ジョン・アバークロンビー(John Abercrombie)『Timeless』徹底解説|フュージョンの熱とECMの静寂が出会ったデビュー作

ジョン・アバークロンビー Timeless 解説記事のアイキャッチ アルバム紹介

1975年にECMレコードから発売された『Timeless(タイムレス)』は、ギタリスト、ジョン・アバークロンビーの記念すべきリーダー・デビュー作です。ロックのエネルギーをジャズに持ち込んだ「フュージョン」の燃えるような演奏と、アコースティックで内省的な静けさ。普通なら別々のアルバムに収まるはずの2つの世界が、この1枚のなかに自然に同居しています。初めて聴くとその振り幅に驚き、聴き込むほどに奥行きへと引き込まれていく——タイトルどおり、発売から半世紀を経た今も古びない「時を超えた」名盤です。

本作は、2017年に亡くなるまで約40年にわたりほぼECM一筋でキャリアを築いたアバークロンビーにとって、すべての出発点となった作品でもあります。彼がどんなギタリストだったのかはジョン・アバークロンビーとは?(人物紹介記事)で詳しく紹介していますので、あわせてご覧ください。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 1975年
レーベル ECM Records(ECM 1047)
録音日 1974年6月21日・22日
録音場所 ジェネレーション・サウンド・スタジオ(ニューヨーク)
プロデューサー マンフレート・アイヒャー

編成はギター、オルガン/キーボード、ドラムスの3人によるトリオです。

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どんなアルバム?

ECMは、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーが主宰する西ドイツ(当時)の名門レーベルです。アイヒャーがアバークロンビーに注目したきっかけの一つは、トランペッターのエンリコ・ラヴァの1973年作『Katcharpari』への参加だったと言われています。1944年生まれ、バークリー音楽大学出身のアバークロンビーは1969年にニューヨークへ移り、チコ・ハミルトンやギル・エヴァンス、ブレッカー兄弟のいたドリームスなどと共演を重ね、とりわけビリー・コブハムのバンドではフュージョン・シーンの注目株となっていた、いわば売れっ子サイドマンでした。

面白いのは、リーダー作の誘いを受けたアバークロンビー本人が、当初この話に乗り気でなかったことです。「自分はサイドマンで、オリジナル曲もほとんど書いていない」というのがその理由でした。それでもアイヒャーは粘り強く働きかけを続け、ついに録音が実現します。もしアイヒャーが諦めていたら、ECMを代表するギタリストの40年のキャリアは始まらなかったかもしれません。

共演者として招かれたのは、解散したばかりのマハヴィシュヌ・オーケストラ(ジョン・マクラフリン率いる伝説的フュージョン・バンド)に在籍していた旧友のキーボード奏者ヤン・ハマーと、マイルス・デイヴィス・グループで名を上げたドラマーのジャック・ディジョネット。アバークロンビー本人は後年、「とんでもない2人を雇ってしまった。あまりに上手くて、オープンで、探究心の塊で、超絶技巧で、ついていくのがやっとだった」と冗談めかして振り返っています。実際、盤や配信によっては「Abercrombie / Hammer / DeJohnette」と3名連名でクレジットされることも多く、実質的には3人の共同作品と呼ぶべき内容です。

録音は1974年6月21日と22日、ニューヨークのジェネレーション・サウンド・スタジオで2日間かけて行われました。ヨーロッパ録音の印象が強いECMにあって米国録音という点も本作の特徴で、エンジニアにはトニー・メイとともに、ECMサウンドの立役者として知られるヤン・エリク・コングスハウグが名を連ねています。静かなバラード「Love Song」と「Remembering」の2曲は、このセッションのために書き下ろされたと伝えられています。

参加メンバー

ギター+オルガン+ドラムスといえば伝統的な「オルガン・トリオ」(ソウルフルなオルガン・ジャズの定番編成)ですが、本作の中身はまったく別物です。フュージョンの熱と、後に「ECM的」と呼ばれる叙情が混ざり合った、当時どこにもなかったトリオ・サウンドが聴けます。

  • ジョン・アバークロンビー(ギター) … 本作がリーダー・デビュー作。エレクトリックとアコースティックを弾き分け、鋭さと繊細さを両立させています。
  • ヤン・ハマー(オルガン、シンセサイザー、ピアノ) … マハヴィシュヌ・オーケストラ出身の鍵盤奏者。後に『マイアミ・バイス』のテーマ曲で世界的ヒットを飛ばす人物ですが、本作ではキャリアでも屈指と評されるオルガン演奏を聴かせます。
  • ジャック・ディジョネット(ドラムス) … マイルス・デイヴィス・グループで名を上げた名手。爆発力と繊細さを自在に行き来し、トリオの推進力を担っています。

全曲解説

オリジナル盤は全6曲、ボーナストラックのないシンプルな構成なので、1曲ずつじっくり見ていきましょう。

1. Lungs(作曲:ヤン・ハマー)

ハマー作の高速フュージョン・ナンバーで幕を開けます。スタッカートの効いたオルガン、ディジョネットの爆発的なドラム、そしてアバークロンビーの鋭いギターが火花を散らす、アルバム中もっとも激しい演奏です。中盤ではシンセサイザーやフランジャー(音をうねらせるエフェクト)のかかったギターを交えて場面が転換し、グルーヴとロックの中間を突き進みます。オルガンとギターがソロを交換し合う応酬も聴きどころです。

2. Love Song(作曲:ジョン・アバークロンビー)

一転して、アコースティック・ギターとピアノだけによる静謐なデュオ。冒頭の熱気を鎮める清涼剤のような存在で、対話を思わせる2人の繊細なやり取りに、アバークロンビーのリリカルな側面が早くも表れています。

3. Ralph’s Piano Waltz(作曲:ジョン・アバークロンビー)

3拍子のワルツを、ハモンド・オルガンがグルーヴィーに支えます。ギターとオルガンが互いのフレーズを鏡のように模倣し合う構成が印象的です。タイトルの「ラルフ」はギタリストのラルフ・タウナーのことで、タウナー宅の留守番中に書かれた曲と伝えられています(両者は1976年にデュオ作『Sargasso Sea』を発表します)。この曲は後年までアバークロンビーの代表曲の一つとして演奏され続けました。

4. Red and Orange(作曲:ヤン・ハマー)

再びハマー作の熱いフュージョン曲。「バッハが1970年代まで生きていたら」と評されるような、バロック的な運動性とファンクを併せ持った演奏です。ここでのハマーのオルガン・プレイは、評論ガイド『The Rolling Stone Jazz Record Guide』でも「驚くべき火力と気品」を備えた屈指の名演と絶賛されました。

5. Remembering(作曲:ジョン・アバークロンビー)

2曲目「Love Song」と対をなす、ギターとピアノのデュオです。繊細なテクスチャー(音の質感)が幾重にも重なっていく美しさは、アルバム後半の静かなハイライトといえるでしょう。

6. Timeless(作曲:ジョン・アバークロンビー)

アルバムを締めくくる長尺のタイトル曲。シンセサイザーのドローン(持続音)と浮遊するギターによる瞑想的な導入から、徐々に音の厚みを増していきます。後のECMを象徴する「静のジャズ」を予告するような内容で、アルバム全体の余韻を決定づける1曲です。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

本作最大の魅力は、その振り幅です。「Lungs」「Red and Orange」の燃えるようなフュージョン、「Love Song」「Remembering」のアコースティックな内省、そして両者の中間を漂う表題曲「Timeless」。普通ならアルバムの統一感を壊しかねない組み合わせが、3人の音楽性の深さによって一つの世界としてまとまっています。AllMusicのスコット・ヤナウが「示唆に富み、時に興奮を呼ぶ、おおむねカテゴライズ不能な音楽」と評したとおり、どのジャンルの棚にも収まらないことこそが本作の個性です。

評価も折り紙付きです。AllMusicは5つ星中4.5、定番の評論ガイド『The Penguin Guide to Jazz』と『The Rolling Stone Jazz Record Guide』はともに4つ星を与えています。発表当時にはロサンゼルス・フリー・プレス紙上でギタリストのリー・アンダーウッドが「深さ・スコープ・創意において大きな驚き。アバークロンビーが明日の重要な音楽的声であることを示している」と評しました。

ジャズギター史の観点では、マクラフリン以降のロック的エネルギーとECM的リリシズム(叙情性)を、一人のギタリストが1枚のなかで両立させた初期の重要作という位置づけになります。本作の成功でアバークロンビーはECMの看板ギタリストとなり、1975年にはデイヴ・ホランド、ディジョネットとトリオ「ゲイトウェイ(Gateway)」を結成、翌1976年発表の同名の傑作アルバムへと歩みを進めました。その後約40年に及ぶECMでのキャリアの、すべてがここから始まったのです。

こんな人におすすめ

  • ECMのジャズをこれから聴いてみたい人 … 「静のECM」のイメージと熱いフュージョンの両方を1枚で味わえる、絶好の入り口だからです。
  • フュージョン好きのギタリスト … ロック的な激しさと繊細なリリシズムの弾き分け、オルガンとのソロの応酬など、演奏面の学びどころが豊富です。
  • ヤン・ハマーやジャック・ディジョネットのファン … 特にハマーは、キャリアでも屈指と評されたオルガン演奏をここで聴かせています。
  • アバークロンビーを掘り始めたい人 … 後年まで演奏され続けた代表曲「Ralph’s Piano Waltz」や表題曲「Timeless」を含む、原点の1枚だからです。

まとめ

『Timeless』は、サイドマンとして生きるつもりだった一人のギタリストが、名プロデューサーの説得によって踏み出した最初の一歩です。そこに超絶技巧の2人が加わり、フュージョンの熱とアコースティックな静寂が同居する、どこにも分類できない音楽が生まれました。デビュー作にしてすでに「アバークロンビーにしか作れないアルバム」になっている点が、本作が名盤と呼ばれ続ける理由だと思います。

2016年にはECMから再発もされ、現在はサブスクリプションでも手軽に聴ける現役カタログです。まずは冒頭の「Lungs」で3人の火花に圧倒され、そのあと表題曲「Timeless」の浮遊感に身を委ねてみてください。半世紀前の録音とは思えない鮮度に、タイトルの意味をきっと実感できるはずです。

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