エミリー・レムラーとは?ウェス直系のオクターブ奏法を受け継いだ早逝の名手

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エミリー・レムラー(Emily Remler、1957〜1990)は、1980年代のジャズシーンで活躍したアメリカのジャズギタリストです。ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)で紹介したウェスのオクターブ奏法を正統に受け継ぎ、温かいトーンと骨太なスウィング感で、巨匠ハーブ・エリスから「ギターの新しいスーパースター」と絶賛されました。32歳の若さで急逝しましたが、2024年に未発表ライヴ音源『Cookin’ at the Queens』が発掘リリースされ、いま再評価が進んでいます。この記事では、経歴・奏法の特徴・おすすめアルバムを紹介します。

基本プロフィール

項目 内容
本名 Emily Remler(エミリー・レムラー)
生没年 1957年9月18日〜1990年5月4日(享年32)
出身 アメリカ・ニュージャージー州イングルウッド・クリフス
楽器 ギター(エレクトリック・アーチトップ主体、ナイロン弦も使用)
主な活動期 1970年代後半〜1990年

経歴

ロック好きの少女からジャズへ(1957年〜1970年代半ば)

1957年9月18日生まれ。ニュージャージー州イングルウッド・クリフスで育ちました。1967年頃、10歳で兄のGibson ES-330を手にギターを始め、当初はジミ・ヘンドリックスやジョニー・ウィンターらロックに夢中だったといいます。1970年代半ばにバークリー音楽大学へ進学すると、ウェス・モンゴメリーやパット・マルティーノらを研究してジャズに転向。特にウェスのオクターブ奏法から強い影響を受けました。

ニューオーリンズでの下積みとハーブ・エリスとの出会い(1976年頃〜1978年)

1976年頃にニューオーリンズへ移り、ブルースやジャズのクラブで下積みを重ねます。転機となったのは、地元クラブに出演していた巨匠ハーブ・エリスとの出会いでした。ホテルで数時間ジャムセッションをした末、エリスは彼女を1978年のコンコード・ジャズ・フェスティバルへ招きます。冒頭の「ギターの新しいスーパースター」は、このステージで彼女を聴衆に紹介したエリスの言葉です。

コンコードからデビューし第一線へ(1981〜1985年)

1981年、Concord Jazzからデビュー作『Firefly』を発表。ピアノに名手ハンク・ジョーンズを迎えた同作は好評を博し、リーダー活動が本格化します。同年にはピアニストのモンティ・アレキサンダーと結婚しました(1984年に離婚)。1982年に『Take Two』、1984年に『Transitions』を発表し、この時期にはアストラッド・ジルベルトのツアー・ギタリストも務めています。1985年にはダウンビート誌の人気投票で「Guitarist of the Year」に選ばれ、同年『Catwalk』とラリー・コリエルとの双頭作『Together』を発表しました。

代表作『East to Wes』と急逝(1988〜1990年)

1988年にはデュケイン大学のアーティスト・イン・レジデンスを務め、代表作『East to Wes』を発表。翌1989年、バークリー音楽大学からDistinguished Alumni(傑出した卒業生)賞を受けました。しかし1990年5月4日、オーストラリア・ツアー中のシドニーで心不全のため急逝します。まだ32歳でした。遺作『This Is Me』は同年、死後リリースされています。

音楽的特徴

ウェス直系のオクターブ奏法と温かいトーン

最大の特徴は、オクターブ奏法(1オクターブ離れた2つの音で同じメロディを弾く手法)やブロックコード的な展開を、ソロの流れに自然に織り込むスタイルです。エフェクトに頼らない、丸く温かいアーチトップ・サウンドを追求しました。「見た目はニュージャージー出身の上品なユダヤ人の女の子だけど、中身はウェス・モンゴメリーみたいな大きな親指を持つ50歳の恰幅のいい黒人男性なの」という1982年の本人の言葉が、その傾倒ぶりを象徴しています。

流麗なシングルノート・ラインと歌心

パット・マルティーノ譲りの、正確なピッキングによる淀みない8分音符のロングラインも持ち味です。ビバップ〜ハードバップの語彙を骨太にスウィングさせながら、技巧をひけらかすことなく、歌心とタイム感を何より重視しました。

ラテン/ボサノヴァへの深い適性

アストラッド・ジルベルトとのツアーで培われたラテン/ボサノヴァの語法も重要な要素で、ナイロン弦ギターも使いこなしました。教則ビデオ『Advanced Jazz and Latin Improvisation』を残すほど、この分野に精通していました。

おすすめアルバム

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『East to Wes』(1988年)

1988年5月にニューヨークのPenny Lane Studiosで録音され、同年Concord Jazz(CCD-4356)から発売された、ウェス・モンゴメリーへのトリビュート作です。メンバーはハンク・ジョーンズ(ピアノ)、バスター・ウィリアムス(ベース)、マーヴィン・”スミッティ”・スミス(ドラム)という超一流のリズム隊。スタンダード5曲と自作3曲の全8曲で、「Daahoud」「Hot House」でのビバップ・ラインとオクターブ奏法の使い分けが白眉です。恩人ハーブ・エリスに感謝を込めた「Blues for Herb」、ウェス初期のボサノヴァ路線を思わせる表題曲も聴きどころ。AllMusicが「彼女の最高傑作」と評し、ペンギン・ガイドで最高ランクの4つ星を得た、最初の1枚に最適な作品です。

そのほかのおすすめは、まずデビュー作『Firefly』(1981年)。ハンク・ジョーンズが参加し、24歳とは思えない完成度で批評家の支持を集めた出発点です。『Together』(1985年)はラリー・コリエルとのギター・デュオ作で、彼女の即興力を濃密に味わえます。『Cookin’ at the Queens』(2024年)は、1984年と1988年のラスベガス公演のラジオ放送用音源をResonance Recordsが発掘したライヴ盤で、全盛期の熱気を伝える再評価のきっかけとなった話題作です。

使用機材

メインギターは、兄から譲り受けたチェリーレッドのGibson ES-330です。キャリアの大半をこの1本で通したとされ、機内に持ち込めるサイズも愛用の理由だったといわれます。1980年代後半にはBorys B120というホロウボディも使用したとされます。アコースティックではOvationを用いたとされ、『East to Wes』の「Snowfall」ではアコースティック・ギターに持ち替えた演奏が聴けます。

アンプは、Polytone Mini-Bruteのような小型コンボを好んだとされます。「運んでくれる人がいるならFender Twinが好き」と語ったという話も伝わっています。ピックはFender 351のエクストラ・ヘビーを使っていたとされます。

影響・評価

男性中心だった1980年代のジャズギター界で、実力によって第一線に立った草分け的な存在です。ウェス・モンゴメリーからパット・マルティーノへと続く系譜を正統に受け継ぎつつ、自作曲とラテンの語法で独自性を確立しました。本人は「音楽がすべてであって、政治や女性解放運動とは何の関係もない」と語り、「女性ジャズギタリスト」という枠だけで語られることを望みませんでした。死後もトリビュート盤『Just Friends』2作(1990/91年)やシェリル・ベイリー『A New Promise』(2010年)などの捧げ盤が制作され、近年はミミ・フォックスやジョセリン・グールドら後進が「道を開いた存在」として名を挙げています。2024年の発掘盤リリースで、再評価はさらに加速しています。

まとめ

エミリー・レムラーは、ウェス・モンゴメリー直系のオクターブ奏法と歌心あふれるラインで、1980年代のジャズシーンを駆け抜けたギタリストです。32歳での急逝は惜しまれますが、残された録音は今も色あせず、2024年の発掘盤によって新しいリスナーとの出会いも生まれています。まず聴くなら、ハンク・ジョーンズら名手と組んだ代表作『East to Wes』(1988年)からがおすすめです。ウェスへの敬愛と彼女自身の個性が、最良のかたちで詰まった1枚です。

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