太く艶のあるトーンで、メロディをたっぷりと歌わせる——ラッセル・マローンが1998年に発表した『Sweet Georgia Peach(スウィート・ジョージア・ピーチ)』は、そんな彼の美点がまるごと詰まったアルバムです。ケニー・バロン、ロン・カーター、ルイス・ナッシュという豪華リズムセクション(伴奏を担うピアノ・ベース・ドラムスのこと)を迎え、名門Impulse!からリリースされた本作は、ジャズ専門メディアのAll About Jazzに「1998年で最も魅力的なメインストリーム・ジャズ作品のひとつ」と評されました。落ち着いたテンポを基調にしながら、一音一音がしっかり「歌う」ギターは、初めてジャズギターに触れる方にもすっと届くはずです。
当時のマローンはダイアナ・クラール・トリオのギタリストとして注目を集めていた30代半ば。本作はリーダーとしての実力を世に示した、キャリアの転機となる一枚でもあります。マローンの経歴や人物像については、ラッセル・マローンとは?(人物紹介記事)で詳しくまとめていますので、あわせてご覧ください。
- アルバム基本情報
- どんなアルバム?
- 参加メンバー
- 全曲解説
- 1. Mugshot(作曲:Russell Malone)
- 2. To Benny Golson(作曲:Russell Malone)
- 3. Strange Little Smile / With You I’m Born Again(作曲:前半 Russell Malone/後半 Carol Connors & David Shire)
- 4. Sweet Georgia Peach(作曲:Russell Malone)
- 5. Rise(作曲:Andy Armer & Randy “Badazz” Alpert)
- 6. Mean What You Say(作曲:Thad Jones)
- 7. Song for Darius(作曲:Russell Malone)
- 8. Bright Mississippi(作曲:Thelonious Monk)
- 9. Someone’s Rocking My Dreamboat(作曲:Leon René / Otis René / Emerson Scott)
- 10. For Toddlers Only(作曲:Ron Carter)
- 11. Swing Low, Sweet Chariot(トラディショナル)
- 聴きどころ・なぜ名盤なのか
- こんな人におすすめ
- まとめ
- 関連記事
アルバム基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売 | 1998年8月25日(米国盤) |
| レーベル | Impulse!(GRP Records原盤) |
| 録音日 | 1998年2月17日〜19日 |
| 録音場所 | Avatar Studios(ニューヨーク) |
| プロデューサー | トミー・リプーマ(Tommy LiPuma) |
編成はマローンのギターにピアノ・ベース・ドラムスを加えたカルテット(4人編成)が基本で、2曲のみパーカッションが加わるクインテット(5人編成)になります。
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どんなアルバム?
本作はマローンのリーダー作としては通算3作目。Columbiaからの『Russell Malone』(1992)、『Black Butterfly』(1993)以来、約5年ぶりのリーダー・アルバムであり、Impulse!移籍第1弾にあたります。1995年から1999年にかけて、マローンはダイアナ・クラール・トリオの一員として『Love Scenes』(1997)などのグラミー・ノミネート作に参加しており、本作はまさにその活動と並行して制作されました。
プロデュースを手がけたのは、クラール作品も担当していた名匠トミー・リプーマ。この人脈がImpulse!移籍につながったとみられています。All About Jazzのレビューでは、1998年末にクラール・トリオから独立するタイミングに合わせたリリースだったと紹介されており、「一本立ちするマローン」を印象づける一枚でした。
録音は1998年2月、ニューヨークの名門Avatar Studios(旧Power Station)でわずか3日間で行われました。録音・ミックスはアル・シュミット、マスタリングはダグ・サックスという、音の良さで知られる超一流エンジニア陣。マローンのギターの木質感のある太い音色が、驚くほど生々しく捉えられています。
タイトルの「Sweet Georgia Peach」は、マローンの故郷ジョージア州が「Peach State(桃の州)」と呼ばれることにちなむとされます。収録曲には、ジャズの定番曲「Sweet Georgia Brown」を下敷きにしたセロニアス・モンクの「Bright Mississippi」も選ばれており、故郷への想いと選曲がさりげなく響き合う構成です。
参加メンバー
当時30代半ばのマローンを、ジャズ史に名を残すベテラン勢ががっちり支える布陣です。特にロン・カーターとはその後も長く共演が続き、晩年のマローンはカーターのGolden Striker Trioのレギュラー・ギタリストを務めました。
- ラッセル・マローン(ギター) … 1963年ジョージア州オールバニ生まれ。ウェス・モンゴメリー〜ジョージ・ベンソン直系の正統派ギタリスト
- ケニー・バロン(ピアノ) … 歌心と品格を兼ね備えた名ピアニスト。本作ではデュオでも聴きどころを作る
- ロン・カーター(ベース) … マイルス・デイヴィス・クインテットで知られるジャズ・ベースの巨人
- ルイス・ナッシュ(ドラムス) … 数多くの名盤を支えてきた、しなやかで正確なドラミングの名手
- スティーヴ・クルーン(パーカッション) … 「Mugshot」「Rise」の2曲のみ参加し、グルーヴに彩りを添える
全曲解説
オリジナル米国盤の全11曲を、1曲ずつ聴きどころとともに紹介します。
1. Mugshot(作曲:Russell Malone)
パーカッション入りのファンキーなオープナー。リラックスした曲調の中に、アトーナル(調性をあえて外した響き)なコードを織り交ぜたソロが顔を出し、正統派だけでは終わらないマローンの引き出しの多さを最初から見せてくれます。
2. To Benny Golson(作曲:Russell Malone)
作曲家・サックス奏者として知られるベニー・ゴルソンに捧げられたオリジナルのバラード系ナンバー。先人への敬意をじっくりと歌い上げます。
3. Strange Little Smile / With You I’m Born Again(作曲:前半 Russell Malone/後半 Carol Connors & David Shire)
自作曲と、ビリー・プレストン&シリータの1979年のヒット曲(映画『Fast Break』のために書かれたデュエット)をつないだメドレー。冒頭、滝のように連なって流れ落ちるソロ・ギターは、レビューサイトSputnikmusicで「秋の落ち葉が舞い落ちるかのよう」と評された名演です。
4. Sweet Georgia Peach(作曲:Russell Malone)
表題曲は、アルバム中では数少ないアップテンポで少しファンキーなナンバー。マローンの遊び心が前面に出た、思わず体が揺れる一曲です。
5. Rise(作曲:Andy Armer & Randy “Badazz” Alpert)
トランペット奏者ハーブ・アルパートの1979年全米No.1ヒットのカバー。パーカッション入りのグルーヴィーな演奏に、マローンの音楽的視野の広さが表れています。
6. Mean What You Say(作曲:Thad Jones)
名トランペッター/作編曲家サド・ジョーンズの佳曲。じっくりと腰を据えて展開していく演奏で、カルテットの一体感が味わえます。
7. Song for Darius(作曲:Russell Malone)
叙情的なオリジナル・ナンバー。献呈相手が誰なのかは資料からは確認できていませんが、メロディの美しさに耳を傾けたい一曲です。
8. Bright Mississippi(作曲:Thelonious Monk)
「Sweet Georgia Brown」を下敷きにしたモンク曲を、ケニー・バロンとのデュオ(二人だけの演奏)で。速いテンポの中でスリリングな掛け合いが繰り広げられ、AllMusicのレビューが「文句なしにこのCDのハイライト」と断言した白眉です。
9. Someone’s Rocking My Dreamboat(作曲:Leon René / Otis René / Emerson Scott)
ヴォーカル・グループのインク・スポッツで知られる1941年の曲。レトロで温かい雰囲気が漂う一曲です。
10. For Toddlers Only(作曲:Ron Carter)
共演者ロン・カーターの作品を取り上げた、ベーシストへの敬意が伝わる選曲。バンドの信頼関係がそのまま音になったような演奏です。
11. Swing Low, Sweet Chariot(トラディショナル)
黒人霊歌(アフリカ系アメリカ人の間で歌い継がれてきた宗教歌)をアルバムの最後に。マローンのゴスペル的なルーツを感じさせる、静かで敬虔なクローザーです。
なお、欧州盤や日本盤のCDには、12曲目としてジェローム・カーン作のスタンダード「Yesterdays」がボーナス収録されています(日本盤ではギター・ソロと表記)。オリジナルの米国盤は上記の11曲構成です。
聴きどころ・なぜ名盤なのか
最大の聴きどころは、やはりマローンのギターそのものです。太く艶のあるトーンで、メロディを慈しむように歌わせるプレイは、ウェス・モンゴメリーからジョージ・ベンソンへと続く正統派ジャズギターの系譜を、90年代に受け継ぎアップデートした代表例といえるでしょう。ミディアム〜スローの落ち着いたテンポが基調なので派手さはありませんが、その分「音色と歌心」というジャズギターの本質がじっくり味わえます。
そして、リプーマ=シュミット=サックスという制作陣による極上の音質。ギターの弦の鳴りや空気感まで伝わる録音は、オーディオ的な観点からも高く評価されています。ハイライトのバロンとのデュオ「Bright Mississippi」をはじめ、名手たちとの対話が良い音で残されていること自体が、本作の大きな価値です。
発表から時を経たレビューサイトSputnikmusicの回顧レビューでも4.5/5と高く評価され、何度でも聴き返したくなる「温かな親しみ」の空気が称えられました。2024年8月、マローンはロン・カーターのトリオでの来日公演中に60歳で急逝し、以後、本作を含む代表作は改めて聴き直されています。いまマローンを聴き始めるなら、まずこの一枚だと思います。
こんな人におすすめ
- 正統派ジャズギターが好きな人 … ウェス・モンゴメリー〜ジョージ・ベンソン直系の王道スタイルを、90年代最高峰の演奏で味わえます
- ジャズギターをこれから聴き始める初心者の方 … 落ち着いたテンポとわかりやすい歌心で、初めての一枚として安心しておすすめできます
- 音質にこだわるオーディオ好きの人 … アル・シュミット録音+ダグ・サックスによるマスタリングの、生々しく上質なギターの音が楽しめます
- ダイアナ・クラールのファン … クラール・トリオを支えたギタリストのリーダー作。プロデューサーも同じトミー・リプーマで、共通する上品な空気感があります
まとめ
『Sweet Georgia Peach』は、ダイアナ・クラール・トリオで頭角を現したラッセル・マローンが、豪華メンバーと一流の制作陣を得て「一人のリーダー」として堂々と名乗りを上げた作品です。故郷ジョージアへの想いを込めた表題曲から黒人霊歌のクローザーまで、オリジナルとカバーを織り交ぜた11曲は、マローンという音楽家のルーツと美学をそのまま映し出しています。
ドラマチックな仕掛けはなくても、良い音色と歌心だけで最後まで聴かせてしまう——それがこのアルバムの凄みです。まずはバロンとのデュオ「Bright Mississippi」から、ぜひ一度その艶やかなギターに触れてみてください。きっとアルバム全体を通して聴きたくなるはずです。
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