズにとどまらないラージのアメリカーナ(米国ルーツ音楽)趣味が顔を出します。

11. Call of the Canyon(作曲:ビリー・ヒル)

カウボーイ歌手ジーン・オートリーの歌唱で知られるカントリー/ウエスタンの古典を、「Emily」と対をなすような静謐なクローザーとして再解釈。古い歌への愛情がにじむ、余韻の美しい幕切れです。

なお、日本盤SHM-CDにはボーナストラックとして12曲目に「Granada(グラナダ)」が収録されています。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

本作のコンセプトは、「ジャズの即興言語」と「シンガーソングライター的な歌の強度」の融合にあります。ラージはWilcoのジェフ・トウィーディーからソングライティングについて助言を受けたことも明かしており、どの曲も即興の応酬でありながら、まず1曲の「歌」として完結しています。仕切りを外して録られたトリオの生々しい空気感と、ラージの美しいクリーントーンも大きな聴きどころです。

批評面でも高く迎えられました。DownBeat誌は「ブルーノートの伝統に対する、きわめて現代的な解釈」と評し、All About Jazz誌は「どの角度から聴いても、最初から最後まで喜びに満ちたアルバム」と絶賛。AllMusicも5点満点中4点の評価を与えています。

本作はまた、ジム・ホール以来の「歌うエレキギター・トリオ」の系譜を21世紀に更新した作品とも位置づけられています。以後『View With A Room』(2022年)『The Layers』(2023年)『Speak to Me』(2024年)と続くブルーノート期の出発点で、このうち『The Layers』と『Speak to Me』はグラミー賞(最優秀コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム部門)にノミネートされました。

こんな人におすすめ

  • ジャズギターをこれから聴き始める初心者 … メロディが明快で約45分と聴きやすく、それでいて聴くほどに深い。現代ジャズギター入門として理想的な1枚です。
  • トリオ演奏の生々しい空気感が好きな人 … 仕切りを外して録音された本作は、3人が同じ部屋で対話するライブのような音像が味わえます。
  • ギターを弾く人 … 対位法的なソロギター、トリオでのスペースの使い方、作曲と即興の溶け合わせ方など、学びの宝庫です。
  • ロックやシンガーソングライターの音楽からジャズに入りたい人 … ウエスタンやサーフの要素もあり、歌ものとしての聴きやすさが抜群。ジャンルの壁を感じさせません。

まとめ

『Squint』は、パンデミックと社会的動乱のさなかに、3人のミュージシャンが一つの部屋で音を混ざり合わせて作った、極めて人間的なアルバムです。ブルーノートの伝統への敬意と、シンガーソングライター的な歌心、そして「目を細めて」不確かな時代を見つめる誠実さ。その全部が、約45分のトリオ・ミュージックに無理なく収まっています。

ジュリアン・ラージというギタリストの評価を決定づけ、以後のブルーノート諸作の起点となった本作は、現代ジャズギターを語るうえで避けて通れない1枚です。まずは冒頭の「Etude」で、ギター1本が歌い始める瞬間に耳を澄ませてみてください。きっと最後の「Call of the Canyon」の余韻まで、一気に聴き通してしまうはずです。

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