ジャズギターの歴史をさかのぼると、ほぼすべての道が一人の人物にたどり着きます。チャーリー・クリスチャン——ギターを「リズムを刻む脇役」から「ホーンと対等に渡り合うソロ楽器」へ引き上げた革命児です。本作は、1939〜41年にベニー・グッドマンのグループで残したコロムビア録音から16曲を選んだ編集盤で、入門の定番として愛されてきた一枚。80年以上前の録音ながら、そのソロは今もみずみずしく響きます。
25歳で世を去ったクリスチャンは、自身がリーダーのセッションを一度も残せませんでした。それでも「モダン・ジャズギターの父」として名が語り継がれる理由が、このアルバムに詰まっています。彼の生涯や奏法の背景については チャーリー・クリスチャンとは?(人物紹介記事) で詳しく紹介していますので、あわせてどうぞ。
- アルバム基本情報
- どんなアルバム?
- 参加メンバー
- 全曲解説
- 1. Rose Room(作曲:アート・ヒックマン、ハリー・ウィリアムス)
- 2. Seven Come Eleven(作曲:ベニー・グッドマン、チャーリー・クリスチャン)
- 3. Till Tom Special(作曲:ベニー・グッドマン、ライオネル・ハンプトン)
- 4. Gone with “What” Wind(作曲:ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー)
- 5. Grand Slam(作曲:ベニー・グッドマン)
- 6. Six Appeal(作曲:ベニー・グッドマン)
- 7. Wholly Cats(作曲:ベニー・グッドマン)
- 8. Royal Garden Blues(作曲:クラレンス・ウィリアムス、スペンサー・ウィリアムス)
- 9. As Long as I Live(作曲:ハロルド・アーレン、テッド・ケーラー)
- 10. Benny’s Bugle(作曲:ベニー・グッドマン)
- 11. Breakfast Feud(作曲:ベニー・グッドマン)
- 12. I Found a New Baby(作曲:ジャック・パーマー、スペンサー・ウィリアムス)
- 13. Solo Flight(作曲:ベニー・グッドマン、チャーリー・クリスチャン、ジミー・マンディ)
- 14. Blues in B(作曲:ベニー・グッドマン)
- 15. Waiting for Benny(作曲:ベニー・グッドマン)
- 16. Air Mail Special(作曲:ベニー・グッドマン、チャーリー・クリスチャン、ジミー・マンディ)
- 聴きどころ・なぜ名盤なのか
- こんな人におすすめ
- まとめ
- 関連記事
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1987年(Columbia Jazz Masterpiecesシリーズ) |
| レーベル | Columbia(LP: CJ 40846/CD: CK 40846) |
| 録音日 | 1939年10月2日〜1941年3月13日 |
| 録音場所 | 主にニューヨークのコロムビア・スタジオ(1940年6月20日のセッションのみロサンゼルス録音とされる) |
| プロデューサー | ジョン・ハモンド(オリジナル録音) |
演奏の中心はベニー・グッドマン・セクステット(1940年秋以降は管楽器が加わった実質7人編成の「新セクステット」)で、「Solo Flight」のみグッドマン楽団のフルビッグバンドによる演奏です。
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どんなアルバム?
まず押さえたいのは、本作がクリスチャンの「リーダー作」ではない点です。彼はリーダー・セッションを残さないまま亡くなったため、彼名義のアルバムはすべてサイドマン録音の編集盤。本作は1987年に編まれた16曲入りで、彼のスタジオ録音キャリアのほぼ全体を凝縮しています。なお2002年には同タイトルの4枚組CDボックスも出ており、こちらは別テイクや未発表音源まで網羅した完全版。本記事で扱う16曲入りオリジナル盤とは別物です。
見出したのは名プロデューサーのジョン・ハモンド。1939年、オクラホマシティで無名だった彼をグッドマンに推薦します。同年8月、ロサンゼルスでの事実上のオーディションでは、グッドマンが「知らないだろう」と踏んで指定した「Rose Room」を約20コーラス(コーラス=コード進行の1回し)も即興で弾き続け、その場で採用。ギャラは一晩2ドル50セントから週給150ドルへ跳ね上がったと伝えられます。
グループの変遷も聴きどころです。初期はライオネル・ハンプトンやフレッチャー・ヘンダーソンを擁するセクステットでしたが、1940年秋からクーティ・ウィリアムス(トランペット)とジョージー・オールド(テナー・サックス)が加わり、ピアノにカウント・ベイシーが客演する「新セクステット」へ発展します。
面白いのは、最終セッション(1941年3月13日)の「Waiting for Benny」と「Blues in B」。遅刻したグッドマンを待つ間のジャムをエンジニアの機材が捉えていた、いわば「隠し録り」音源です。リラックスしたクリスチャンの素顔が聴ける貴重な記録で、ビバップにつながる萌芽も聴き取れるとされます。また「Breakfast Feud」が複数の別テイクからソロを繋いだ編集版(スプライス)とされる点も知っておきたいところです。
参加メンバー
複数セッションの編集盤のため、曲によって顔ぶれが入れ替わります。中心メンバーは以下のとおりです。
- チャーリー・クリスチャン(エレクトリック・ギター) … 全曲に参加する本作の主役。ギブソンES-150を使用
- ベニー・グッドマン(クラリネット) … 「キング・オブ・スウィング」と呼ばれたスター。クリスチャンを抜擢した
- ライオネル・ハンプトン(ヴィブラフォン) … 初期セクステットの華。ギターとの掛け合いが聴きもの
- フレッチャー・ヘンダーソン(ピアノ) … ビッグバンド・スウィングを支えた大物。初期セッションに参加
- カウント・ベイシー(ピアノ) … 1940年秋以降のセッションに客演した名バンドリーダー
- クーティ・ウィリアムス(トランペット) … エリントン楽団出身の名手。「新セクステット」の要
- ジョージー・オールド(テナー・サックス) … 同じく「新セクステット」でサウンドに厚みを加えた
- アーティ・バーンスタイン(ベース) … ほぼ全セッションで土台を支えた屋台骨
- ジョー・ジョーンズ(ドラムス) … ベイシー楽団の名ドラマー。1941年1月のセッションに参加
このほか、ニック・ファトゥール、ハリー・イェーガー、デイヴ・タフ(ドラムス)、ダドリー・ブルックス、ジョニー・ガルニエリ(ピアノ)らが参加しています。
全曲解説
オリジナル盤の全16曲を、曲順どおりに見ていきましょう(作曲者クレジットは盤や資料により表記が揺れるため、ここでは一般的なクレジットを記載します)。
1. Rose Room(作曲:アート・ヒックマン、ハリー・ウィリアムス)
オーディション伝説の因縁曲にして、初スタジオ・セッション(1939年10月2日)からの1曲。1917年生まれのスタンダードがエレクトリック・ギターで生まれ変わります。この1939年録音は2024年、米国議会図書館の「ナショナル・レコーディング・レジストリー」に登録されました。
2. Seven Come Eleven(作曲:ベニー・グッドマン、チャーリー・クリスチャン)
クリスチャンとグッドマンの共作による代表的なリフ・チューン(リフ=短いフレーズの反復を軸にした曲)。後年多くのギタリストにカバーされる定番レパートリーとなりました。
3. Till Tom Special(作曲:ベニー・グッドマン、ライオネル・ハンプトン)
ハンプトンとの共作クレジットを持つリフもの。ヴィブラフォンとギターの軽快な掛け合いが楽しめます。
4. Gone with “What” Wind(作曲:ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー)
映画『風と共に去りぬ』をもじった遊び心あるタイトルのブルースです。
5. Grand Slam(作曲:ベニー・グッドマン)
原題は「Boy Meets Goy」(後に改題)。コンパクトな尺にドライブ感あふれるソロが詰まっています。
6. Six Appeal(作曲:ベニー・グッドマン)
盤面クレジットはグッドマンですが、クリスチャン作とする資料も多い曲(副題「My Daddy Rocks Me」)。流麗なシングルライン奏法(単音でメロディを紡ぐソロ)がとりわけよく分かる演奏です。
7. Wholly Cats(作曲:ベニー・グッドマン)
「新セクステット」第1弾セッション(1940年11月7日)からの1曲。編成拡大でサウンドが一気にモダンになります。
8. Royal Garden Blues(作曲:クラレンス・ウィリアムス、スペンサー・ウィリアムス)
ディキシーランド・ジャズの古典をスウィング流に再解釈した演奏です。
9. As Long as I Live(作曲:ハロルド・アーレン、テッド・ケーラー)
アーレン=ケーラーの歌ものスタンダードを題材に、クリスチャンがメロディックなソロを聴かせます。
10. Benny’s Bugle(作曲:ベニー・グッドマン)
ベイシーの端正なピアノとクリスチャンのブルース・フレーズの対比が楽しめるブルースです。
11. Breakfast Feud(作曲:ベニー・グッドマン)
クリスチャンの「ブルース・フレージングの教科書」と名高い曲。本盤収録版は複数テイクのソロを繋いだ編集版とされ、あふれるアイデアを連続で味わえます。
12. I Found a New Baby(作曲:ジャック・パーマー、スペンサー・ウィリアムス)
1926年の曲をアップテンポで快走。ジョー・ジョーンズのドラムが推進します。
13. Solo Flight(作曲:ベニー・グッドマン、チャーリー・クリスチャン、ジミー・マンディ)
フルビッグバンドを従えた事実上の「ギター協奏曲」(編曲ジミー・マンディ)。クリスチャン最大のショーケースで、没後の1944年初頭にシングル発売されるとポップ・チャート16位、ハーレム・ヒット・パレード(R&Bチャートの前身)で1位を記録しました。
14. Blues in B(作曲:ベニー・グッドマン)
管楽器では滅多に使われないBのキーで演奏されるブルース。クレジットはグッドマン名義ですが、実態はリーダー到着前のメンバーによる集団即興です。
15. Waiting for Benny(作曲:ベニー・グッドマン)
遅刻したリーダーを待つ間の即興ジャムで、リラックスしたクリスチャンのフレーズの宝庫。ビバップ前夜の空気を伝える貴重な記録です。
16. Air Mail Special(作曲:ベニー・グッドマン、チャーリー・クリスチャン、ジミー・マンディ)
録音時の原題は「Good Enough to Keep」。クリスチャンがたっぷりとスペースを取って歌い切るソロは必聴です。後に多くの演奏家が取り上げるジャズ・スタンダードとなった、締めくくりにふさわしい快演です。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
最大の聴きどころは、ギターの役割が変わる瞬間に立ち会えることです。クリスチャンはエレクトリック・ギターを録音した最初の人物ではありませんが、レスター・ヤングらホーン奏者のフレージングをギターに持ち込み、リズム楽器だったギターをソロ楽器へ引き上げた最重要人物です。批評家のスコット・ヤナウも、1940〜65年に登場したジャズギタリストのほぼすべてがクリスチャンの影響下にあったと評しています。その影響はウェス・モンゴメリーやジム・ホールからB.B.キングらブルース/ロック系にまで波及。1990年にはロックの殿堂入り(アーリー・インフルエンス部門)も果たしました。
もうひとつの魅力は、制約のなかの完成度です。SP盤(78回転レコード)時代のモノラル録音のため各曲は3分前後、ソロは1〜2コーラスだけ。しかしその短さのなかでソロはどれも起承転結を持ち、どこを切っても「歌」になっています。短く密度が高いぶん、コピー(採譜して練習すること)の素材にも理想的。AllMusicも本作を、彼のクラシックな名演のほとんどを収録した一枚と高く評価しています。
そして本作は、スウィングからビバップへ動き出す時代の記録でもあります。クリスチャンは1941年、ハーレムのミントンズ・プレイハウスのジャム・セッションに夜な夜な通い、セロニアス・モンクやケニー・クラーク、ディジー・ガレスピーらとビバップ胎動期を担いました。「Waiting for Benny」や「Blues in B」に、その予感が聴き取れます。
こんな人におすすめ
- ジャズギターの歴史を源流からたどりたい人 … ウェスもジム・ホールも、さかのぼればここに行き着きます。「最初の1ページ」に最適です
- ソロの語彙を増やしたい初心者〜中級者のギタリスト … 1〜2コーラスに凝縮されたソロは短く分析しやすく、ブルース・フレージングの教材の宝庫です
- スウィング時代の小編成ジャズが好きな人 … ハンプトンやベイシーらが交わるスモール・コンボの黄金期を味わえます
- 録音にまつわる物語に惹かれる人 … オーディション伝説、隠し録りジャム、チャート1位と、曲ごとに語れるエピソードが詰まっています
まとめ
『The Genius of the Electric Guitar』は、リーダー作を残せなかった天才の「実質的な代表作」です。わずか1年半ほどの録音期間に、ギターがソロ楽器として歌い始めた瞬間から、スモール・コンボの進化、ビバップ前夜の空気までが収められています。古いモノラル録音と身構える必要はありません。その凝縮こそが、ソロの完成度を際立たせています。
聴く人にも弾く人にも、本作はいつか必ず戻ってくる「原点」になるはずです。まずは「Seven Come Eleven」や「Rose Room」から、80年以上前の革命の音を確かめてみてください。探す際は2002年の同名4枚組ボックスと間違えないよう、16曲入りかどうかもご確認を。
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