「ジャズギターでブルースを味わうなら、まずこの1枚」——そう言いたくなるのが、ハーブ・エリスが1957年に録音した『Nothing But the Blues(ナッシング・バット・ザ・ブルース)』です。タイトルどおり収録8曲はすべてブルース。しかもピアノを入れない編成で、ギターがコンピング(コードでの伴奏づけ)とソロの両方を担うという思い切ったコンセプトです。それでいて聴こえてくる音楽は、驚くほど多彩です。発表当時にDownBeat誌が5つ星を付けて以来、今日までジャズギター名盤の定番として挙げられ続けている作品です。
主役のハーブ・エリスは、当時オスカー・ピーターソン・トリオのギタリストとして活躍していた名手。テキサス出身ならではのアーシーな(土の香りのする)ブルース・フィーリングを、このアルバムでは最も濃い形で味わえます。エリスの経歴やプレイスタイルの全体像についてはハーブ・エリスとは?(人物紹介記事)で詳しく紹介していますので、あわせてご覧ください。
- アルバム基本情報
- どんなアルバム?
- 参加メンバー
- 全曲解説
- 1. Pap’s Blues(作曲:レイ・ブラウン)
- 2. Big Red’s Boogie Woogie(作曲:ハーブ・エリス)
- 3. Tin Roof Blues(作曲:レオン・ロッポロ、ベン・ポラック、ジョージ・ブルニーズ、メル・スティッツェル、ポール・メアーズ、ウォルター・メルローズ)
- 4. Soft Winds(作曲:ベニー・グッドマン)
- 5. Royal Garden Blues(作曲:クラレンス・ウィリアムス、スペンサー・ウィリアムス)
- 6. Patti Cake(作曲:ハーブ・エリス)
- 7. Blues for Janet(作曲:ハーブ・エリス、レイ・ブラウン)
- 8. Blues for Junior(作曲:レイ・ブラウン)
- 聴きどころ・なぜ名盤なのか
- こんな人におすすめ
- まとめ
- 関連記事
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1958年(1957年とする資料もあり) |
| レーベル | Verve Records(ヴァーヴ) |
| 録音日 | 1957年10月11日(10月11〜12日とする資料もあり) |
| 録音場所 | Radio Recorders、ハリウッド |
| プロデューサー | ノーマン・グランツ |
編成はギター+トランペット+テナー・サックス+ベース+ドラムスという、ピアノレスのクインテット(5人編成)です。
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どんなアルバム?
本作が録音された1957年、ハーブ・エリスは1953年から続くオスカー・ピーターソン・トリオ(ピアノ:ピーターソン、ベース:レイ・ブラウン、ギター:エリス)の一員として、まさに脂の乗った時期にありました。このトリオのマネージメントを手がけていた興行主ノーマン・グランツは、JATP(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)という一大コンサート・シリーズの主宰者でもあり、本作はそのグランツの監修のもと、ハリウッドのRadio RecordersスタジオでVerveに吹き込まれたリーダー作です。集められた共演者も全員がグランツ/Verve周辺の顔ぶれでした。
面白いのは、普段は雄弁なピーターソンのピアノと組んでいるエリスが、自分のリーダー作ではあえてピアノを入れなかったことです。ピアノがいないぶん、ホーンの後ろでリフやコードを付けるのも、ソロで歌うのもすべてギターの仕事になります。
もうひとつの柱が、タイトルに掲げた「ブルースしかやらない」という企画です。収録8曲はすべてブルース、またはブルース形式に基づくリフ曲で統一されています。テキサス出身のエリスが持つカントリーやブルース由来のフィーリングを真正面から打ち出した内容で、エリス自身が本作を自分のお気に入りのリーダー作に挙げていたと伝えられています。
なお、1994年のCD再発時には4曲のボーナストラックが追加されましたが、これはマルセル・カルネ監督のフランス映画『Les Tricheurs』(1958年)のために、翌1958年5月1日にパリで録音された別セッションの音源です。ディジー・ガレスピーやコールマン・ホーキンス、オスカー・ピーターソンらが加わった豪華な演奏ですが、ピアノ入りの通常編成で本編とは趣が異なるため、本記事ではオリジナルLPの8曲を中心に紹介します。
参加メンバー
メンバーは5人。注目は、世代もスタイルもまったく異なる2人の管楽器奏者を並べた人選です。スイング世代の熱いトランペットと、クール派の代表格のテナー・サックスが同じブルースを吹く——このコントラストが本作最大のフックになっています。
- ハーブ・エリス(ギター) … リーダー。1921年テキサス州ファーマーズヴィル生まれ。チャーリー・クリスチャンの系譜を継ぐ、ブルージーなスイング〜バップ・ギターの名手です。
- ロイ・エルドリッジ(トランペット) … スイング世代を代表する熱血トランペッター。ホットで火の出るようなソロを聴かせます。
- スタン・ゲッツ(テナー・サックス) … クール派を代表するテナー奏者。滑らかで温度感の低い音色が、エルドリッジと鮮やかな対をなします。
- レイ・ブラウン(ベース) … ピーターソン・トリオでのエリスの盟友。本作では3曲の作曲(共作含む)でも貢献しています。
- スタン・リーヴィー(ドラムス) … ブラウンとともにリズムを支え、ピアノレスの編成を軽快にスイングさせます。
全曲解説
オリジナルLPの曲順に沿って、全8曲を紹介します。
1. Pap’s Blues(作曲:レイ・ブラウン)
レイ・ブラウン作のスロー〜ミディアム・ブルースで、アルバムはじっくりと幕を開けます。各メンバーが順にソロを回していく構成で、エルドリッジとゲッツの音色の違い、そしてエリスの歌心あるシングルライン(単音弾きのフレーズ)をまず味わえる、いわば本作の名刺代わりの1曲です。なお曲名は資料によって「Papa’s Blues」と表記されることもあります。
2. Big Red’s Boogie Woogie(作曲:ハーブ・エリス)
エリスのオリジナル。タイトルの「Big Red」は赤毛のエリス自身のニックネームとされています。ブギウギのリズムをギター入りコンボで料理した快演で、テキサスからスイングへと続くエリスのルーツがストレートに出た、アルバム前半の楽しい聴きどころです。
3. Tin Roof Blues(作曲:レオン・ロッポロ、ベン・ポラック、ジョージ・ブルニーズ、メル・スティッツェル、ポール・メアーズ、ウォルター・メルローズ)
ニューオーリンズ・リズム・キングスに由来する1923年の古典ブルース。モダンなコンボがトラディショナルな素材をどう再解釈するかが聴きどころで、古い曲がまったく古びて聴こえません。
4. Soft Winds(作曲:ベニー・グッドマン)
ベニー・グッドマン楽団のレパートリーとして知られるリフ・ブルース(短いフレーズの繰り返しを軸にした曲)です。ギターによく馴染む軽快なナンバーで、エリスが後年まで愛奏した曲としても知られています。
5. Royal Garden Blues(作曲:クラレンス・ウィリアムス、スペンサー・ウィリアムス)
ジャズの定番中の定番といえるブルース。ここではアップテンポで演奏され、エルドリッジとゲッツ、2管の掛け合いが最も華やかに映える1曲になっています。
6. Patti Cake(作曲:ハーブ・エリス)
エリスのオリジナルによるミディアム・ブルース。曲名はエリスの妻パティに由来するともいわれます。リラックスしたグルーヴが心地よく、力の抜けたコンピングとソロの往復にエリスの職人ぶりがよく出ています。
7. Blues for Janet(作曲:ハーブ・エリス、レイ・ブラウン)
盟友エリスとブラウンの共作によるスローブルース。テンポを落としてじっくり歌い込む演奏で、ブルースの深いフィーリングを最も濃く味わえるトラックです。
8. Blues for Junior(作曲:レイ・ブラウン)
ブラウン作のナンバーで本編は幕を閉じます。「ブルースだけで1枚」という企画をやり切った充実感とともに、最初からもう一度聴き返したくなる締めくくりです。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
最大の聴きどころは、やはりロイ・エルドリッジとスタン・ゲッツという「温度の違う2管」の対比です。ホットに吹き上げるエルドリッジと、クールに歌うゲッツ。同じブルースという土俵の上で、ソロが替わるたびに音楽の表情ががらりと変わります。AllMusicのスコット・ヤナウが「ブルースに徹しながら驚くほど多彩」と評したとおり、全8曲がブルースなのに単調さをまったく感じさせないのは、この人選の妙によるところが大きいのです。
ギター好きにとっては、ピアノレス編成ゆえのエリスの働きぶりが何よりの教材です。ホーンの後ろでのリフやコード付け、ソロでのブルージーなシングルライン——ギターがバンドの中で果たせる役割が、1枚を通してすべて詰まっています。
評価の面でも本作は折り紙付きです。発表時にはDownBeat誌のジョン・タイナンが5つ星を与えて「今年最高のジャズ・アルバムの一枚」と絶賛し、ライナーノーツではナット・ヘントフが「エリスのこれまでのベスト・アルバム」と記しました。ピーターソン・トリオの名脇役だったエリスが「リーダーとして何者か」を示した作品であり、エリス自身のお気に入りだったという点も含めて、初期ハーブ・エリスの最高傑作として挙げられることの多い1枚です。
こんな人におすすめ
- ジャズブルースを学びたいギタリスト … 全曲ブルースかつピアノレスなので、コンピングとソロの両面でエリスの手口をじっくり研究できます。
- ジャズ入門者・初心者 … すべてブルース形式で曲の構造がつかみやすく、難解さとは無縁。ジャズの「聴き方」が自然と身につきます。
- 管楽器のソロを聴き比べたい人 … ホットなエルドリッジとクールなゲッツ、新旧スタイルの対比はソロの個性を知る格好のサンプルです。
- オスカー・ピーターソン・トリオのファン … トリオの名脇役エリスとレイ・ブラウンが、ピアノのいない場所で見せる「別の顔」を楽しめます。
まとめ
『Nothing But the Blues』は、「全曲ブルース」「ピアノレス」というシンプルな縛りの中に、ハーブ・エリスというギタリストの魅力がまるごと詰まったアルバムです。テキサス仕込みのアーシーなフィーリング、伴奏と主役を行き来する職人技、そしてエルドリッジとゲッツの好対照な2管。制約が多いほど音楽が豊かになるという、ジャズの面白さを体現した1枚だと思います。
ジャズギターのブルース表現を知りたい人にとっては出発点であり、聴き込むほどに発見のある奥深い名盤でもあります。まずは1曲目「Pap’s Blues」のソロ回しから、5人の会話に耳を傾けてみてください。きっとエリスのギターが、ブルースの楽しさを一番わかりやすい形で教えてくれるはずです。
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