ウェス・モンゴメリー(Wes Montgomery)『Full House』徹底解説|“黄金リズム隊”と作った最高のジャズギター・ライブ名盤

ウェス・モンゴメリー『Full House』徹底解説 名盤レビュー

ジャズギターの巨匠ウェス・モンゴメリー。彼の名盤をたどっていくと、必ず突き当たるのが1962年のライブ盤『Full House』です。このアルバムがすごいのは、ウェスのバックを固めるのがマイルス・デイヴィスの“黄金リズム隊”そのものだということ。あの歴史的名盤『Kind of Blue』を支えた3人が、ウェスのギターと真正面からぶつかり合う——それだけでも聴く価値は十分です。さらにテナーの名手ジョニー・グリフィンまで加わり、ライブならではの熱気が一枚に詰まっています。

ウェス・モンゴメリーとは?(人物紹介記事)を読んでウェスに興味を持った方に、まず手に取ってほしいジャズギターのライブ名盤。この記事では、録音の背景から全曲の聴きどころまで、たっぷり掘り下げていきます。

アルバム基本情報

項目 内容
発売 1962年11月
レーベル Riverside Records(リヴァーサイド)
録音日 1962年6月25日
録音場所 「Tsubo(ツボ)」/カリフォルニア州バークレー(2901 Telegraph Ave.)
プロデューサー Orrin Keepnews(オリン・キープニュース)

編成はギター、テナー・サックス、ピアノ、ベース、ドラムのクインテット(5人組)です。

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どんなアルバム?

『Full House』は、観客を入れた会場で録音されたライブ盤です。録音地となったのは、カリフォルニア州バークレーにあった「Tsubo(ツボ)」。実業家のグレン・ロスが1961年9月に開いた店で、同じ建物にはバークレーのジャズ専門ラジオ局KJAZ-FMも入居していました。なお現在の資料では、Tsuboはジャズも聴ける「コーヒーハウス」として紹介されることが多い店です。

ここで一点、注意したい“あるある”があります。会場のTsuboは「モントレー」ではなく「バークレー」。ジャケットやタイトルの印象からか取り違えられがちですが、録音地はサンフランシスコ湾岸(ベイエリア)のバークレーです。

ところで、このTsuboはジャズの拠点としては短命でした。開店からわずか1年あまり、1962年10月15日に閉店してしまいます。その後この場所は、フォーク/ブルースの名門クラブ「The Jabberwock(ジャバウォック)」へと姿を変えていきました。つまりTsuboがジャズ史にその名を残す最大の理由が、まさにこの『Full House』の一夜の録音なのです。消えた店の、たった一晩の記録——そう思うと、ぐっと聴きたくなりませんか。

面白いのは、この会場を選んだのがウェス自身だったと伝えられている点です。プロデューサーのキープニュースによるライナーノーツによれば、Tsuboを使うアイデアはウェスから出たものだそう。当時ウェスは兄弟(モンクとバディ)とともにベイエリアに滞在していました。じつはこの録音、マイルス・デイヴィス・グループがサンフランシスコの名門クラブ「Blackhawk」に出演する直前のタイミングで実現したもので、だからこそ“黄金リズム隊”がそろってウェスと共演できたわけです。

なお、2023年にはウェス生誕100年とRiverside創立70周年を記念して、Craft Recordingsからその晩の演奏を可能な限り完全収録した拡張版『The Complete Full House Recordings』(2-CD/3LP)がリリースされました。別テイクやアウトテイクに加え、未発表だった「S.O.S.」の別テイクや、ウェスが当初弾いた(のちに差し替えられた)ギター・ソロを復元した「Full House」の完全マスターまで収めた、当夜の全貌をたどれる決定版的な編集です。アナログ・マスターからの最新リマスターで、「いま、いい音で聴ける形」が手に入るのも、このアルバムを今あらためて勧めたい理由のひとつです。

参加メンバー

このアルバムの最大の聴きどころのひとつが、「ウェス+マイルス・デイヴィスのリズム隊」という豪華な顔合わせ。ピアノ・ベース・ドラムの3人は、当時マイルス・デイヴィス・クインテットを支えていた“黄金のリズム・セクション”そのものです。

  • ウェス・モンゴメリー(ギター) … 本作の主役。ピックを使わず親指の腹で弾く奏法と、オクターブ奏法(同じ音を1オクターブ重ねて弾き、旋律を分厚く響かせる技)が最大の個性。1959年にRiversideと契約し、この時期の録音が最高傑作群と評価されています。
  • ジョニー・グリフィン(テナー・サックス) … 小柄ながら猛烈に速いプレイから「The Little Giant(リトル・ジャイアント)」の異名を持つ巨匠。速さで知られる一方、バラードも巧み。ハード・バップの重要人物です。
  • ウィントン・ケリー(ピアノ) … ブルース感覚にあふれた、軽快でスイングする伴奏(コンピング=ソロの後ろで和音を添えるバッキング)の名手。「ジャズ屈指の伴奏者」と評されます。『Kind of Blue』にも参加したマイルス・グループのピアニスト。
  • ポール・チェンバース(ベース) … マイルス・グループを長く支えた名手。安定した“歩く”ウォーキング・ベースと弓弾き(アルコ)の両面で高く評価されました。
  • ジミー・コブ(ドラム) … 『Kind of Blue』唯一のドラマー。しなやかで推進力のあるシンバル・ワークが身上で、ポスト・バップ期を定義したドラマーの一人です。

ここでぜひ知っておきたいのが、この5人はただの寄せ集めではないということ。ウェス、グリフィン、ケリーはいずれもどこかで接点を持っていた間柄で、ケリーはグリフィンのデビュー作『Introducing Johnny Griffin』(1956) にも参加しています。気心の知れた面々だからこそ、これだけ濃密な演奏が生まれたわけです。

全曲解説

オリジナルLPは6曲構成。バラード、ビバップ、ハード・バップ、ラテンと曲想の振れ幅が広く、1枚で“純ジャズのウェス”の魅力を一望できます。

1. Full House(作曲:ウェス・モンゴメリー)

アルバムの表題曲にして幕開け。ウェスのオリジナルで、ミディアム〜アップのハード・バップ・ナンバーです。親指弾き由来のまろやかなトーンで、シングルノート→オクターブ→ブロックコード(和音を固まりで弾く奏法)へと段階的に盛り上げていくウェス流ソロ構築の好例。ウェスとグリフィンが交互にソロを取り、ライブならではの熱量とアドリブの応酬が楽しめます。冒頭からバンドの一体感を見せつける一曲です。

2. I’ve Grown Accustomed to Her Face(作曲:アラン・ジェイ・ラーナー/フレデリック・ロウ)

ミュージカル『My Fair Lady(マイ・フェア・レディ)』の名バラード。アルバム中最短で、ウェスのギターをフィーチャーした静かな一曲です。オクターブ奏法の歌心とトーンの美しさをじっくり堪能できる、激しいブロウの合間の“緩”のパート。ウェスの叙情面を味わうならまずここから。

3. Blue ‘n’ Boogie(作曲:ディジー・ガレスピー/フランク・パパレリ)

ディジー・ガレスピー作の、ビバップ/ブルースの定番ナンバー。アップテンポで、グリフィンの快速テナーの面目躍如となるトラックです。ウェスとのスリリングなソロ交換、ケリー・トリオのドライブ感が炸裂する、ライブのハイライト的な一曲。速さで鳴らすテナーと、親指&オクターブの巨匠とのぶつかり合いを存分に楽しめます。

4. Cariba(作曲:ウェス・モンゴメリー)

ウェスのオリジナルによる、ラテン/アフロ・キューバン風味のナンバー(タイトルは「カリブ」を想起させます)。リズムの仕掛けで、ストレートな4ビートとは異なる色をアルバムに加えています。のちにカバーやビッグバンド・アレンジでも取り上げられた人気曲で、作品に多様性を与える存在です。

5. Come Rain or Come Shine(作曲:ハロルド・アーレン/ジョニー・マーサー)

ハロルド・アーレン作のスタンダード・バラード(ミュージカル『St. Louis Woman』由来)。ウェスの叙情的な表現と、バンドの抑制の効いたサポートが光る、大人の雰囲気のミディアム・バラードです。激しい曲のあとに訪れる、しっとりとした聴きどころ。

6. S.O.S.(作曲:ウェス・モンゴメリー)

ウェスのオリジナルで、アルバムのクローザー。アップテンポでハードに締めくくる一曲です。短めながら畳み掛けるソロで、ライブを高揚感とともに締めくくります。なお、タイトルの由来については明確な定説が見当たらないため、ここははっきりとは言えません。

聴きどころ・なぜ名盤なのか

『Full House』が名盤たるゆえんは、なんといっても“黄金リズム隊”との相性の良さにあります。ウィントン・ケリーは後年、自分のトリオ(チェンバース&コブ)がウェスと演ったときの手応えを特別なものとして振り返ったと伝えられるほど。それくらい、この顔合わせは別格でした。

そこにグリフィンの豪快なテナーが加わることで、アルバムは単なる“ギター名人芸”を超えた、バンド全体のぶつかり合いになっています。とりわけ「Full House」「Blue ‘n’ Boogie」での、ウェス対グリフィンの“果たし合い”のようなソロ交換は、何度聴いても痺れるはず。

そしてこの一枚は、ウェスのキャリアの中でも貴重な位置にあります。後年のVerve/A&M時代、彼はオーケストラを従えたポップ寄りの路線で商業的に大成功します(1966年「Goin’ Out of My Head」でグラミー受賞)。しかし『Full House』は、その手前にある“純ジャズのウェス”が最も生々しく捉えられた時期の記録。小編成(コンボ)での実力を最も明快に示した一枚として、Riverside期の代表作に数えられています。AllMusicをはじめ各種ジャズ・ガイドでも軒並み高評価です。

こんな人におすすめ

  • ウェスに興味を持ったけれど、まず1枚どれを聴けばいいか迷っている人 … ライブの熱気とウェスの真骨頂が両立した、最初の一枚に最適です。
  • オクターブ奏法を聴いて学びたい人 … 「I’ve Grown Accustomed to Her Face」のバラードでトーンと歌心を、「Blue ‘n’ Boogie」「S.O.S.」で推進力を——という具合に、緩急で聴き分けるとウェスの幅がよくわかります。
  • マイルス・デイヴィスや『Kind of Blue』が好きな人 … あのリズム隊が主役を変えてどう鳴るのか、聴き比べるだけでも発見があります。
  • 熱いソロの応酬、ジャズの“バトル”が好きな人 … ウェス対グリフィンの真剣勝負をぜひ。

まとめ

『Full House』は、消えた店「Tsubo」での一夜限りの記録であり、マイルスの黄金リズム隊とジョニー・グリフィンを得てウェスが放った、ジャズギターのライブ名盤です。バラードからビバップ、ラテンまで、ウェスの“純ジャズ”の魅力がぎゅっと詰まっています。

そしてもう一枚、ぜひセットで聴いてほしいのが、3年後の1965年に同じウィントン・ケリー・トリオと録音した名盤『Smokin’ at the Half Note』。こちらはグリフィン抜きのカルテット編成で、“1962年バークレーのTsubo”と“1965年のハーフ・ノート”を聴き比べると、ウェス×ケリー・トリオという名コンビの魅力がいっそう立体的に見えてきます。コアなファンほど語りたくなる、この2枚の聴き比べ。まずは『Full House』から、ウェスの世界に飛び込んでみてください。

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